そして、おかえり
次回悠眞完全復活です。
先生に連れられて、私達が着いた場所は病院だった。おにいが先に連れてこられた事も、マルちゃんが死んだ事も、全て伝えられた。
「ここの三階ね」
私の他に、凛花さん、大悟さん、美咲希さん、美鈴も連れてこられていた。普段なら楽しいメンバーなんだけど、今日はみんな表情が暗い。
当然と言ったら当然か。私だって、とっても悲しい。
やがて、三〇一号室の目の前にやって来た私達は、ドアをノックする。
「失礼します」
大悟さんと凛花さんは抜け殻のようになっていて、美鈴は精神的に辛そうにしている。ここで頼れるのは、美咲希さんだけだ。
病室に入ると、隅っこにマルの両親が静かに、そしてベッドにはおにいが泣き崩れていた。
その光景を見て、改めて知らされる。
マルちゃんは死んだんだって。もう、二度と会話をすることはないんだって。
そう思うと胸が苦しくなる。
おにいはずっと泣いてるし、他のみんなも泣き始めた。
それにつられて、私も泣かずにはいられなかった。それほど衝撃的で、受け入れたくもない現実だったのだ。
各自、マルちゃんにお別れの挨拶を終えて、その場を立ち去ろうとした。
「おにい。私達も帰るよ」
「…………ああ」
それから、おにいとは一週間ほど顔を合わせることは無かった。
黒い雲が太陽を隠す日が続き、そろそろ私の気分も淀んできた。
「おにいー。ご飯置いておくね」
学校行く前、おにいのために作った朝ごはんを置いておく。
昼ちゃんと食べてるかな。体調崩してないかな。そんな心配ばかり出てくる。
「今日も出てこないの?」
「はい……そろそろ出てきて欲しいですね」
おにいが出てこなくても、美咲希さんは毎日この家に来ている。寂しさを紛らわせることが出来るから嬉しいけど、時々美咲希さんが居なかったらってことを考える。
「私がどれだけ寂しいか知ってほしいわ…………」
冗談ではなく、本気でそう言っている美咲希さん。私もそれは同意だ。
なんだかんだ言って、おにいの存在は周囲の人を元気にしてくれる。だから、みんなおにいに集まる。昔からそうだった。
だから、こんなおにいは初めてで、誰よりも長く過ごしてきた私でもかける言葉が見つからない。
「葉月ちゃん。そろそろ行かないと遅れるわ」
「そう……ですね。じゃあ行きましょうか」
今日もダメか……。おにいが部屋から出なくなってから八日目。出てくる気配がないまま、私達は学校へ向かった。
「葉月おはよ」
「うん、おはよ」
昇降口で美咲希さんと別れてから、教室へ向かった私が一番最初に会ったのは美鈴だった。
クラスのみんなはある程度の事情を知っているので、空気を読んで私たちをそっとしておいてくれる。でも、いつまでも気を遣わせるってことは気が引けるから、楽しむ時は存分に楽しむように努力をしている。
「悠眞先輩、まだ出てこないの?」
「うん。今日もダメだった」
私と美鈴の願いは、前みたいにおにいが元気になってくれる事。
「ホームルームを始めます」
こんな憂鬱な気分で授業を受けるのはもう何日目だろうか。
天気も悪いし、色々と最悪。
そんな私を置いて、ホームルームは始まる。
なんとか授業を終えて、家に帰る準備をする。
「葉月ー。家に行っていい?」
美鈴がそう言ってくる。
断る理由もないし、たまには美咲希さんと二人きり以外の時間も過ごしてみたい。
「いいよ」
なので、私は自然と許可をしていた。多少寂しさが紛れるだけでいい。そうでもしないと気が狂いそうになる。
「ありがと。じゃあ行こっか」
私も美鈴も、おにい達と同じ自転車通学なのだ。なので、昇降口付近にある駐輪場に寄らなければならない。
この学校のほとんどの生徒が自転車通学で、駐輪場はいつも大量の自転車でごった返している。
それだけの自転車があれば自然と通路は塞がり、出すのも入れるのも一苦労だ。
さらに、ホームルームが終わってすぐの時間帯は帰宅する生徒で混む。なので、なかなか学校外へ出られない。そんなことに苛立ちながら、私達は、家へ帰る。
そういえば、美咲希さん置いてきちゃったな。後でメッセージ送らないと。
「最近調子どう?」
「マルちゃんのショックからは立ち直れつつあるよ。でも、おにいがあの調子だと、私も本調子には戻れないよ」
そんな会話を、帰宅時間ずっと続けた。途中信号が赤になったので、美咲希さんにメッセージを送ったら私の家に集合することになった。
ここ最近私は嫌な妄想ばかりするようになった。マルちゃんの事があってから、おにいの行動が読めなくなったからだ。
自殺を考えているかもしれない。そう思うと、不安な気持ちが膨れ上がっていく。
もしかしたらご飯をちゃんと食べていないかもしれない。そう考えると早く家に帰って確認がしたい。
こんな日がもう一週間以上。とってもストレスが溜まっていて、そろそろ限界を迎えそうだ。些細なことでイライラして、そしてそんな自分にイライラする。そんな負のスパイラル。
「着いたね」
「うん」
鞄から鍵を取り出し、ドアを開ける。
人の気配は一切しなかった。つまり、おにいは今日も部屋にこもっている。
しかし、玄関にはお父さんの靴と、もう一つ知らない靴が並べてあった。
そして、耳をすませば二階から話し声が聞こえる。
何を話しているのかまでは聞き取れなかったけど、恐らく誰かがおにいとコンタクトを取ろうと思っているんだろう。
果たして、おにいの心にその言葉は響くのか。私と美鈴は祈るしかなかった。
「あら、今日は先客がいるのね」
遅れてやって来た美咲希さんが私達の後ろに立った。
「この靴……どっかで見覚えがあるような……」
「へぇ、泥棒猫の割には鋭いじゃない。多分これはマルのお父さんの靴よ」
そう言われて私はハッとした。確かに、病室で見た時の靴と似ている気がする。
「泥棒猫はどっちですか。いきなり出てきて先輩取ったのは美咲希先輩じゃないですか」
美鈴は、少し元気がないけど反論していた。それでも多少の余裕がある美咲希さんには敵わない。
「今はそんな事どうでもいいわ。問題は何を話しているのか、よ」
確かにそうだ。気にならないと言ったら嘘になる。しかし、盗み聞きをするのは気が引ける。どうしたものか。
そうこう考えているうちに、二階から人が二人、降りてきた。
「お邪魔してすまなかった。私はコンラード・アルドベリだ」
長身で金髪、細すぎず太すぎずの体型は、彼の爽やかな顔と相まっていた。
「いえ。お茶飲んでいきますか?」
「いや、遠慮しておくよ。私はこれから仕事に戻らなくてはならないからね」
「そう……ですか」
多分おにいと話してたのはこの人だ。だからお茶でも飲んでいってくれれば聞き出せると思ったのだが。
「悪いな葉月。俺もそろそろ戻るわ」
コンラードさんの後ろについていたお父さんもそう言った。両親不在なんてもう慣れたけど、こんな時にそばにいてくれないのは少し悲しい。
そうして、大人二人が立ち去った後、僅かな沈黙が流れる。
「「「…………」」」
三人とも、なんて声をかけようかわからないのだ。
そして、その沈黙を破ったのが――二階から聞こえた物音だった。
人が動く気配がして、ドアが開き、階段を降りてくる。
その姿は弱々しかったが、見間違えることは無い。正真正銘、私のお兄ちゃん、川崎悠眞だった。
「悪い。ちょっと出かけてくる」
ぼそりと放ったその言葉は、私達全員に届く。
「うん。いってらっしゃい」
泣いて震えそうになるのをどうにか堪え、おにいを送り出す。
私はおにいが外に出て行った後、
「そして、おかえり」
と、言った。
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