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二十九話 『落ち込む夜に』

 ――とある夜。


 月明かりが窓から差し込む領主の寝室で、タレムは紅い長髪の少女から、とある収支報告書を受け取っていた。

 

「うわぁ……っ。流石は、グレイシス家の御令嬢。こんな所まで真っ赤だね」


 報告書を閲覧したタレムにそう言われ、


「うぅ……っ」


 と、返す言葉も出ずに呻いたマリカは、


「申し訳ございません。タレム様にとんだご迷惑を……」

「……いや、冗談だよ?」


 暗がりでも分かる程、顔を青くして謝っている。

 ……何がマリカの顔を曇らせているのかと言うと。


 マリカが始めた教会のお仕事。

 その収支が、この一ヶ月で笑い話になるほど、赤字になってしまったのだ。

 ……教会の維持費、疫病で親を亡くした子供達への救済、その他諸々と、積み重なれば当然の結果である。


「……」


 もちろん、そんな負債を修道女のマリカに賄える訳も無い。

 かといって厳しい兄の情けを求めても、「自業自得だな」と、言われるだけであった……。

 結局、こうして、タレムに頼るしかなくなってしまったのである。

 しかし、花嫁修行で、タレムのお世話をしようとしているマリカには、コレが苦肉の策であることは言うまでもない。

 

「気にしなくて良いんだよ? マリカちゃんの為になら、失くなるまで使ったって構わないって、言ったでしょ?」

「……」

「むしろ、これ、本当の夫婦みたいで、嬉しいな。どう? 結婚しちゃう?」

「……」


 兄と違い、マリカに甘いタレムが、優しくそう言うのだが……

 

「申し訳ございません……っ」

「……」


 誰よりも、マリカ自身が一番、マリカを許すことができなかった。

 ……口端を噛みきって、血を滴らせながら恥辱を耐える。


(わたしが……タレム様に迷惑をかけるなんて……っ)


「マリカちゃん」


(修道女になって、みんなから褒められて、タレム様からも褒められて。家事もできる様になって来て……わたしは、なんでも出来ると思っていたのに……)


「マリカちゃん?」


(タレム様は村人に認められた。兄様は騎士団を率いている。リン様も帝の指令をこなしている。みんな、みんな、自分で自分のことをやっているのに……わたしは。……わたしがッ! この村で、この生活で、この修業で、一番の足手まといだ)


「マリカちゃんッ!」


 ――ガサッ!

 明らかに様子のおかしいマリカの肩をタレムが掴んだ。


「――ッ! な、何でしょうか?」

「……大丈夫? 何度も呼んでたんだけど」


 それで強制的にマリカの思考を引き上げたタレムは、


「マリカちゃん……俺には君が何に落ち込む必要があるのか解らないよ?」

「……え?」


 右手の親指で、マリカの唇に滴る血を拭って、サラサラな紅い頭を優しく撫でた。


「元々、俺は、君にゆっくりして欲しくて……自由にしてほしくて、ここに連れてきたんだよ?」


 ……そう。

 そもそもの話、タレムは、マリカが馬小屋生活で寒そうにしていたから、その身を慮って引っ越しを考えた。


「それなのに、村の庇護を、教会や修道院の仕事を、俺を含め、みんなの私生活のお世話まで、全部、マリカちゃんがやっている」

「それは、花嫁、……修行として、修道女として、当然の事」


 ……マリカが暮らしやすく成る様にと。

 この、新生活は始まったのだ。


「当然の事じゃないよ」


 だが、蓋を開けて見れば、ロック村に来てから、マリカは身体を休めるどころか、更に忙しくなっていた。

 タレムも、それに甘え、全てをマリカに任せていた。


「グレイシス家はどうか知らないけれど、俺はマリカちゃんに感謝している。凄いと尊敬しているよ」

「……っ」


 これだけ事を出来る十五歳の少女は、タレムの知る限り、マリカだけである。

 

「マリカちゃんが居なかったら、俺も、イグアスも、ござるも、村の皆も、こんなに気持ち良く、生活なんか出来ないよ」

「タレム様……っ」


 ――何故か、タレムにそういわれると、マリカは肩の力が抜け、心の内から喜びがあふれて来る。

 ……今までの苦労が、この言葉だけで全て報われた様な気になれた。

 いや、マリカは報われたのだ。


「うぅっ……タレム様っ。タレム様ぁぁっ。うぅ……ぅっ。タレム様が……そう言って頂けるだけで……わたしは嬉しくなってしまいます」

「……フッ。マリカちゃんがそんなに喜んでくれるなら、言って良かった」


 溢れ出す熱い涙がその証拠だ。


「でも。だからこそ、マリカちゃん」

「……」

「俺の前では力を抜いていいんだよ? 頼っていいんだよ?」


 タレムの右手が、髪を撫でる。

 撫でる。

 撫でる。

 ……その感触が、心を癒す。


「だって、俺は、君の花婿様。なんだからさ」

「――っ。タレム様!」


 ――ぎゅぅっ。


 マリカは思わず、タレムに抱き着いていた。

 ガタイの良い胴体に腕を回し、厚い筋肉の胸に顔を埋める。

 タレムの身体は柔らかい訳では無いが、マリカより強靱な身体に抱かれていると、強い安心感を覚えるのだ。


(タレム様。タレム様。タレム様。タレム様。タレム様。タレム様。タレム様。タレム様……)


 ……好き。なんて、低俗な気持ちではない。

 ただ、マリカの心が脈動し、身体が勝手に求めるのだ。

 

 ――安らぎを。


 強く。強く。抱き着いてくるマリカを、今だけは、煩悩失く受け止めて、


「そうそう、君は幼妻なんだから、完璧なんて求めなくて良い。俺にお世話なんかしなくていい」


 両腕で、包む様に抱きしめ、その頭と背中を撫でるのであった。

 そうして、


「……(タレム様の優しい声質。匂い。体温。背中を撫てもらう感触。コレが一番……落ち着きます)」

「もう、添い寝とかもしなくていいよ。眠るときくらいゆっくり休みな。(そうしないと、俺の理性がもたねぇ)」

「……はい」


 ――二人は素直な気持ちで同時につぶやいた。


「さあ。今夜から、自分の部屋でゆっくりと、眠るんだよ?」

「では、今夜から、タレム様の腕に抱かれて、眠りますね?」

「あん?」


 ……今、何かがおかしかった。

 と、首を傾げるタレムに、マリカは「ふふ」と微笑んで、


 ――ぎゅぅぅっ。


 と、タレムの胴体を抱きしめ、全身でしがみつく。

 もうけして、離れないと言うように……


「ちょっ。マリカちゃん!? 俺の言った言葉、聞いてた?」

「はい。だから、今夜からは、必ず、タレム様に添い寝してもらいますので」

「……マジで?」

「ふふ、ですが、恥ずかしいので、殿方から誘ってくださいまし。タレム様が言い出したのでございますから……毎晩。気が乗らないときは断りますので」

「……マジか。っていうか、さりげなく酷い!!」

「嫌でございますか?」

「嫌じゃないけれど……」


 ……結局、何も変わって無い気がする。と、思うタレムであった。(続……くかな?)

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