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二十六話 『祓われた闇』

 結論から言って、ノーマが患った《とろとろ病》はマリカによって治癒することが可能であった。

 ノーマの容態も、三日、経った今は、もう落ち着いて、健やかに眠っている。

 そんな様子を、看病がてらに見守るタレムの腕の中では、魔法を酷使し過ぎたマリカも、安らかに眠っていた。

 ……ノーマが峠を越えるのを見届けてから、倒れるようにもたれ掛かって来たのだ。


「マリカちゃん。可愛いなぁ……」

「……」

「そにしても、全く。危機感の無い女の子だよ。こんな姿、簡単に見せちゃうなんてさ」

「むにゃむにゃ……(タレム様の香り……落ち着きます)」


 勿論、いくら疲れていたとはいえ、眠り姿を晒すのは信頼と安心あるから出来ること。 

 タレムに寄り掛かったということは、タレムなら大丈夫だと信じているのであろう。

 そんなことを分かっているタレムは、無垢な表情で眠るマリカの肩をそっと抱き寄せて、


「大丈夫。君は俺が守るから……絶対。幸福(しあわせ)にするから……結婚してよ」

「……わたしだけを愛してくれないとダメなのでございます。本当はわたしだって、タレム様と結ばれたい……」

「え?」

「むにゃむにゃ」

「……ね、寝言か。びっくりした」


 ……自分と違うマリカの体温が熱いくらいに暖かい。


「本当にさ。俺は此処に来てから、また一段と君が好きになったよ。こうやって他人の為に倒れるまで頑張れる所も、ちょっと性格がめんどくさい所も……ね」

 

 頭のてっぺんから、足のつま先まで、欠点も含めてマリカの全てが愛おしい。

 タレムの胸から熱い感情がこみあがる。


「可愛いよ。マリカちゃん」

「……」


 そんなタレムの囁き声に、マリカは眠ったまま、くすぐったそうに耳を擦り、タレムの服をぎゅぅっと掴むのだった。

 マリカが好きなタレムにとって、今は天国の様な時間。


「領主……さま? はっ! わたしッ!!」


 されど、楽しい時間程、早く過ぎる。

 気付けば、かなりの時が流れ、暗かったはずの空にさんさんとかがやく太陽が昇っていた。

 更に、一難去ったノーマが目を覚ましている。


「寝てていよ。ココは寝室だから、寝ないとベッドが役立ずになる。それに……ほら、俺のお嫁さん(候補)が寝てるんだ」

「あぅ……はぁぅっ! わたし……あれ? 生きてる?」


 貴族を見て、飛び上がり、本能的に平伏しようとするノーマは、タレムに止められてから、ようやく自分の身体が楽になっていることに気付く。

 

「まだ、皮膚は再生して無いけれど、そのうち元通りになるってさ」

「はぅ……っ」


 言われ、身体中に白い包帯が巻いてあったことにも、今更が気が回ったようだった。


「治って……え? 包帯っ! こんなに沢山っ! ……お金っ!! ごめんなさい。ごめんなさい。わたし、あんまり持って――」

「――まさか、覚えてないの? 俺が助けるって言ったんだ。お金なんか取らないよ」

「……っ?」


 そう言って、まだまだ状況を掴めず、動転しているノーマに、タレムは微笑んだ。

 その無駄に媚びていない笑みは、ノーマにどう映ったのか?

 少なくとも、貴族が平民女性に向ける下卑た気色は感じなかっただろう。

 

「その代わり、必ず助かってもらう。完全に良くなるまで、君は屋敷の客人だ。勝手に出ていったらダメだからね?」

「……っ」

「――さて。大丈夫そうだね。今は、何も考えず、ゆっくりと身体を休めるんだよ?」


 と、言い捨てて、立ち上がり、必要以上にマリカを抱き締めながら、背を向けた。


(さーて。久々のサービスタイムだぜ。げへへっ。……マリカちゃん、寝てるけど)


 そんなタイムの背中を見ると、混乱の極みにあったノーマの心は何故か和らいだ。

 ……その腕に抱かれ、誰から見ても暖かい視線と愛情の全てを注がれる紅い瞳の修道女が少しだけ羨ましい。


(私……本当に、助かったんだ。領主様。助けてくれたんだ!)


 そして、生きている事を改めて感じ、喜びが胸に沸き上がった。

 しかし……


(私……だけ?)


 今もなお、とろとろ病に犯され、隔離され、苦しむ人間は他にもいる。

 ……それなのに、自分だけ、助かって良いのだろうか?


 元々が小さな村だ、病人の中には、ノーマの良く知る人物もいた。親しい友人も……。

 そんな皆が、皆の為に、死を受け入れ、隔離されていったのだ。

 助かったのは、恐くて逃げ出した。ノーマだけ。……そんなの、


「領主様っ!」

「ん?」


 許されるわけがなかった。

 何より、このままでは、自分で、自分が許せなくなる。と、厚かましいとわかっていながら、ノーマは斬り捨てられる覚悟で口を開いていた。


「皆が……っ! 皆も……っ! ……だから! 皆を……っ!」

「皆? ああ……っ!」


 言いたいことが逸りすぎて、要領を得ないノーマの言葉。

 だが、それだけで察したタレムは、振り返えると、


「君の他に隔離されていた病人も、皆。生きていた人は、この屋敷に受け入れているよ? ……扱いは違うけど」


 ……そういったのであった。

 直後。


「「「ノーマちゃんっ!」」」

「――っ!」


 部屋に、ノーマの友人達が駆け込んできた。

 皆、ノーマよりも先に隔離されていた者達だ。

 その、全員を、マリカは治療し、タレムが屋敷に匿ったのである。


「コラッ! 勝手に二階に上がってくんな。お前らは、ただの居候なんだぞ」


 勿論、タレムが名前まで出して救うと決めた客人扱いのノーマとは違い、受け入れた病人達は一階の大広間で百人程を纏めて雑魚寝をさせている。

 まだ、床に伏せるものも居るがそれはタレムには関係ないことだ。

 タレムが救うと言ったのは、ノーマだけなのだから……

 

「ほら、出てけ。ココは、俺の客人格しか来ちゃいけない場所だ」

「「「はーい」」」

「軽いな」


 元気になった者から追い出していくつもりだったが、グレイシス家の翻意で身寄りのなくなってしまった十二歳以下に限り、暫くは屋敷で面倒を見ることになったのだ。

 ……いずれは、新設する教会の修道院に移り、独り立ち出来るようになるまで、この村の修道女。つまりマリカが面倒を見るのであろう。

 

 タレムのそんな行為は、貴族が平民にする対応としては、甘やかし過ぎて社会基盤が歪むと、他の貴族に怒られるほどだ。

 とにかく、タレムは、ロック村に暗澹と垂れていた闇を打ち払ったのである。

 

「……領主様っ! ありがとう……ございます」


 ノーマの胸の内に満ち充ちる熱い気持ち。

 それが涙となり、言葉となって、自然と外に出てしまう。


「ん? あいつらの分の感謝なら、マリカちゃんとイグアスに言うんだね。どうしても、助けたいって。俺に懇願してきたんだ」


 そんな感謝の言葉にタレムは、筋違いだと言いながら、マリカの紅い髪を弄んでいたからか、


「いえ。タレム様の御心を動かした、勇気溢れる貴女自身の行動に、でございます」


 紅い瞳を開いたマリカがそう訂正。


「マリカちゃん……ごめん。起こしちゃった? 鬱陶しかったかな」

「はい。とても。メスの香りが致しましたので」

「めす?」

 

 答えず。

 タレムに抱き上げられている状況を確認し、髪を撫でる手をそっと掴んでニコリと微笑んだ。

 そして、視線を、ノーマに向ける。


「メス……。貴女が皆様を救ったのでございます。わたしも兄様も、タレム様が認めた貴女だから動いたのでございます。誇ってください。タレム様に選ばれた幸運を」

「……ぁぅ」


 どこもかしこも神秘的なマリカに言われると、ノーマは、また違った熱い感情がこみあがり、涙が溢れた。


「マリカちゃん。そんなに俺を、よいしょ、しないでよ」

「ふふ。こんな時くらい良いではございませんか! 他に持ち上げるべき美点も、ないのでございますから」

「それ、俺のこと馬鹿にしてるからね」

「ふふ」

「微笑やめて!! 否定して!」


 ノーマを救った銀髪の少年は、ノーマを見ずに去っていく。

 紅い瞳の少女だけで、彼の世界は完結しているのだ。


「まあ、良いや。とりあえず、一休みしようか」

「ふふっ。では、また、ガス抜きを致しますね」

「それは辞めて」

「ふふふ、では、添い寝だけに致しましょう」

「……結婚は?」

「それはイヤ!」

「ぐふぅ」

『……』


 そんな背中に声をかける事もできず、ノーマはもどかしい気持ちで見送るのであった。

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