第二十六話「宴」
ギルドでの冒険者登録を済ました後、四人はこの村の村長の家へと赴いていた。
村長の家は他の家よりも少し大きく、花も多くあった。
扉を鳴らし、フェンリルが呼びかける。
「ごめんくださーい!今日この村にやってきた冒険者の者です!あいさつがしたいのですが今よろしいでしょうか?」
ちゃっかりフェンリルも自分たちのことを冒険者と言っているあたりフェンリル自身も内心では冒険者になれたことがうれしいのだろう。たぶん。
フェンリルの呼び掛けに中から老人の声で返事が聞こえ、すぐに扉が開かれた。
中から出てきたのは少し背の低い眼鏡をかけた優しそうな顔の老人が一人。
「ようこそおいでくださいました。良ければ中へどうぞ」
老人はそのまま四人を中へと案内した。
すんなりと案内するあたり、おそらく司祭あたりが話を通していたのだろう。
家の中は温かみのある部屋だった。
地上人が生活する家の中は三人にとっては少し新鮮味のある感じを期待していたが、地底とそれほど大きく変わらない感じで逆に安心感があった。
四人はソファに座らされ、すぐに目の前のテーブルにお茶を置かれた。
老人も椅子に腰かける。
「さて、本日はこんな遠い場所に足を運んでいただきありがとうございます。さして、皆さんは今日は何用でこんな村に?」
「何用と言われましても、特に用事があったわけではないのですが、強いて言うならば旅の中継地点だったと言うべきでしょうか。」
「あぁ、なるほど。そうでしたか。最近ここらの魔獣の動きがだいぶん収まってきたので、もしかしたらまた危険な魔獣が現れたのではと思いまして。」
老人は物々しい様子で呟く。
「以前には危険な魔獣がいたんですか?」
「えぇ、それがこの村を囲う森にまで被害を出すほどのヤツでして手がつけれなかったんです。ですが、ある時を境にピタリと止みまして。今は村人が怯えることなく安全に暮らしています」
「そうでしたか。」
ゆったりと話をするフェンリルと村長。
暇そうにするバーゼルとアイビス。
部屋中が気になるアルス。
ふむふむ。
俺たちの地底の家とそこまで違いはないな。
強いて言うなら家の中に暖があるくらいか。
地底はそんなものなかったしな。
気温がコロコロ変わるような場所でもなかったし。
それにしても、このじいさん一人で住んでんのか?
にしてはちょっと広すぎるような………。
「部屋が気になりますか?」
「え?」
部屋を見回していたアルスに声がかけられた。
あまり人の家の中をジロジロ見回すのは良くなかったか。
「いや、俺たちの家とあんまり変わらないなぁと思って………一人で住んでんのか?」
アルスの質問に村長はニコッとした笑顔で答える。
「昔は妻と二人で暮らしてたんですが、三年前に他界しましてね。今は一人ですよ。けど、村の子たちがよく遊びに来てくれますから寂しい日は一日としてありませんがね。今日だって、あなた方が来てくれた。私は嬉しいですよ。ホホホッ……」
寂しげな老人かと思ったがそうではないらしい。
「ところで皆さんどちらからおいでなさったんです?」
その質問に三人はビクッと肩を震わせて、目を彷徨わせる。
「あー、えーと、僕たちその………色んなところを旅してまして、今日は砂の――」
「こいつらは地底から来たんだ」
フェンリルが言葉を濁そうとした時、バーゼルが割って入った。
そしてその言葉が放たれた瞬間、三人は驚愕の顔でバーゼルの方を見る。
なぜお前が言った?
いや、別にいいんだ。
お前が言おうが俺たちが言おうが向こうからしたら同じことだ。
だが、なんだ?
この売られたような感覚は。
まるで差し出すかのようにフェンリルの言葉に被せたような気がしたのは。
「地底から来た?ということはあなた方は『地底人は』、ということでしょうか?」
「あっ、いや、それは……」
「あぁ、そうだ。こいつらは地底から来た、 " 地底人 " だ。」
やっぱりなんか変だ。
売られるような感覚が拭えない。
「地底人?地底人とはあの地底人ですか?」
老人の声が低くなり、俯きながら呟く。
老人のただならぬ気迫に三人は腰を上げようとした時、老人は勢いよく立ち上がり、フェンリルの手を掴んだ。
「ようこそおいでくださいました!!!地底人様!!!」
「「「………へ?」」」
予想とは遠くかけ離れた言葉に三人は素っ頓狂な声を漏らす。
「地底人……様………???」
「あなた方が来られるのをずっと待っておりました!!!いやぁ、またこの目で地底人様を見られるとは!」
一切の偽りのないその言葉に三人は動揺する。
地底人?
なんじゃそれ。
「ここの村の奴らは過度に地底人を歓迎すんだよ。一つの祝い事であるかのようにな」
バーゼルが呟く。
「そうと決まれば今夜は宴ですな!地底人様、今夜この村に滞在なさるのですか?」
「えっ、えぇ、まぁそうしようかなと思ってたところで……」
「そうですか!それでしたらぜひこの家にお泊まり下さい!」
「いいんですか?こんな大きな家に。僕たちあまりお金持ってないですよ?」
「何をおっしゃるのです!お金なんて要りません!地底人様が宿泊していただけるだけでありがたいのです!」
「!!?」
あまりに謙虚過ぎる態度に三人はただ困惑し、バーゼルを振り返るとバーゼルは小さくガッポーズをしている。
こいつ!!!
宿代をタダにするために俺たちが地底人であることを売るように押し出したのか。
「き、汚ぇ大人だ」
「何言ってやがる。これも世の中上手く渡っていく術だぜ?ちゃんと覚えておけ」
それらしく締めくくりやがった。
「それでは皆さんは二階のお部屋全て使っていただいて構いません!私は今から宴の準備に参りますので、皆様は長旅でお疲れでしょうから部屋でゆっくりしてください!何か困ったことがあればいつでも言いに来てください!私は教会か村の広場に居ますので!それでは!」
そう言って村長はそそくさと家を出て行った。
「………え?何アレ?アレが普通なの?」
「普通なわけねぇだろ?この村は変わってんだよ」
「……地底人は地上では好印象……と捉えていいんですかね」
「……いや、そうとは限らねぇな。地底人は地上じゃ重宝されるが、逆に忌み嫌う奴らだって多くいる。あそこまで大っぴらに歓迎する奴らはそういないな」
三人は顔を引きつらせながらもとりあえず二階で休むことにした。
二階は四部屋あり、一人一部屋割り当てられた。
時刻は夕方あたりで、夕飯にしては少し早い時間帯だ。
村長が言うには宴だのなんだのと言っていたから準備が出来たら呼ばれるのだろう。
それまで各々自分の時間を過ごすことにした。
アイビスは水浴び、フェンリルは少し本読みながら情報集め、バーゼルは寝るとのことでそれぞれ部屋にこもった。
アルスはアイビスの水浴びでも覗こうかとも考えていたが、個室のため鍵が掛かっており覗こうにも覗けないので断念。
暇なのでアルスも寝ることにした。
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窓から入ってきていた光が徐々に消え、部屋が暗くなった頃にアルスはフェンリルに起こされた。
「アルス、起きて!」
「……………んだよ、もう朝かよ……」
目を擦りながら体を起こす。
「まだ夜だよ。村長が夕食の準備が出来たから外に来て欲しいって!」
「飯?」
なぜ夜中に飯なんかと思いつつも自分のお腹が鳴っているのに気づく。
そういえばまだ飯食ってねぇじゃん。
てか今何時だよ。
時計を確認すると時刻は夕食時を指していた。
――結構寝たな。
アルスは伸びをしながら立ち上がり、フェンリルと一緒に部屋を出て一階へと降りた。
一階には眠そうな顔のバーゼルと機嫌が良さそうなアイビスがソファに座って待っていた。
「お待たせ。アルスも起きてきたし、行こっか。あっ、アルス顔洗う?」
「いや、いい。てか外で飯?」
「うん、だって村長さん宴の用意があるって言って出て行ったじゃん」
あっ、そういえばそうだったな。
「ったく、地底人が来たぐらいで宴って、どんなだよ。」
「いやアンタがチクったんでしょ!」
確かに村に来ただけで宴って、やっぱりこの村おかしいよな。
歓迎される分には悪い気はしないが、ちょっぴりむず痒さが…………てか、外うるさくね?
外が何故か異様にうるさい。
不快なうるささというわけではなく、ザワザワと言った大量の人の気配がする。
あれ?宴って言ってもこんな時間だしそんな人とかいないはずだよな?
「よし、行こうか。」
そう言いながらフェンリルがドアノブを掴み、扉を開けた瞬間、とんでもない声量の歓声が上がった。
" ワァァァァァァァ!!!!! "
「地底人様だーーー!!!」
「地底人様ーーーー!!!!」
「スゲー!!!地底人様だ!!!」
「俺初めて見たよ!」
「私も!!!」
ドアを開けた先には大勢の人が集まっており、こちらに手を振り歓声を上げている。
三人は驚愕のあまり開いた口が塞がらない。
「ど、どうなってんだ………これ……」
「これは……」
「す、すごい」
大衆の歓声。
アルスたちにとっては初めて見るものだが、まさか自分たちがその歓声の対象となるとは。
宴って、村の全員ですんのかよ。
てか、村の人間意外と多くね?
こんな集まるか?普通。
バーゼルの言った通り村長だけじゃなくこの村全員が変わってんのかよ。
でも………。
アルスは歓声を上げる人々を端から端まで見渡す。
そして歓声を上げている人々の中で特定の人たちだけが目に留まる。
お姉さん。
あっちにもお姉さん。
こっちにもお姉さん。
同い年くらいの子にまたお姉さん。
ふむふむ。
アルスはそれらを見て何かを悟ったように目を瞑った。
これらが指し示すものの答えはおそらく一つしかないな。
パチッと目を見開き、心の中で叫ぶ。
アルス君、モテ期来ました〜〜〜!!!
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中心に大きな焚き火を焚かれ、それを囲うようにして豪華な料理が並べられている。
四人はそれを食べながら村の人々と交流をしていた。
フェンリルは地底のことを詳しく聞かれ、バーゼルは地底人と間違われ、アイビスは自慢話をし、アルスはナンパに励んでいた。
「お姉さんカワイイね!」
「キャー!地底人様に可愛いって言われちゃた〜!」
「いいな〜!私も地底人様に可愛いって言われた〜い!」
「地底人様!私は!?私はどうですか!?」
「私も!!」
「私も!!!」
「ハッハッハッ!そう焦らずともみんなカワイイよ!」
「「「「キャーーーー!!!」」」」
黄色い声が上がる。
わかりやすいぐらいにアルスの鼻の下が伸びる。
右にお姉さん、左にお姉さん、後ろにお姉さん、前にもお姉さん。
最高だ。
やったよフィーネス。
ついに見つけた!
ここが俺の居場所!
楽園!
たまりません!
よし、俺ここで生きて行こ。
どうやらこの村では地底人は神様同様の扱いをされるらしい。
お姉さんたちに囲まれながら料理を口にまで運んでもらったり、楽しく会話したりとアルスにとってはこの上ない宴だろう。
そんな中、アルスはふとある人物に目が留まった。
それは、全員が焚き火を囲う中、司祭と共にその様子を眺めているシスターだった。
おっ!シスターじゃん!
やっぱりシスターもいたんだな。
あそこから遠慮っぽく焚き火の様子眺めているってことは司祭の前では焚き火に参加したくてもさせてもらえないってとこか?
まぁいいや。
シスターの方から来てくれないなら俺の方から行くもんね!
アルスが立ち上がる。
「地底人様、どこへ行かれるのです?」
「うん?あー、他の子のところに行ってくる〜。ずっとお姉さんたちといたら他の子たちが寂しい思いしちゃうだろ〜?」
「地底人様優しい!!!」
「すぐに戻ってきてくださいね!」
「はいはーい」
お酒は飲んでいない。
雰囲気に酔ったか、アルスはゆるーい返事でその場から離れた。
少し歩き出すと冷たい空気が頬を撫でた。
アルスは身震いさせ、回ってすらいない酔いが覚めた。
寒いな。
この村の夜ってこんな寒いのかよ。
両腕を擦りながらシスターに近づくとシスターはすぐにアルスに気づいた。
「シスター!」
「あ、アルスさん!」
何故か分からないがシスターがキョドっている。
というより、恥ずかしがっているように見える。
髪を少し整え、体をモジモジとさせている。
えっ、可愛いっ……!
「アルスさん!あの、朝はまさか地底人様とは知らず飛んだご無礼をお許しください!」
しかし、すぐに朝の出来事を思い出したか、頭を下げた。
「いやいや、アレは俺が悪いんですから気になさらず……!」
「ですが……」
「いいんですよ!細かいことは。それにほら、デートしてくれるって約束してくれたじゃないですか!」
そのことも思い出したかのように小さく「あっ!」と声を漏らし、顔を赤くする。
めっさ可愛いやん!
そうアルスの鼻の下が伸びかけた時、聞き覚えのある声が飛んできた。
「こら!シスターにセクハラすんじゃねぇ!」
「そうだそうだ!い、いくら地底人様だからってシスターにセクハラするのは許さないぞ!」
「シスターはみんなのだよ!」
その幼い声はシスターの方、いや、シスターの後ろから聞こえた。
「ん?」
覗いてみると、そこには教会でシスターと一緒にいた子供たちだった。
子供たちはシスターの後ろに隠れていたものの、アルスにバレ、慌ててアルスから見えないようにシスターの裏へ回り込んだ。
こいつら、確か教会でもシスターの後ろに隠れてた奴らだよな?
俺をセクハラ野郎呼ばわりして。
シスターがすぐに子供たちを叱責する。
「こら!地底人様に向かってなんてこと言うんですか!」
子供たちはすぐに言い訳をする。
「でもよ!こいつシスターのこと」
「こいつなんて言ってはいけません!」
言い訳もすぐに止められる。
うーん、この村では地底人が神様みたいな扱いをしているのは分かるが、さすがにそんな子供にまで怒る必要ないんじゃないだろうか。
セクハラ野郎は頂けんが、元はと言えば俺が悪いしな。
認識の違いと言うべきか。
俺はシスターを取ろうとしたわけじゃない。
ちょっと分けてもらおうとしただけだからね?
何がとは言わんが。
「地底人様、申し訳ございません。この子たちは地底人様に会うのは初めてでして、まだ教養がついておりません。これを機にちゃんと教養も身につけさせます」
隣にいた司祭が申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「え?い、いやいいんだ。別にこいつらは悪くねぇよ。こいつらもシスターのこと好きなんだろ?いきなり村に来た奴がシスターに色目使ってたらそりゃあ嫌だよな。俺の方こそ悪かった」
そのアルスの言葉に司祭は目を見開き、再度頭を下げた。
「なんと!そのようなお言葉を!寛大なお心に敬服致します!」
い、いや、別にそこまでしなくても。
なんかそこまでされるとそれはそれでちょっと居心地悪くなるから……。
「な、なぁ、悪かったよ。俺がお前らの好きなシスター横取りしようとしたみたいになって。そんなつもりはなかったんだ。許してくれ」
そう子供たちに頭を下げる。
「そ、そんな、頭をお上げください!悪いのは――」
「「「ごめんなさい!!!!」」」
シスターが止めに入りかけた時に子供たちは頭を下げた。
「俺たちもこいつって言ってごめんなさい」
「シスターが取られると思って……」
「ごめんなさい」
おぉ、なんていい子たちだ。
自分たちの意思ですぐに頭を下げれるなんて……!
俺が四、五歳の時は初対面の奴と喧嘩したら相手を泣かせた上に絶対に謝らなかったからな。
ちゃんと謝れるのはいいことだ。
「いやいや、俺が悪いんだ。悪かったな。今からは仲良くしようぜ!俺アルスって言うんだ!お前ら、名前なんて言うんだ?」
「……ギム」
「ビー」
「リネーナ」
「ギムにビーにリネーナか!よろしくな!」
満面の笑みで三人と目線を合わせる。
「そういえば、村の子供たちは他にもいたのにお前らずっとシスターのところにいるんだな。みんなのところに行かなくていいのか?」
アルスの質問に三人は押し黙る。
「……その子たちは既に両親を亡くしていて、孤児なんです。だから今は私たちが教会で育てています。村の子たちとはまだ仲良くなれないらしくて……」
おっと、そういう理由ね。
両親を失っているのか。
確かにそれは色々とこいつらにも事情があるみたいだな。
だがまぁ、そうやって周りと壁を作るのは良くない。
無理に馴染めとは言わんが、多少のコミュニティは必要だろう。
アルスは三人の手を取り、みんながいる場所へ歩き出す。
「よし!じゃあみんなのところに行こう!俺が地底の話をいっぱいしてやる!」
「地底の話?」
「おう!絶対面白いぜ〜!」
地底に興味があるのか三人は目を光らせる。
「シスターも行こうぜ!」
敬語を忘れ、シスターにも声をかける。
シスターは行っていいのかとオロオロしていたが、司祭からの「行ってきなさい」と許可を得て、嬉しそうに後ろについてきた。
「おーし!みんな聞けぇ!!!!俺が今から地底での武勇伝を教えてやる!」
全員が集まる場所でそう声を上げると大勢がアルスに楽しみと言った顔を向ける。
「な!?アンタ今あたしがその話してるでしょ!?邪魔しないでよ!」
「アイビスが話すより俺の方が喋り上手いから!俺の武勇伝の方が凄いし?みんな俺の方聞きたいよな?」
「アンタの武勇伝って女子の水浴び除くことでしょ!!!!」
「んあ!?それ言うなよ!!!!」
笑い声が上がる。
みんなが楽しそうにアルスの話を聞く。
ギムもビーもリネーナもシスターも。
まるで人々の笑顔を引きつけるようだった。
司祭はその様子を一人離れて眺め、ボソリと呟いた。
「アレが例の………」
何をどう思ったのかは分からない。
ただ、その不敵な笑みが微かに焚き火の明かりに照らされたのを知る者はいない。
♦ちょこっと補足♦
バーゼルは他人の善意には躊躇なく踏み込むタチである。




