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08 異世界を見付けた!




 私は子猫のシーヤを抱え上げて、見上げる。


「シーヤのことはどうする?」

「どうって……どうしよう」


 ゼイも困った様子。

 赤ん坊になってしまった幻獣をどうするべきだろうか。


「やっぱ連れて行くしかないな」

「……まじか」


 面倒を見る子どもが増えた。

 コウとシーヤ。


「とにかく、食べさせなくちゃいけないわよね。ブラックドッグの肉でいいかしら。ゼイ、頼める?」

「おうよ!」


 ぺっと収納していたブラックドッグを一つ吐き出すゼイ。

 コウはまた喜んでかぶり付いたが、シーヤの方は私を見上げるだけ。

 琥珀色の瞳でじとりっと見てくる。何を訴えたいのだろう。


「食べさせてほしいんじゃないのか?」

「……わかったよ」


 ゼイが推測した。私以外、食べさせる人がいない。

 包丁が折れないことを確認して、私はブラックドッグの肉を切り取った。

 毛がついた方を地面に置けば、のそりと動いて、子猫シーヤは食べ始める。

 二匹が食べ終わることを待つ。ワンピースの裾を絞って乾かしてみる。

 それから水が噴き出す水道のそばに立って、私は考え込んだ。


「魔法が使いたい」

「魔法かぁ……でも、ミズナ、水飛ばしてファイアトロールの首撥ねたじゃないか。オレ、水鉄砲がいつでも出せるように、水を溜めておこう」


 ゼイはぽよんぽよんと跳ねると、また水道に引っ付いた。


「そしたら、いつでも水を出せて、ミズナの特技スキルも発動出来るよな! 連携の特技スキル!」


 連携の特技スキルか。

 それはいいけれど、私はもっと魔法らしいものが使いたい。

 ドバドバと溢れるもう片方の水を眺めて、私は両手を翳す。


「水を自在に操る魔法って、最強だと思うんだよね。扱えないかしら」

「すでに最強種なのに、そんな最強な魔法を手に入れたいの? 向上心高いなおい」

「三匹の子守をする身としては、もっと強くなりたい」

「ぐうっ」


 子守の対象であるゼイは呻く。

 会話の間も、私は手を翳して念じてみる。

 揺れ続ける水面を見つめた。

 MPがあるのだ。使えなくはないはず。

 実際、出来たのだ。やってみよう。

 手始めに、浮くように念じた。

 浮き上がれ! 水!

 一分近く向き合っていたけれど、がくりと力を抜く。


「次の精霊樹のところに行こうぜ?」


 ゼイにそっと促された。


「また精霊樹の元に寝泊まりするの? ファイアトロールみたいに襲ってきて、寝ている間に燃やされたらどうするの?」


 精霊樹の元に休んでいるものを襲う罰当たりはいないと言っていたが、精霊樹そのものを燃やす罰当たりがいたじゃないか。


「いや、あいつだけ、こんな見知らぬ景色に混乱して燃やしたんじゃないか? トロールは元々、凶暴な魔物だし……大丈夫だって。とりあえず、この街を出て精霊樹を目的地にしようぜ」


 凶暴な魔物か。混乱して燃やすなんて、本当に罰当たりだ。

 他に目指す場所もないし、私は行くことにした。


「そうね。とりあえず、この鴻巣市を出て、コウの親を見付けなくちゃ」


 少し痛んだショルダーバッグをかけて、ゼイを乗せようとしたが。

 足をつつかれて視線を落とせば、子猫シーヤが見上げていた。


「みゃあん」


 愛くるしい声で鳴く子猫は、もしかして……。


「……乗りたいの?」

「みゃあん」


 お願いと言わんばかりに前足でつつかれた。

 仕方ない。包丁で傷付かないように、バッグのチャックを閉めて、その上に子猫のシーヤを乗せた。ゼイのことは、両腕に抱えることにする。コウは歩いてついてくるだろう。


「確か、北本駅の方角だったな。一番近い精霊樹」


 ここの精霊樹よりは目立っていなかったけれど、歩いていける距離にある駅の方角に精霊樹があったはずだ。


「線路沿いに行くつもりなら、ラビッドの血をいただいておいた方がいいと思うぞ」

「うん、そうする」


 さっき通った道を真っ直ぐに進む。

 踏切の手前の道を左に進み、昨日線路に侵入した場所に再び侵入。

 またもやハマってる状態の巨大兎型の魔物ラビッド。

 もふもふの毛を掻き分けて、地肌に牙を立てた。

 溢れるのは、ベリー味の血。さっきのトロールより、美味しい。

 ゴクゴクと飲み込み、喉を潤す。息が続かないと思うほど、飲み続けた私は「ぷはっ」と口を離す。

 手の甲で口元をグッと拭って、両手を合わせてお辞儀。


「ご馳走さまでした」


 私はショルダーバッグの紐を引っ張って、線路を真っ直ぐ歩くことにした。時々、コウの様子を見たけど、楽しそうに線路を交互に飛び越えながら歩いている。問題は何もないようだ。

 私は歩きながら、空を見上げてみたり、左右を見てみたりしていた。

 閑静な住宅地などに挟まれた線路は静かだ。あまり異変が見当たらない。

 でも線路の上を歩き続けることは、十分に非日常的だった。

 三十分ほど歩いていれば、それを目にする。

 目を疑ったものだ。

 だってそこには異世界じゃないかってくらいの緑が広がっていた。

 え? 駅はどこに行った?

 線路は途切れて、ただ草が生えていた。急に、草原に迷い込んでしまったみたい。でも後ろを振り返れば、殺風景な線路がある。住宅地も、途切れていた。

 前を見れば、幻想的な緑の自然だ。右には丘があって、左には雑木林が少しある。生い茂った芝生の草原が続く。


「ねぇ、ゼイ……ここ見覚えある?」


 呆然としながらも、草を踏み進む。


「ああ……ラグアースによくある景色だ」


 ゼイは、そう答えた。

 異世界ラグアースによくある光景。

 つまり、私は異世界に足を踏み入れているのだ。そう思うと興奮してきた。夢じゃない景色が、ある。顔を綻ばせた。異世界っぽい、そんな草原を走り出す。

 追いかけっこだと思ったのか、コウは吠えながらも駆けてついてくる。

 迷うことなく丘に登った。

 まだまだ広がっていく草原。それから、若葉色の葉を生やした木々と白い花々があちらこちらにある。


「異世界がぁああ来たぁああ!!!」

「うおっ! 元気だな……」


 スライムのゼイを掲げて、柄にもなく叫んでしまった。

 ゼイは、ちょっと驚いたようだ。


「なんで急にラグアースの光景になったんだろうね? ここに位置する街はどこに行ったのかしら……家は? 人は?」

「そう質問責めされても、オレにはわからんよ……ミズナさん」

「そうよねぇ……」


 困ったように呟きつつも、私は深呼吸をした。芝生の香りがする。

 顔は綻んだままだろう。気持ち良い。


「じゃあわかることを教えて、ゼイ」

「んー。オレが最後にいた草原かもしれないな。こんな景色は、ラグアースにザラとあるから確信はないんだけど、オレは無害なスライムばかりが湧いてくる草原のそばにいた」

「私がコツコツとレベルを上げたスライムは襲ってきたけれど」

「時たまに飛び付くが無害なんだよ、スライムは!」


 話が脱線したから、戻すことにする。


「ゴホン。ミズナがスライム狩りをしていた場所にスライムが湧いていたんだな? 近いから偶然とは言えないな。ラグアースとチキュウの融合で、地形が変わったんじゃないか?」

「地形も変わった、のか。パズルみたいに無理矢理くっ付けた状態なら、それはそれで面白い世界になってるかもね。それにしても、そんな世界で、巡り合えたなんて、運命みたいだね」


 上機嫌なまま、私はゼイに笑いかけた。


「う、運命だなんて……照れるじゃないか。期待、しちゃうぜ?」


 ゼイは照れたようにもじもじしたけれど、私は首を傾げる。


「期待してどうするの?」

「……ソウデスネ。」


 スンと真顔になった気がする。


「みやあん」


 微笑むようなシーヤが鳴いた。

 頭を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らす。


「ん?」


 カンカン、という音が耳に届く。

 MPを消費して、ヴァンパイア・アイを発動した。

 どうやら雑木林の向こう側から、響いている音らしい。

 カンカンと脈打つ音を目にする。水面が揺れるよう。


「人が、いるのかな。カンカンって音がする。規則正しく、カンカンって」

「カンカン? 行ってみるか?」

「そうだね。精霊樹は、確かその方角にあるはずだし、ついでに見てみようか」


 私は音のする方へと足を運ばせた。

 サクサクと草を踏み付けながら、雑木林を大回りすると、それが遠くに見える。

 家だ。煙が上る煙突のある家。煉瓦のような屋根と壁みたい。おとぎ話の絵本の中でありがちな赤い屋根の家。

 カンカン、という音はまだ続いていた。


「これは……鍛冶屋の音じゃないか?」

「鍛冶屋?」


 言われてみれば、叩いているような音が鍛冶屋のイメージに合う。

 作業中の鍛冶屋の家。でも周りは草原が広がっている。少し先に精霊樹らしき大きな木が見えるだけ。こんなところに、鍛冶屋があるものだろうか。いやでもあるものはあるのだ。


「初の異世界人!」


 ワクワクして、駆け寄った。

 ゼイを脇に抱えて、黒い鉄の金具がついた木のドアをノックをする。

 カンカンという音が響き続く。


「聞こえないのかな?」

「だと思うぞ」


 もう一度、叩いてみた。


「すみません! って、言葉通じるかな」

「オレ達に通じているなら大丈夫だと思うけど」


 声をかけても、作業を中断した気配はない。

 私は拳を固めて少し強めに叩きながら、呼びかけた。


「あの、すみません!!」


 今度こそ、聞こえたようだ。カンカンという音は止まる。

 ウキウキしながら、ゼイを抱えて、出てくることを待った。

 どんな鍛冶屋のおじさんが出てくるかしら。

 やっぱりムキムキのおじ様? いやここはあえての美青年!?

 期待いっぱいで待っていれば、重たいドアが軋んだ音を出して開いた。


「こん」

「うっせぇんだよ!!! 誰だ!? 仕事中だ!!!」


 私の挨拶は、怒号に掻き消される。

 至近距離の大声は、ヴァンパイアの聴覚にはダメージ的だったみたいで、キーンと耳が痛んだ。思わずゼイを落として、両手で耳を押さえた。

 目の前に出てきたのは、鋭利な光を放つ剣を持った毛むくじゃらな小男。私より身長が低い。

 ずんぐりむっくりの体型は、筋肉質みたいだけど……あれ、もしかして。

 ドワーフという種族ではないだろうか?


「ドワーフさん、ですか?」

「種族がドワーフなんて、見ればわかるだろうが!!!」


 カッと目をひん剥くほど見開いて、ドワーフさんはまた声を飛ばしてきた。

 うるさっ!! 耳、痛ぁっ!!


「あーすまん! 邪魔して! 実はこの女の子、異世界の子なんだよ」

「転生スライムだぁ!? ……異世界人とは言葉が通じないって聞いたぞ」


 ゼイが下から言ってくれると、ドワーフさんは声量を落としてくれた。


「あー、えっとぉ、この子は特別! ミズナだ。オレはゼイ。幻獣のシーヤと、コウだ」

「ワン!」


 魔物化したことははぐらかしてくれて、ゼイは手短に紹介してくれる。

 ドワーフさんは、幻獣を連れていることに怪訝な顔をした。

 私は耳から手を離して、おずっと頭を下げる。


「……見ての通り、オレは鍛冶屋でドワーフ。フューリオだ」


 肩に剣をトントンと当てながら、ドワーフさんも名乗ってくれた。

 鍛冶屋のドワーフ!

 ドワーフってあれだよね。武器や石工が得意な小人の妖精として描かれることが多い。


「初めまして!」

「……ふん」


 私が手を差し出すと、その手を取り、握手してくれた。

 分厚い手袋だけれど、大きい手だとわかる。職人の手ってやつかな。


「こんな世界になったっていうのに、仕事かい? フューリオさん」

「世の中がどうなったって、オレは鍛冶屋だ」

「「かっこいいっ!」」


 イケメンなドワーフだ! おじ様だけれども!

 イケおじドワーフさんだ!


「で? なんの用なんだ?」

「あっ、ごめんなさい。初めて異世界人と会えると思って、後先考えずノックしてました。お仕事の邪魔をしてすみません」

「なんだ。初めて会う奴がこんなんで悪かったな」

「いえいえ! 会えて光栄です!」


 卑下することを言うものだから、私は喜んでいると笑顔で伝える。


「ところで……周りに人が住んでいないみたいですが、どうやって知り得た情報ですか? 異世界人と話が通じないって」

「いや、あそこに精霊樹があるだろう? わかるか? 精霊樹」

「はい」


 手袋をした手で、指を差すのは、精霊樹。


「あの向こうに小さな街がある」

「街ですか!」

「ああ、そこで弟子が仕入れた情報だ。異なる世界と交わってしまったんだろう?」


 毛むくじゃらな髭を撫でながら、フューリオさんは確認する。


「そうなんだ。あっちの方は、もうミズナの世界の街だったぞ。建物がぎっしり並んでた。あとビルとかいう建物が高くてな!」

「ちらっと望遠鏡で見た。気になるが、物騒なんだろう? 魔物があちこち暴れて、死者が多いとか」

「あ、そうだな。結構死者が出てる……」


 ちらりとゼイが、私を見上げた気がした。

 そんなゼイを拾い、また抱える。


「お仕事中、申し訳ないのですが……お邪魔してもいいでしょうか?」

「……ちょうど休憩するつもりだったんだ。入れ」

「ありがとうございます!」


 私達は、鍛冶屋フェーリオさんの家に入れてもらえた。

 中に入れば、工房が真っ先に目に入る。立派な金床。

 かまどって言うんだっけ? 赤く光っていて、まだ熱そう。

 フューリオさんは、隣の部屋に移動した。

 どうやら、こっちが生活スペースのようだ。

 二段ベッドがあって、キッチンとダイニングテーブル。さらに奥のドアの向こうには、浴室かトイレがあるのだろうか。薄オレンジを基調とした煉瓦のキッチンが、可愛らしい。


「素敵な家ですね」

「そっちの方が、文化が進んでいるようだが?」

「多分そうですけど、私はこんな家が好きですよ」

「特別なものはないがな」


 ふん、と鼻を鳴らしながら、フューリオさんは椅子に座っていいと言ってくれた。お言葉に甘えて、一つの椅子に腰を下ろす。


「お弟子さんも、ドワーフなんですか?」

「いや、エルフだ」

「エルフ!? 女の子ですか!?」

「なんでエルフの女の子だと思うんだよ……」


 食い付いた私に、呆れ顔をするフューリオさん。

 美少女、見てみたいじゃん。私もなかなかの美少女になっているけれども。

 エルフイコール美人のイメージが強いから、楽しみだ。


「お弟子さんは、いずこに?」

「街で食事を買うついでに情報収集を頼んだ。お客が来ているとわかっていれば用意させたんだがな」

「お構いなく。突然のお邪魔を許してくれて、ありがとうございます」


 どうやら何も食べる物がないらしく、少し冷蔵庫らしき部屋を開けて覗いたフューリオさんは肩を竦めた。


「というか……」


 間を置いて、フューリオさんは言う。


「お前さん、ヴァンパイアだろ?」


 言い当てられた私は、笑みのまま固まった。



 

20200321

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