第2章10部 いざ日光
Wikipediaから引用をしている部分があります。
あくまで表現なので、主人公の言う通り、読み飛ばしても全く問題ありません。
死ぬほど時間がある方は、読んでみてはいかがでしょうか。
それではお楽しみください。
第2章10部 いざ日光
チリリリリリリ…!
6時を指した目覚まし時計の金属音が部屋中に響く。
「うーん…」
ベッドの上でもぞもぞ動いてみせる。
昨日遅くまで起きていたせいか、まだ目が覚めない。
チリリリリリリリリ…!!
スヌーズ機能が発動した。
それでも俺の体は起きたくないようだ。
「起きる…起きますから……」
寝ぼけながら情けない独り言を放つ。
「いい加減にしなさい!何時だと思ってんの!」
ついには母親のモーニングコールだ。
修学旅行の日に限って朝が弱い。
「うーん…6時15分くらい……?」
「何言ってんの…もう7時だよ!!」
「7時!?」バタッ!
時間はなかったが、しっかり顔を洗い、歯磨きや
寝癖直しを済ませ、昨日造った荷物を背負い
慌ただしく家を飛び出た。
最寄り駅の緑ヶ丘駅まで全力ダッシュ。
朝からこんなに息切れしている奴はいないという程
くたびれた様子で集合場所にやってきた。
「全員揃いました。では、電車に乗って新二子玉川駅まで向かいます。班を…」
電車を乗り継ぎ、大きな駅まで向かうだけでも
俺たち小学生には新鮮で、楽しかった。
すごい速さでめぐる景色。すれ違う列車。
独特なリズムの走行音。
全てが俺たちの好奇心をくすぐった。
「おーっ…」
初めて見るような大きさの駅に着いた。
しかし、新二子玉川駅で降りるのは初めてではない。
親は「小さい頃に1度だけ…」と言っていたが、俺は
正直覚えていない。
「みんないるかー?点呼しろー」
ここで班長として…
「ゔっ…ゔっ……」
「4班いますかー!」
ざわざわざわざわ…
がやがやがやがや……
喉を整え大声を出したが、全く返事がない。
「あっ、あのー…4班!」
がやがやがやがや…
ざわざわざわざわ……
「伊藤さん!小野さん!江口くん!」
がやがやがや…
あー、もう。だから嫌なんだよ…
『2番ホームより青鷺小、東青鷺小
霞ヶ崎小、丘本小学校様貸切列車が発車します』
粋なアナウンスが流れ、貸切列車は日光へ向かった。
4人班でボックス席を作り、向かい合って座る。
あまり話せる人がいないので、俺は黙っていた。
しばらく黙っていると、伊藤さんにババ抜きに
誘われた。俺は小林さんの方が好きだが
伊藤さんは学年一可愛いと言われている。
そんな人気の高い彼女と同じ班なので他の男と
一悶着あったが、なんとか当日まで生きていられた。
普通にトランプに誘われたのは嬉しかったので
俺たち4人でトランプをして時を過ごした。
『まもなく、日光駅…まもなく日光駅……』
楽しい事をしている時はすぐに時間が過ぎるものだ。
俺たち6年生は日光にたどり着いた。
ざわざわざわざわざわ…
がやがやがやがやがやがや……
さっきにも増してみんな騒がしい。
「みんな静かに。修学旅行なんですよ?だから…」
相変わらず1組の湯川は堅苦しい。
「…電車班が全員揃っているか確認してください」
「ゔっ…ゔっ……」
「4班!」
サッ…
「みんないるよー」
「おっけー。先生、全員います!」
コミュニケーションをとったからか、円滑に進んだ。
「それでは、これから足尾銅山の見学に向かいます
1日目見学班になってください」
ダーッ…
がやがや…
「あっ、…」小林さんと目が合った。
彼女がこちらに近寄ってくる。それだけでなんだか嬉しい。
神野さんや相川もこちらに気づき、4人集まった。
しかし、なぜかみんなやる気がない。
足尾銅山に興味が無いのだろうか。
まさか、俺が班長だからとか…?
「揃った班から炭鉱入口に向かえー!」
引率の山田先生はよくいる体育会系だ。
うるさい指示によって俺の心の中に浮かんだ疑惑は吹き飛んだ。
「おい、城谷。思ったより暗くね?」
「言う程でもないよ、相川怖いの?」
「そんなわけねーだろ。城谷も変な声出すんじゃないぞ」
あははは…
班員の中で笑いが起きる。
「相川こそ、中で変な事言わないでよ?」
シーン…
班員が静まりかえった。
俺なんか変な事言ったかなぁ…
「私は少し怖いな。」
小林さんが口を開いた。
「だよねー!うちも実はビビってるー」
神野さんもか。女子勢にとっては怖いらしい。
「はい!みんな移動したな!これからの話を…」
あー、長い話が始まる。
これが本だったら俺なら絶対読み飛ばす。
大して大事でもないことをベラベラと話すが、
長文のカンペが用意されているのだ。
山田の話はやばいぐらい長い。
「足尾銅山は1550年に発見されたと伝えられている!だが、実際に銅が掘られるようになったのは、1610年にとある百姓二人が鉱床を見つけ、幕府の鉱山として本格的に採掘が開始しようとした時から、採掘されるようになった!銅山は大いに栄え、足尾の町は「足尾千軒」と言われるような発展を見せ、当時の通貨が作られていたんだ。江戸時代にはピーク時で年間1,200トンもの銅を産出していたらしいぞ!だが、その後一時採掘量が極度に減少して、明治時代初期頃はほぼ閉山状態になった。明治4年には民営化され、幕府の物ではなくなったが銅の産出量は、年間150トンにまで落ち、主要な銅山としては使われなくなったそうだ!」
「……はっ!…………うーん…」
やばい。死ぬ。まぶたが落ちていくのを感じたほどだ。
「足尾銅山の将来には否定的な意見が多かったが、1881年に待望の有望鉱脈を発見したんだ!やっぱり諦めないのは大切だな!その後、探鉱技術の進歩により、次々と有望鉱脈が発見されたらしいぞ!。その後明治政府の富国強兵という政策があって、それを背景に、銅山経営は久原財閥・住友家という金持ちの銅山とともに急速な発展を遂げたんだ。20世紀初頭には日本の銅産出量の40%ほどの生産を上げる大銅山に成長したんだが、この鉱山開発と製錬事業の発展の裏では、足尾山地の樹木が坑木・燃料のために伐採され、掘り出した鉱石を製錬する工場から排出される煙が空気を汚したんだ。それによってだな、荒廃した山地を水源とする渡良瀬川では洪水が頻発し、製錬による汚い廃棄物を流し、足尾山地を流れくだった流域の平地に流れ込み、水質・土壌汚染をもたらしてしまい、広範囲な環境汚染を引き起こしたんだ。今では、その事を足尾鉱毒事件と呼ぶぞ!。その後、1891年に田中正造という人の発言が大きな政治問題となった。1890年代より鉱毒予防工事や渡良瀬川の改修工事は行われたが、鉱害よりも銅の生産を優先し、技術的に未熟なこともあって、鉱毒による公害の被害の方が大きい状態が長く続いたそうだ。そんな銅山だが、今ではもう使われておらず、見学のために解放されたりしているぞ!だから、これからみんなは今話した歴史を思い出しながら、探索してくれ!きっと当時の人達の思いや、情景がよーく見えてくるぞ!長い時間はとれていないので、開始時間になったら、テキパキと動き、見学の時間を無駄にするなよ!」
ZZZ…。
「おい、城谷」
ZZZ……。
「おい、城谷ー」
……はっ!
「あー、寝ちゃってたよ。」
「城谷…言いつけてやろうか?」
「勘弁してくれよー…」
あははは…
班のみんなが笑ってくれた。
笑いのツボはよくわからないなぁ、と身に染みて思った。
※本文中に登場する学校名・駅名等は存在しないか、実際のものとは異なります。
〜告知〜
ただいま、新たな長編作品を執筆しています。
正確には、執筆しようとしています。
現在、「ある滑稽で臆病な鶏の話」は
合計PV(閲覧回数)が450回程度となっています。
これが500回を達成したら、投稿していきます。
今後とも、よろしくお願いします。
―――――――ナッツ




