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お泊まり会②

いつもより少し長めです

 さて、美咲希が泊まることになったのだが、持ち物が少なすぎる気がする。

 着替えとか色々な。どうするんだろう。

 取りに行くのか? いや、そしたらそのまま帰ればいいしなぁ……。

「銭湯行こ!」

「は?」

「銭湯行こ!」

「いや聞こえてるよ?」

 俺はそこまで耳遠くない。というか、テンション上がった葉月の大声が耳に入らない人はこの世に存在しないと思う。

「やりたかったんだよねー。泊まりの時に銭湯。温泉旅行でもいいかなって思ってたんだけど、夢は捨てきれないよねー」

 我が妹は俺の懸念なんてそっちのけで、話を進めていく。

 確かに銭湯いいと思うよ? でもな、その前に解消しておきたい問題があるだろ。

「美咲希の服はどうするんだよ」

「私の使えばいいよ!」

「わお」

 こいつの事だから何も考えてないんだろうなと思っていたが、意外だな。

 単なる思いつきかもしれないが。

「あ、でも胸……」

「美咲希さん貧乳だっけ。でも大丈夫。私の昔のやつが使えると思いますよ。最悪ノーブラで」

「……お借りします」

 美咲希のライフはゼロに等しい。

 自分の胸に手を当て、「貧乳……ノーブラ……」と呟いている姿は、なんとも悲しいものである。

「おい葉月。言い過ぎだぞ」

「えー。でもでも、これ美咲希さんからの希望なんだけど」

「まじで?」

「まじで」

「まじよ」

 美咲希から頼んだのか。なら、俺が口を挟むことはあるまい。

「わかった。もっとやれ」

 これが葉月の本性に近いものだろうな。俺に対する態度にはまだ遠いが、最初に比べるとだいぶ近づいてきた気がする。

 美咲希の方は最初から素を出してた感じするし、お互い素で語れるのはいい事だ。

「じゃ、美咲希さんに貸す服探しに行くからおにいも準備しといてね」

「はいよ」

 葉月と美咲希が揃って階段を上って行くのを見届けてから、俺も服を取りに行くため、自分の部屋へ足を運んだ。


 ◆


 着替えを持ち、必要最低限の金を財布の中に入れて、俺達は銭湯へと向かう。

 家からだと銭湯は歩くには遠い距離にあるので、自転車を使って移動をする。

 時々、風が全身を優しく撫でるように吹いていて、なんだか心地が良い。

 そんなこんなで、三人揃って縦に並び、自転車を進めること数十分。俺達は目的の銭湯へ着いた。

「おー、昔から変わらないなぁ」

「そうだな」

 俺と葉月は、小さい時に親父に連れられて、この昔ながらの雰囲気を醸し出す建物へと来たことがある。

「美咲希はここ来たことあるのか?」

「初めてね。ちょっとワクワクするわ」

 言葉通り、落ち着かない様子の彼女は細かく動く小動物のように可愛らしかった。

「子どもかよ」

 しかし、俺はそれに対して素っ気ない、若干辛辣な態度をとってしまう。

「えへへ、そうかも」

 それなのにどうして彼女はこうも温かく接してくれるのだろうか。

「入ろ入ろ! お風呂が逃げちゃうよ!」

「いや逃げねぇだろ、どう考えても」

 葉月の言葉にツッコミをいれるが、ここ最近は気温が高く、汗を少なからずかくので早く風呂に入りたい気持ちはわかる。

 なので、早速ドアを引き、店内へと入る。

 そこでまず目に飛び込んでくるのは、正面にあるカウンターだ。そこで風呂へ入る手続きや、小さいタオルの受け渡しをおこなっている。

 その奥にはカウンターを仕切りにして左右に暖簾がかかっていて、右に男、左に女と書いてある。

 下駄箱は出入口の左右にあり、男湯女湯に合わせて男性は右、女性が左に靴を置くことが多い。

 ここまで来るのにそこまで労力はかかってないので、疲労感はないが、久しぶりということもあってか、店へ入るだけで精神的に疲れてしまった。

「大丈夫?」

 深呼吸して一息ついていたら、隣から声をかけられた。

「あ、ああ。大丈夫」

 疲れたことは確かだが、日常生活に支障をきたす程ではないし、だったらまだ中学の頃の部活終わりの方が疲れていた。

「そう。あんまり無理しないでね」

 これでも元運動部だ。今からグラウンド十周しても余るくらいの体力はある。

 だが、結構本気で心配されているっぽいので、気持ちは素直に受け取っておく。

「ありがとな」

 長くはないやりとりを終えて、俺らは湯船に浸かるべくカウンターへ向かった。


 ◆


 銭湯で一番恥ずかしい場面と言えば、脱衣所で服を脱ぐところだろう。

 少なくとも俺は恥ずかしい。

 他人と一緒に風呂に入らないからなのか、視線を感じるだけで緊張をしてしまう。何かおかしいところはないか、少なからずそんなことを気にして、妙に居心地が悪い。

 だが、風呂場へ入りシャワーを浴びると、体を伝っていく水滴と一緒に居心地の悪さも流れていくような感じがする。

「ふぅ……」

 体を一通り洗い終えた俺は、濡らした小さいタオルを頭に乗せて湯船に浸かり、一息ついていた。

 ここは露天風呂はないものの、ジャグジーや寝湯、サウナに水風呂など、その他多彩な風呂がある。

 その中で俺は、一番メジャーな、一番普通の風呂に入り、くつろいでいた。

 喋る相手もいない、時間を潰すものもない状況で、俺は考え事に耽っていた。

 中学校を卒業してから今まで、本当にたくさんの事があった。

 前までは自分はまだ子供だと思い込んでいた部分はあったが、もうそんなことは言えず、これから社会へ出ていく一人の大人としての自覚が必要となってくる。

 だが、本当に俺はその自覚があるのだろうか。物事を軽んじて見ているのではないか。

 思い返せば少なくない後悔が腐るほど湧いてくる。

「はぁ……」

 ふと、浅いため息が出た。少し胸が軽くなった気がする。

(変えられるのは未来だけ。過去の事を悔やむのはいいが、いつまでも引きずっていられるわけではないぞ)

 小学校の時、俺は親父にこの言葉を貰った。

 当時の俺は幼すぎて、この言葉の意味が分からなかったが、今だったら少し分かる気がする。

 昔は周りのもの全てが輝いて見えていた。とても眩しくて、羨望して、欲しがった。

 無様だが一生懸命追いかけて、夢を見ていた。

 この夢が覚めたのはいつ頃だろうか。

 中学に上がり、少し大人に近づいたから、周りのものは輝きを失ったのかもしれない。

 そんな中でも未だに輝き続ける、大切なものがある。

 大吾、凛花、美咲希、葉月。

 この中でも一等星の如く光っているのは美咲希だ。

 俺は一目惚れをして彼女に告白した。

 お互いのことをよく知らず、今思えば無謀な特攻だったのかもしれない。

 だが、俺は今そんな彼女と付き合っている。

 しかし、これから付き合っていくと考えると、考えなければいけないことがある。

 それは結婚だ。

 俺らはあと一年経つと、大学受験をしたり、就職活動をしたりと、各々が各々の進路を決め、そこに向かって真っ直ぐに走っていく。

 進む道が異なるのであれば、恋人として付き合うのは相当覚悟がいる。

 俺にそんな覚悟はあるのだろうか。

「よし」

 パチン、と自分で頬を叩く。俺の気持ちは最初から決まっている。今更考え直すことでもない。

 将来へ対しての不安を汗と一緒に流そうと、サウナと書かれた建物へと向かうのだった。

今回は真面目な感じだったかと思います!

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