お泊まり会③
分量は前回より少し短めです
悠眞が湯船に浸かり、将来のことについて深く考えていた頃、隣の女湯は混沌としていた。
「お背中お流しします」
にっこりとした笑みを浮かべた葉月が、様々な理由をつけて美咲希へスキンシップを取ろうとしているのだ。
「そう? じゃあお願いするわ」
しかし、葉月が付けてくる理由はどれも筋が通っていて、今の背中を流すものだって、銭湯の小さいタオルじゃ背中が届きにくいために、他人に頼んだ方が楽に洗える。
こうして、美咲希の背中を流す権利を得た葉月は、上機嫌になっていた。
他にも人が施設を利用していたら、葉月も抑えていただろうが、生憎今日は貸切なのではないかと疑うレベルで人がいない。
つまり、今この風呂の中にいるのは美咲希と葉月のたった二人なのだ。
「肌綺麗……すべすべ」
美咲希の体を洗う葉月は、少しいやらしい手つきをしているが、美咲希がそれに動じることはなかった。
むしろ喜んでいるような、そんな気配さえ感じられる。
「これ終わったら私が葉月ちゃんの背中を流すわね」
「あ、はーい」
混沌としていて、でも穏やかな空気が二人の間で流れる。
こんな時間が続けばいいのに。そんなふうに少女達は思っていた。
「……美咲希さん」
「どうしたの?」
「おにいと結婚するんですか?」
他意のないストレートな発言だったが、美咲希は臆することなく堂々と答えた。
「私はそのつもりでいるわ」
「そう、ですか」
その言葉に、葉月は少し苦しげで、どこかスッキリしたような、言い表し難い表情を浮かべて、辛うじて相槌を打つ。
なぜ苦しげだったのか、その理由を知る人は葉月しかいない。
「終わりましたー」
「ん、ありがと」
美咲希の背中を流し終え、丁寧にシャワーを浴びせ終わった葉月が、先程までの重い空気を弾き飛ばすかのように、明るい声を出す。
「じゃあ交代ね。葉月ちゃんここ座って」
そう言って、美咲希が示した場所は、先程まで彼女が座っていた場所だった。
「はーい」
葉月は嫌がる素振りを見せず、それに従う。
本当に素直で、可愛げのあるこの子は、自分の知らない間に人を惹き付けているのだろう。
「でかいわね……」
背中を流している時、ふと葉月の双丘が目に止まる。
自分にはない大きさのそれは、貧しい胸の持ち主からすると一度は自分のものにしたいと思う理想だった。
そんなものが目の前の手が届く位置にあるわけで、美咲希がこの好機を逃すわけがない。
「ひゃう!? ちょ、美咲希さん!?」
「ふむ……」
狼狽える葉月に、堪能している美咲希。感情の対極に位置する二人は、決して交わることなく、時間の流れに身を任せている。
思ったよりも手に吸い付く感覚がクセになり、美咲希は胸を揉む手を休めることは無い。
一方で葉月は、あまりにも突然な出来事に対応できず、全身を駆け回る甘い感覚によって、身体に上手く力を入れられずにいる。
完全に美咲希のペースだ。
「み、美咲希さんやめて!」
「あっ……。ごめんなさい」
ついに葉月の叫びが美咲希を閉じこめていた結界を破る。
その瞬間に我に返った美咲希は、顔を真っ赤に染めながら、しゅんと縮こまって申し訳なさそうにしている。
その姿はまるで、主人に怒られた犬のようだった。
稀に彼女が見せるこの動物のような行動は、愛くるしさに溢れる。
パッと見、クールに見える彼女からは考えられないような反応で、とても守りたくなる。
いわゆるギャップ萌えと言うやつだ。
「あ、いや、そのなんて言うか、あまりにも急だったからびっくりしただけで、夜寝る時一緒の布団に入った後なら……いい、よ?」
「……え?」
突然放たれた葉月の爆弾発言に、美咲希は硬直してしまう。
「もしかして葉月ちゃん……レズビアン?」
「そ、そそそそそんなことないですよ!?」
明らかに怪しい反応に、美咲希は葉月から少し距離を置く。
「ちょ、見捨てないで!」
「身の危険を感じたため、少し距離を取らせてもらいます」
「なんでそんな他人行儀なのー!」
賑やかに、混沌とした時間は流れていく。
それはゆっくりしたようで、早いものだったのだ。
◆
二人の少女は、湯船に浸かり、更に触れ合ってから着替えるべく脱衣所で体を拭いていた。
「美咲希さん何飲むー?」
「コーヒー牛乳」
「おー、私もー」
もしも悠眞が既に風呂から出ていたら、彼を待たせてしまうので早く着替えようとしていた美咲希に、ゆったりとした様子で、葉月が声をかける。
これにより、美咲希の焦燥を打ち消していた。
恐らく、この子には様々な感情を中和する能力があるのだろう。
少しばかりそんなことを考えていた美咲希は着替える手を休めていた。
「美咲希さんはやくはやく。コーヒー牛乳一緒に飲もうよ」
「ん……そうね」
再び着替え始める頃には、もう焦りも申し訳なさもない、清々しい気持ちになっていたのだった。
「あ、おにいだ」
「お、やっと出てきたな」
脱衣所から出て、暖簾を潜った先に悠眞の姿があった。右手にはフルーツ牛乳が持たれていて、残量は少ない。
なので、恐らく彼がここにやって来て数分は経っているということになる。
「やっとってなにさ。女子のお風呂は長いんですー」
「はいはい。そーかよ」
しかし、葉月は気にすることなく彼に話しかける。これが兄妹の絡みなのか。
感情を中和する葉月と、いつも落ち着いていてどこか冷たい悠眞。
二人は互いに干渉できず、絶妙なバランスを保っている。
美咲希は、そんな二人を微笑ましく見守って、自分はどうなのだろうか、考えていた。
「美咲希さんこっちこっち!」
美咲希を呼ぶ彼女の先には、瓶の牛乳の自動販売機があった。
牛乳の種類は三つで、牛乳、コーヒー牛乳、フルーツ牛乳となっている。
深いコクのある牛乳は風呂上がりの定番だ。体の内側から、熱を削ぎ落とす。
コーヒー牛乳はほんのりとした苦味に、控えめの甘さが交わり、喉の乾きにはもってこいの商品だ。
フルーツ牛乳は、名前の通りフルーティーで飲みやすく、その味から子どもに大人気となっている。
どれにもそれぞれの良さがあり、特に飲みたいものがない場合は迷ってしまうが、今日の美咲希は、もう既にコーヒー牛乳と決めていた。
なので、すぐに硬化を入れてコーヒー牛乳を購入する。
ガシャン、と音を立てて落ちてきたそれを拾うと、早く飲みたいと焦る気持ちが出てくる。
数秒後に、再びガシャンと音が鳴ると、そこには同じくコーヒー牛乳を購入していた葉月がいた。
さっさと瓶を拾い上げると、美咲希の方へ向き直り、
「乾杯!」
と声を上げる。
それに釣られて美咲希も乾杯と言って、瓶をカチンと鳴らす。
もちろん、その後悠眞とも乾杯をした。
この後も平和な時間が続き、三人は扇風機の前で火照った身体を冷ましながら、雑談をしていた。
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