大晦日
昼を食べ終えた俺達は、しばらくのんびりした後、家へ帰った。
俺はもう少しのんびりしていたかったのだが、年越しそばの用意があるとかなんとか。
冬なのに気温は高く、過ごしやすい。こんな日は昼寝に限るな。と言っても、恐らく寝かせてくれないだろう。
だって、今日は大晦日。今年を締めくくる日。
そんな訳で、忙しくなりそうだ。
「美咲希は良かったのか?」
てっきり美咲希は家に帰るのかと思ったのだが、彼女はしれっとした表情で
「余裕よ」
と言っている。
どうなってるんだよ一体……
俺が言うのもなんだが、めちゃくちゃ放任じゃねーか。1度、美咲希に家のことを聞いてみようか。
家に帰るのにかかった時間は、それほどかからなかった。
すれ違う人も少なく、車も通らなかった。昼過ぎなのに、交通量が少なかった。
それは、大晦日が関係しているのか。それともただ単に田舎なだけなのか、俺にはわからない。
聞こえるのは吹き抜ける風の音。揺れる植物の音。どこかから聞える車の音。マルの鼻歌。
そんな中、俺はこの1年色々なことがあったなと、既に感慨に浸っていた。
「どしたのおにい。にやにやして」
なんと。俺としたことが、ついつい表情を緩めてしまった。これだと、ただの危ないヤツじゃん。
「1年間色々あったなと思ってな」
「へぇ……インドア思考のおにいがそんなことを思うなんてね。変わったね」
葉月は、美咲希になにかを含んだような視線を向ける。
確かに、美咲希のおかげで、俺の思考は変わっていった。昔はただ無意味に過ごすだけの日常だったが、今は違う。
なんて言うんだろう。守りたいものができたって言うのかな。
だから、思い出に浸っているのかもしれない。
「変わったかもしれないな。昔とは比べ物にならないほど充実してる」
そんなやり取りをしているうちに、家に着く。
葉月が鍵を開け、しんと静まり返った我が家に足を踏み入れる。
慣れひたしんでいるからか、静けさが漂う廊下は、どこか落ち着いた。
そこまで疲れたわけでもないが、俺の足は自然とソファーへと向かっていた。
そこに座ると、ぼふっと体が沈み、僅かに反発してくる。
要するにいい座り心地。人をダメにする道具。
数秒、ぼーっとしていると、隣から揺れを感じた。
揺れと言うより、誰かが座った反動。
それを確認するため、顔を90度右に向ける。
すると、そこにはふぅ、と一息ついてくつろいでる美咲希がいた。
「もうここ誰の家かわかんねぇな……」
静かに呟いた言葉は、美咲希に拾われる。
「細かいことは気にしないようにしないとストレス溜まるわよ?」
何が細かいのかよく分からないが、めんどくさいので放っておこう。
それに、好きな人と多くの時間一緒にいられるなんて幸せじゃないか。
「で、暇つぶしに何する?」
「3時間ほど寝る」
何を言っているんだこいつはという目で見られているが、俺は至って真面目。
今から3時間寝ても、起きるのは日が沈んで間もない頃だろう。
どうせ断られるだろうなと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「それもありね……少し寝ましょう」
肯定してきたのだ。
予想外の反応に少し戸惑うが、了解を得たので、遠慮なく寝る。
次に目を覚ましたら何をしようか。そんなことを考えて、俺は眠りに落ちる。
目を覚ましたのはきっちり3時間後で、俺の予想通り、既に日は沈んでいる。
座ったまま寝ていたらしく、美咲希が俺の肩に寄りかかっている状態だ。
意識が覚醒していくにつれて、俺は太ももに違和感を覚える。
決して重くないのだが、何かが乗っかっている感覚。荷物なんて持った覚えないしなぁ……
現実逃避はやめよう。マルが俺に抱きつきながら寝ているのだ。
つい先日、飼い主にはなれないけど甘えてくるのは構わないと言ったが、これ程とは。今どきの女子小学生侮れんな。
いや、マルが異常であることを願う。
世界中の女子小学生がこれだと、なかなか終わってるからな。
「んん……おにい…………ちゃん」
夢に俺が出ているのだろうか。
そうだとしたら、嬉しい。
俺は、自然とマルを撫でて、さらさらしているきめ細やかなショートボブヘアーを満足に堪能している。
すぅ、すぅ、と寝息をたてていて、とても可愛らしい。
……いかんいかん。ロリコンを存分に発揮してしまった。
まぁ、マルの魅力はそこだけではないので、問題は無いだろう。
「ふわぁ……」
今度は、美咲希があくびをしながら起きた。
だが、その場から動こうとしなかったので、俺に体重を預けたままになる。
「おはよう」
「この時間にその表現は相応しくないんじゃないかしら?」
俺の挨拶にご最もな返事が帰ってきた。
確かに辺りが暗闇に包まれているのにおはようはおかしいか。
「じゃあ、良いお年を?」
すっとぼけてみる。
「寝起きには相応しくないわね」
下らないことに頭を悩ましている高校生2人。
やがて、どちらからともなく無意味な行動だと気づき、放棄する。
「それじゃ、私は帰るわね。良いお年を」
そう言って、立ち上がる美咲希。
見送ろうと思ったのだが、マルが起きないのでそれは叶わない。
「おう。良いお年を」
なので、ソファーから動かず、俺もそう言う。
葉月は見送りに行ったみたいで、さっきまで鳴っていた水の音が止まっている。
実際に、玄関の方で2人の声が聞こえるのでそうなんだろう。
やがて、がちゃりと鍵が閉まる音がして、足音がこちらへ向かってくる。
「マルちゃんまだ起きないの?」
「ああ。もしかするとこのまま朝まで起きないかもしれない」
「そうかも。じゃあおにいしばらくそのままにしてて。マルちゃんすっごく幸せそうに寝てるから」
言われてみれば、マルは笑顔で寝ている。
「はいよ」
短く返事をして、俺はマルと密着したまま、年末恒例の番組を見ていた。
あまりにも下らない番組なので、俺は時折、「くくく」や「ふっ」と笑っていた。
それでも、この子は起きない。なかなかの強者だ。
「やっぱ年末はこうじゃないとね」
俺らが寝ている間に年越しそばの準備を終えた葉月が、俺の隣に座り、そう言う。
「そうだな。この番組あって年末あり、みたいな感じだもんな」
「おにいにしてはわかってるじゃん」
「『おにいにしては』は余計だ」
お互い、顔を見て話していて、あまりにも真顔だったので吹き出す。
「あはは。昔と何も変わらないね」
「ふふふ。まぁな」
そうして、俺らは平穏な大晦日を過ごしていった。
ちなみに、マルは俺が飯を食べるぞと起こすまで寝続けていた。
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