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it'sLife rock'n'roll  作者: スオウ


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8/12

水橋家

「今日の晩御飯はビーフシチューになりそうです」

そう言いながら、水橋環奈が部屋に戻ってきた。ドアの向こうから漂ってくる香りはまだないけれど、その言葉だけでなんだか温かい気持ちになる。


「美月さん来てるからって、母が張り切ってますよ」

水橋が少し照れくさそうに笑う。

それに対して、美月さんはふわりと微笑んだ。


「何だか申し訳ないね」

その笑顔は、どこか遠慮がちで、それでも嬉しそうだった。


まさか水橋の家族と一緒に晩ご飯を食べることになるなんて思ってもみなかったから、正直、俺は少し緊張していた。


「ケイタは7時半くらいに来るよ。ご飯食べてくるって」


「わかりました。ご飯は7時くらいになりそうです」

時計を見ると、まだ5時にもなっていない。思ったより時間があるな、とぼんやり考えていると——


「カンナ、ゲームしたい。前やってたやつ」

美月さんがぽつりとそう言った。

水橋はすぐに「いいですよ」と答えて、慣れた手つきでゲーム機を準備し始める。


その様子を見ていて、なんだか甲斐甲斐しく世話を焼いているなあと思った。

でも、水橋もまんざらじゃなさそうで、むしろ嬉しそうに見えたから——俺は余計なことは言わず、ただその空気を静かに見守ることにした。


テレビには、誰もが一度はプレイしたことのある往年の名作RPG。

美月さんがコントローラーを握りしめ、真剣な顔でボス戦に挑んでいた――のだが。


「えぇ~!こいつ強いよー!」

開始30秒で撃沈。あっさりやられて、ソファに沈む美月さん。


「また負けてしまいましたね。攻略サイトには“あの呪文が効く”と書かれていましたが…」

隣で水橋が真面目な顔でアドバイスしている。攻略情報を完璧に頭に入れてるあたり、さすがというか、なんというか。


「攻撃力が強いんだよ、すぐ死んじゃうんだってば…」

泣きそうな顔で文句を言う美月さん。いや、それはこっちのセリフだ。


画面を見てみると、装備は紙装甲、レベルは低空飛行。どう見ても挑む準備が整ってない。


「いや、レベル上げればいいんじゃないですか?」

俺が口を挟むと、美月さんは即答。


「それ面倒くさいんだよねー」

……ですよねー。

俺が「はあ、そうですか」とため息をついたその瞬間。


「そこで!ここにレベル上げをしておいたデータがあります!」

水橋がドヤ顔でレベル上げしたデータをロードした。なんだその料理番組みたいな展開は。


「おお、カンナありがとう!」

美月さんが目を輝かせて水橋を称える。

誇らしげな水橋の横顔を見ながら、俺は思った。


――なんだこの3分間RPGは。


しばらくゲームで盛り上がっていたところ、突然内線が鳴った。

水橋が受話器を取って、いつもの冷静な声で告げる。


「晩御飯が出来たようです」

その一言で、俺と美月さんはコントローラーを置いて立ち上がる。

エレベーターで2階に降り、水橋の後ろをついていくと、食堂の扉が開いた。


そこには、大きなテーブルの向こう側に――

厳しそうな顔をしたおじさんが、どっしりと座っていた。


「お父さん、帰ってたんですか?」

水橋が声をかけると、おじさんは短く「まあな」と返し、次の瞬間、俺に視線を向けてきた。


うわ、来た。完全に“誰だお前”の目だ。


「お邪魔しています」

俺は背筋を伸ばして、礼儀正しく挨拶する。


「君は…?」

低く響く声。圧がすごい。


「環奈さんの同級生で、須藤誠と言います」

そう、俺はただの同級生。だけどこの人は――

ミズハシ楽器の社長。つまり、ガチの大物。


「同級生…」

その言葉を噛みしめるように呟いたその瞬間。


「ごめーん、トイレ借りてたー!」

美月さんが、まるでタイミングを狙ったかのように、食堂に飛び込んできた。


そして――空気が変わった。


「美月ちゃん!いらっしゃい!」

さっきまでの重厚な社長モードはどこへやら。おじさんの顔が一気にゆるむ。


「おお、おじさーん帰ってきたの?」

美月さんも満面の笑みで手を振る。


「美月ちゃんが来るって聞いたから、急いで帰ってきた!」

……え、えぇ?

俺はぽかんとそのやり取りを眺めていた。さっきまでの緊張感はどこへ行ったのか。

社長、さっき俺に“君は…”って言ってたじゃん。

そんな俺に、水橋がそっと囁く。


「ごめんなさい、お父さん、美月さんの大ファンなの」

……なるほど。

ああ、親子なんだなって、妙に納得した。


「たくさん食べてくださいね」

優しく微笑む水橋母は、上品な美人だけど、どこか親しみやすい雰囲気をまとっていた。水橋とは違って、柔らかくて包み込むような空気感。

その笑顔に癒されつつ、俺は席に着いた。


「あなた、また失礼なこと考えてない?」

……こいつ、時々鋭いな。

水橋の視線がピンポイントで刺さってくる。俺、何も言ってないのに。


テーブルに並べられたビーフシチューは、見た目からして本格派。

一口食べた瞬間、思わず目を見開いた。うまっ…!

夢中で食べていると、水橋母がふふっと笑って、


「おかわりする?」

と聞いてくる。

え、天使ですか?

そんなほっこり空気の中、水橋父がふと俺に話しかけてきた。


「ところで、須藤君は環奈と同級生なんだって?」


「はい、そうです。えっと…」

答えようとした瞬間、美月さんが割り込んできた。


「おじさん、マコトちゃんだよー?うちのアドバイザーなの!」

……アドバイザーで理解できるかな?


「マコトちゃん…アドバイザー?」

水橋父がやはり混乱気味に美月さんを見つめる。ニコニコしてる美月さんは、まるで何も問題ないかのような顔。


「ま、誠くんは環奈と同級生なんだよね?まさか、付き合ってるとか…」


「お父さん、やめてください」

水橋がピシャリと止める。

その口調があまりにキレ味鋭くて、俺は思わず背筋を伸ばした。


「学校での環奈はどんな感じかしら?この子、人見知りでしょ?」

と水橋母が優しく尋ねてくる。


人見知り…?まあ口数は少ないけど、どちらかというと周囲から羨望の眼差しを向けられてるタイプだよな。


「同じクラスじゃないから、細かいことはわかりませんけど。みんなには好かれてますよ」


「本当?この子、同じ学校の友達連れてこないから、友達いないと思ってたのよ」


「お母さん!」

水橋が恥ずかしそうに母の言葉を遮る。

そのやり取りがなんだか微笑ましくて、俺は思わず口元が緩んだ。

温かい空気が、じんわりと胸に染みる。

こんな食卓、久しぶりだな。


スマホが震えて、新着メッセージ。陽葵からだ。


「お兄ちゃん帰って来ないの?」


「悪い、晩御飯いらないわ」と送ると、即返信。


「まさかお泊り?」


「そんなわけないだろ、少し遅くなるよ」

そう返してスマホをしまった。


「マコトちゃん、メール?」

美月さんに聞かれてスマホを見せると、「はい、妹です」と答えた。


「例の妹ちゃんだね?会ってみたい!」

と、目を輝かせてはしゃぐ美月さん。

いや、陽葵に会っても面白いことなんて起きないと思うけど…と心の中でツッコミを入れていると、水橋家のチャイムが鳴った。

玄関のモニターを確認した水橋が、すっと立ち上がる。


「ケイタさん来ましたよ」

そのまま玄関へ向かっていく水橋。


「あれ、今日は何?ミーティング?」

と水橋父が興味津々で声をかける。


「まだ内緒だよ」

美月さんがいたずらっぽく笑う。

その笑顔に釣られて、水橋父もニヤリとする。


「そう言えば昨日の新曲も良かったよ!」

え、昨日…会場にいたのかよ…?

俺は思わず水橋父を二度見した。


「盛り上がってますね」

と、ケイタさんが笑顔で入ってくる。


「ケイタくん、いらっしゃい」


「お邪魔します」

水橋父と挨拶を交わすケイタさんは、なんというか…品がある。立ち振る舞いが自然で、場に馴染んでる。


「私の部屋に行きましょうか」

水橋がそう言ったので、少し残念そうな水橋父に会釈して部屋を後にした。

そして俺たちは、水橋の部屋へ。


ドアが閉まり、空気が変わる。

さっきまでの家庭的な温もりは、少しだけ後ろに下がって、代わりに静かな緊張感が満ちていく。


「で、急な呼び出しだけど何の話?」

ケイタさんがソファに腰を下ろしながら尋ねる。


「ケイタは今のクリクリに満足してる?」

美月さんの問いに、ケイタさんは手で口元を隠すような仕草をして、少し考える。


「急に難しい事を考えたんだね」

そう言って、ふっと笑う。


「いいとは思ってるけど、満足はしていないかな」


「どこが満足していないの?」

美月さんが一歩踏み込む。

ケイタさんは少し言葉を探すように視線を泳がせてから、静かに答えた。


「自分がやりたい音楽をやっているのか、よくわからない時はあるね」

その言葉に、美月さんの目が鋭く光る。


「それ!そこがもったいないと思ってさ!」

声に熱がこもる。空気がピンと張り詰めた。


「なるほど、少し今日の趣旨が理解できて来たよ」

ケイタさんがそう言って、少し間を置く。


「…あとは、リョウさんが来てからにしようか」

その言葉で、部屋の空気はさらに静かに深まった。




【須藤家】


**須藤すどう まこと/17歳・都立星雲高校2年生**

アマチュアバンド「マックス」のヘルプギタリストとして、ライブハウス「Roots」に出演中。通称“マコト”。

人前では髪を下ろして顔を隠すほどのコンプレックス持ちだが、ギターを握ると別人のように冴える。

静かな日常と熱いステージ、そのギャップが彼の魅力。


**須藤すどう 陽葵ひなた/15歳・中学3年生**

誠の妹で、しっかり者の家庭担当。共働きの両親に代わって家事をこなすスーパー中学生。

兄の通う星雲高校を目指して受験勉強中。兄にはちょっぴり甘えたいけど、素直になれない年頃。


---


【Critical Cliticalクリクリ


**有栖川ありすがわ 美月みつき/18歳・ヴォーカル担当**

ピンクのツインテールにオフショルダーの服がトレードマーク。派手に見えるが、整った顔立ちと圧倒的な存在感で観客を魅了する。

マコトを気に入っていて、何かと“お姉さんぶり”たがるが、時々天然。ステージでは圧倒的カリスマ、オフでは賑やか担当。


**リョウ/22歳・ギター担当**

レスポールを愛用するギタリスト。音とテクニックで観客の心を掴む、クリクリの音楽的屋台骨。

口が悪くて天邪鬼なところがあるが、音楽に対する情熱は誰よりも熱い。ステージでは言葉よりギターが語る。


**ケイタ/20歳・ドラム担当**

黒髪の長髪にアルカイックスマイルが印象的な、落ち着きのある青年。

正確無比なリズムでバンドを支える縁の下の力持ち。物静かだが、時折鋭い一言で場を動かすタイプ。


**水橋みずはし 環奈かんな/17歳・ベース担当/都立星雲高校2年生**

年齢に似合わぬベーステクニックで“天才少女”と呼ばれる実力派。

高校では物静かで目立たないが、黒髪ロングの美人で、周囲からは羨望の眼差しを受けている。

マコトとは同級生で、淡々とした言動の中に時折見せる優しさが印象的。


---


【マックス】


**ヒトシ/ヴォーカル担当**

マコトをバンドに誘った張本人で、明るくポジティブな兄貴分。

ライブでは観客を巻き込むパワー型フロントマン。マコトにとっては頼れる先輩であり、良き理解者。


**クロ/ドラム担当**

ヒトシの相棒で、落ち着いた雰囲気の大人っぽいドラマー。

言葉少なめだが、演奏ではしっかりとバンドを支える。マコトのことも静かに見守っている。


**松崎(まつざき)/ベース担当**

寡黙で無口なベーシスト。だが、マコトのことをよく気にかけてくれる優しい一面も。

演奏中の安定感は抜群で、マックスの土台を支える存在。


---


【都立星雲高校】


**芝崎しばざき/誠と同じクラス**

顔良し、友達多し、ノリも軽い。高校生活を全力で楽しむタイプ。

なぜか誠に絡んでくることが多く、軽薄な口調ながらも憎めない存在。


**中谷なかたに/誠と同じクラス・隣の席**

素朴で可愛らしい雰囲気が魅力の女の子。男子から密かに人気があるが、本人はあまり気づいていない。

誠とは隣の席で、時折交わす会話がじんわりと心に残る。

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