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二十五話 『希う(こいねがう)って読みます』

 ――バンッ!


 ノーマは、血まみれの身体で倒れながらもタレムの屋敷になだれ込んだ。


「「「――っ!」」」


 そんなノーマに、居間で団欒を楽しんでいた貴族、四人の視線が注がれる。 

 

「あ……ぅッ!」


 何を求めて此処に来たのか? そんな答もまだノーマには分からない。

 しかし、敷居を跨いだその中は、ノーマが見たこともない別世界が広がっていた。


 平民が一生触れることがないであろう豪勢な内装。

 屋敷中を暖かく満たしている大きな暖炉。

 当たり前の様にテーブルに盛られている豪華な料理。

 絹で仕立てられたきらびやかな衣装。

 何より、幸福そうな人間関係。


「……ぃっ!」


 ノーマは一瞬で理解する。


 ……ココは、ぼろ雑巾の様な服を来た人間が、来て良いような場所ではなかったのだ。

 平民と貴族では世界が違う。


 綺麗に掃除が行き届く床を、下賎な自分の血で汚してしまうことすら畏れ多い程だ。


(私は……何をしに来たんだろう? この人達に何を求めていたんだろう)


 ……村長が言っていたではないか。

 誰が、皮膚が溶け、肉が腐り、血が吹き出している人間を救うのか? 

 間違いなく、此処にいる人間が、ノーマを救うことは無いだろう。

 

「……」

 

 それを証明するように……銀髪の領主は微動だにせず、冷たい視線をただノーマに向けるだけであった。

 聖女と呼ばれる修道女も、英雄と呼ばれる騎士も、タレムを見るだけで動かない。

 鬼の仮面の少女に至っては、ノーマを一瞥もすることなく、テーブルに盛られた料理を頬張っている。


(今の今まで、何に希望を持っていたんだろう?)


「ノーマッ!」

「――ッ!」


 そんな風に落胆した、ノーマの後ろから、村長達が、引っ捕らえろ! と、迫ってくる。

 ……前にも後ろにも、ノーマの逃げ場は、何処にも無い。


(――それでもっ!)


 ノーマは……


「りょ……しゅ……ま。た……け……てっ。……しに……たく……な……い」


 ベトリと、血まみれの身体をはいずって、最後の力を振り絞って、タレムに腕を伸ばしたのだった。

 ……何故、そうしたかはノーマにすら、分からない。


 瞬間。

 ――ピクリ。と、リンが反応し、タレムの膝の上から飛び上がると、


「食事の邪魔っす。不当侵入者は、丁重にお帰りいただくでござるよ。《風遁の術》」


 そう言って、忍法で生み出した突風(トルネード)で吹き飛ばす。


「ひぃ……っ! ぁっ……れ?」


 ……ノーマを、ではなく。その後ろの村長達を。


「「「なんでぇええええ!?」」」


 蹴散らされた村長、村民達の当然といえば当然の疑問。

 その目の前で、


 ――ぎゅっ。


「……ぃっ」


 タレムが血まみれのノーマの伸ばした腕をしっかり掴み、身体を優しく抱き上げていた。

 ……綺麗な服が血で汚れてしまう。正体不明の病気が移ってしまう可能性だってある。

 そんなもの、全く知識が無い、タレムの方が恐い。


「りょ……しゅ……さま……っ。ふく……が――」

「――汚くない。君の命の欠片だよ」


 されど、タレムは、わざわざ。

 村人達に見せるように、ノーマの茶髪を優しい手つきで撫でると、


「君は、俺の可愛い領民だ。もう、大丈夫だよ。ロック村領主。タレム・アルタイルの名において、全力で君を救おう」


 そう、宣言したのである。

 この時点で、ノーマはタレムの庇護を受け、村人達は一切、手を出すことは許されない。

 同時に、


「タレム様。その様子。一刻を争います。早くこちらへ。兄様。お湯を沸かして来てくださいまし。ありったけ」

「おう。人命が関わってるなら、湯沸かし器にでもなってやるさ」

「空気が淀むので、口を開かず手だけを動かしてくださいまし」

「……」


 主が許しを得た、聖女と英雄も動き出す。

 宣言通り、タレムがもつ、全ての力と人脈を費やしてノーマを救うのだ。

 ……それが、貴族の名を使うという事である。

 

「(なんで、私なんかを助けてくれるんだろう?)」


 薄れる視界の中で、自分を抱き上げているタレムをぼんやりと眺めながらノーマは思う。

 それに、


「貴女が生きることを望んだからでございます」

「――ッ!」

「どうか、生を諦めないでくださいませ。それが貴女の命を救います」


 天使の如く美しい容姿の修道女が、真っ白なレースの服を、ノーマの血で汚しながら答えたのだった。

 その紅い瞳は、万物を見通しているかの如く、神々しい。


「タレム様の救いに、地位も名誉も立場も関係ありません。生きたいと希う者あらば、誰であろうと救う。そういうお方なのでございます。けして勘違い、なさらぬ様に……。貴女だけが特別なのではございませんので」

「……」


 出来れば、お昼に来て欲しかった所でございますが、とマリカは言いながら微笑んで、癒しの魔法、《聖火》の白い炎でノーマの身体を包み込んだ。

 ……地獄の苦痛が和らぎ、意識が遠ざかる。

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