勿忘草
話が迷走してないか心配です。
葉月が学校へ行った。それなのに、とても罪悪感がある。もう何日顔を合わせていないだろうか。
ここ最近の俺の生活は、起きて体を起こし、ぼーっとするだけだ。
このままではダメだとわかっている。けど、今は誰とも会いたくないし、一人になりたい。
それから数時間が経った。葉月が置いてくれる朝ごはん以外、何も食べていない。食欲が湧かない。そんな時、変化があった。
玄関が開く音がしたのだ。葉月が帰ってきたのか?
いや、まだ学校のはずだ。一番有力なのは親父だ。そろそろ痺れを切らしてやってくると思ったんだよ。
しばらくして、ドアをノックする音が響いた。
「…………どうぞ」
久しぶりに声を出したためか、相手に聞こえてるのかわからないほど小さくなった。
「よお息子よ。少しは外に出る気にでもなったか?」
「全然」
親父の方には目を向けず、ただひたすら床を見る。
「こんにちは、悠眞君」
そこに、聞きなれない声が割り込んできた。その声の主を確認しようと、俺は顔を上げる。
「マルティナの父の、コンラードです」
「どうも」
「堅苦しいのは嫌いなもんでね、砕けた口調にするけど許して欲しい」
年上なのに、俺にそんなことを言ってくる。律儀っていうか、なんというか。
「はい。突然ですけど、質問いいですか」
聞かずにはいられない。どうしてこの人はこんなに生き生きとしているのか。それには何か理由がある。
「もちろん」
「悲しく……ないんですか?」
とても聞にくい質問。何度も脳がその質問はやめておけと止めてきた。しかし、俺は聞いた。聞いてしまった。なんだこいつと思われても構わない。俺はその答えが知りたい。
「そりゃ、悲しいさ。マルティナの親だから」
声色が暗くなる。それに伴い、場の空気も重くなる。しかし、それを吹き飛ばすような言葉が発せられた。
「でもね? 私は嬉しいんだ。娘のために泣いてくれる人がいる。娘の面倒を見てくれたり、優しくしてくれたり。そんな人たちに囲まれて、幸せじゃないわけがないだろ。私は断言出来るよ。娘は、世界で一番幸せだったって。だから、泣かない。娘は私になんて言ったと思う? 私を忘れないでって、幸せそうな顔で。その後に悠眞君を呼んでほしいって言ったんだ」
そんなことが、あったのか。私を忘れないで……か。
「マルティナは、今でも私の心の中で生きている。いいや、私だけではなく、君や、君の妹。それに君の友人達の心の中で、ずっとずっと生きていく」
「俺の心の中で…………?」
その言葉は俺に顔面グーパンチを浴びせたような衝撃を持っていた。
「ああそうさ。昔から入院続きで友達がほとんどいなかった娘に幸せを与えてくれた君たちの中で、永遠と」
その時、俺の中で何かがはじける音がした。何かが進み出すような音がした。俺の人生はまだ、終わっちゃいないんだ。
「おっと、もうこんな時間か。すまない、私はこれから仕事に戻らなくてはならないから失礼するよ。君が元気になった時、一緒にご飯でも食べに行こう」
そして、コンラードさんは俺の部屋を去っていった。下ではドアの音がした。葉月が帰ってきたのだ。
それからしばらくして、俺は少し外に出てみようと思った。ほんとに気まぐれで、自分でも何故そう思ったのかよくわからないのだが。
春と言っても、夕方は冷たい風が吹き抜ける。なので、いつも愛用しているジャンパーを着て、久々に部屋の外へ出る。
階段を下る度、骨に痛覚が走る。そりゃ八日ほど外に出てなきゃこうもなるか。
一階に降りると、そこには葉月、美鈴、美咲希が居た。
「悪い。ちょっと出かけてくる」
もっと他に言うべき言葉はあるのだが、それは後で必ず言うと心に決めて、外へ向かう。
「うん。いってらっしゃい」
その声を聞き、俺はドアノブに手をかける。
「お兄ちゃん、遅かったね」
外に出た途端、俺は自分の目を疑った。
だってそこには、死んだはずのマルが立っていたからだ。
「マル……なのか?」
「そうだけどちょっと違うよ。マルは幻覚なの」
「そうか……」
言われてみれば、マルの姿は薄らと消えていて、目を凝らせばマルの後ろの建物が見える。
「でもマルはマルだよ。お兄ちゃんのことが大好きなマル。今日は私が街を案内するねっ」
そう言うと、ぱたぱたと道を駆けていった。その犬みたいな行動をとる少女に、俺はついて行った。
「最初はここ! 凛花さんとお兄ちゃんと初めて来た公園」
「凛花が全力疾走をしたんだったな」
四ヶ月以上前のことだが、俺は鮮明に覚えている。
「あんまり時間もないから次行こっか」
どこに連れて行ってくれるのか、少しワクワクしながら、俺はマルについて行った。
「次はねー。ここだよ。図書館」
なるほどな。俺もここへ来るのはあの日以来か。いつ見ても立派な図書館だ。
「ここでマルがラノベ好きってことがわかったんだよな」
「うん。この後私変なこと言ったんだったよね……」
えへへとはにかみながらそう言うマル。ペットにしてくれって言ってきたんだよな。あれはなかなかに衝撃的だった。
「ささ、次次」
次に案内されたのは駅だ。
「お兄ちゃんと東京行ったり、世間話をしたり。そんな些細なことでもマルは絶対に忘れない」
「帰りはマルが寝て俺がおぶって帰ったんだよな」
「あ、あれね。実は起きてたんだ」
こいつわざと寝たふりをしたのか!?
「お兄ちゃんの背中、でかくて温かかった」
何かを懐かしむように、マルは微笑んでいた。それは、どこか悲しそうで、儚いものだった。
「次、行こっか」
次は、参道。みんなで初詣に来た参道。
「お兄ちゃんはぐれちゃうからびっくりしたよ」
あの時は美鈴に助けられたんだっけ。
大悟の家でご飯食べて、みんなで散歩したよな。懐かしい。
「はい次」
まぁここからなら次に…………というか、恐らく最後に行く場所は――――。
「ここ、みんなで散歩したよね」か
「そうだな」
これも覚えている。とっても平和な光景だった。少女達が笑い合っている姿を、俺と大悟は後ろで見ていた。写真こそ撮らなかったものの、しっかりと目に焼き付いている。
「ここ、夕日綺麗なんだよ。いつかマルと見たいと思ってた」
でも残念ながら、今は曇っている。最後の最後まで悔いが残る。
「……見たかったな」
遠い地平線を見ながら、マルは呟く。
「じゃあ最後の場所。行こ」
すると、マルは静かにそう言った。ここが最後じゃないということは、どこが最後なのだろうか。
そして、歩くこと数分。
「ここって……」
「うん。お兄ちゃん達の家」
何故ここなんだろうか。馬鹿な俺には理解ができない。
「ここはね、世界一素敵な場所なの。思い出が沢山詰まってて、暖かい場所。だから、大切にしてね。マルを受け入れてくれたこの場所を」
なるほど、そういうことか。だから、ここなんだ。
俺にとっては日常で、当たり前のここは、マルにとって特別な場所だったのだ。そう思ってくれるだけでだいぶ嬉しい。
「任せろ。絶対に大切にする」
「うん」
玄関の前まで来た俺は、振り向いた。
マルは俺に背を向け、
「お兄ちゃんありがと。お兄ちゃん達と過ごせた時間は、マルにとって、最高の思い出だったよ。これからも、幸せにね」
半回転ジャンプをして振り向いた。そして、これが最後だと言わんばかりに、切ない声色で言った。
その時、雲に隠れていた陽が姿を現す。
「お別れだね。もう引きこもっちゃだめだよ。みんな心配するから」
「ああ。俺に楽しい時間をくれて、ありがとうな。またいつか会おう」
夕日が世界を照らす。その瞬間にマルは消えた。何の前触れもなく、消滅したのだ。
「さーって。まずはあいつらに謝らないとな」
ジャンパーのポケットに手を突っ込みながらドアノブに手をかけようとした時――ポケットの中に何かがあるのに気づいた。
「これって……」
マルが水族館でくれた花のキーホルダー。
確か名前は……勿忘草だったか。
その花が気になって、検索をかけた。
「なるほど。そういうことか。誰もお前のことを忘れはしないさ」
花言葉は――――私を忘れないで。
ほんとに最近物語が迷走してないか心配です。良かったら感想等くださると嬉しいです。




