二十四話 『ロック村の闇雲』
明けましておめでとうございます。今年も頑張りますっ!
新しい領主、タレム・アルタイルが赴任して一週間程。
その間、タレムは様々な場所でマリカを口説こうとしながら、騎士団の募集や、教会・屋敷の改装、時には村人を手伝う為に、畑にさえ入りながらロック村生活を満喫していた。
それでも尚、マリカは当然、領主のタレムと村民達との間には埋まらない溝があり、シャルルとの約束である騎士団も中々、結成出来ずにいた……。
しかし、変化もあった。
それは、ロック村で大流行していた、とある疫病が、タレムが来てから収束してきたことだ。
何処かどんよりとしていた村の空気が晴れ、活気が戻りつつある。
そして、修道女マリカ・グレイシスの加護である。と、村人達はマリカを偉く敬拝し始めていた。
そんな噂が信者を増やし、マリカの教会に通う村人達は日に日に増している。
都合の良いことにマリカには、魔を払い、心身を癒すという魔法もあった。
しかも、性格上それを惜しみなく、困っている人間に使うため、今では《聖女様》なんて名前で呼ばれる始末だ。
村にかつて無いほどの希望の光が溢れていた。
タレムの人格も、普通の貴族とはちがうと村人達に広まり、このままなら、いずれ村に馴染む事ができるであろう。
されど、そんな中でも、悲劇は起こる。
始まりはいつも唐突で、理不尽で、小さい個人には、あらがう事を許さない。
それは、とある農婦が一日の畑仕事を終え、自宅に戻ったとき起こった事である。
泥で汚れた身体を、水で洗った腕の皮膚が、
――ドロリ。
と、溶けたのである。
「あぅっ!?」
皮膚の下の肉もぐじゅぐじゅに荒れており、朱い血液がみるみる染みて溢れて来る。
「ひぃぃぃっ!」
瞬間、茶髪の農婦、ノーマは悟り、表情を悲壮感でうめつくした。
なぜなら、その症状は、
……少し前まで、大流行していた疫病と酷似した物であったからだ。
「あぅ……ぅ。やっぱり……私は」
ロック村では、その、正体不明で、原因不明な疫病を、身体がとろとろに溶けてしまう様から取って《とろとろ病》と呼ばれていた。
ノーマにとっての問題は、『《とろとろ病》を患った人間は、他の者に病が感染しないように、一カ所に隔離して療養する』と、いう所である。
……療養といっても、その実はただの死体安置所であり、その場所に隔離されれば最後、生きて戻ることは有り得ない。
「あの時……聖女様は気付いて……っ」
ノーマは、タレムに呼ばれ、屋敷に赴いた際、マリカに見透かされた顔で『貴女は穢れております』と言われた事を思い出す。
到着して一日目で《とろとろ病》の流行を知っている筈の無い、マリカの朱い瞳を見て「この人は本物だ」と本能が警鐘を鳴らしていた。
……いずれ、自分は《とろとろ病》を患うだろう。いや、あの時から既に潜伏していたのだ。
恐くて認められずにいたが、その兆候はノーマも感じていた。
「……わたしも、死ぬの?」
ノーマは、幼くして両親を亡くし、天涯孤独の身になっている。
誰か頼れる人も居なく、同い年の子供達がきゃっきゃっウフフと遊ぶなか、ノーマだけは畑仕事に精を出してきた。
今まで精一杯、生きて来たのだ。
……その報いがコレだと思うと、病を患った事、以上に悲しくなる。
そんなふうに皮膚が溶けた場所が、ずきずき痛み、深い愁嘆の涙にくれていると、
――コンコン。
玄関の扉が叩かれた。
「ノーマ。ワシじゃ」
「――っ。村長さん!? ……な、なんですか?」
飛び跳ねる心臓を抑え、傷口を強引に布で覆い隠し、扉を開け、村長と対面する。
村長の後ろには、何人もの村人もいた。
そうして、
「……わかっておろう?」
「……っ」
村長は悟りきった顔でそう言うと、ノーマの布で覆われた腕に視線を向けた。
ギクリと、息を飲むノーマに村長は、
「ワシが、どれだけの患者を見てきたと思っておる。隠しても無駄じゃぞ? 随分と前から気付いておったのじゃからな……もう、限界だろうに」
悲しそうな顔でそう呟くと、残酷な真実をたたき付けるべくノーマに鏡を見せた。
「顔も、とけておるぞ?」
「あう……ッ!」
……そこに移る自分の顔はもう、人間のものではなかった。
皮膚がとけ、肉が腐り、血が滴っている。
……恐ろしく醜い自分の姿。
それはもう、怪物のようであった。
「末期症状じゃな。聖女殿の加護あれば、と、様子を見ておったが、最早、助からん」
「……イッ!」
「村の掟は分かっておるな? 付いて来て貰うぞ」
厚手の手袋とマスクを被った村長の手がノーマの腕を掴んだ。
……コレで、ノーマは、隔離され、治療もロクにされることなく死ぬのである。
「村の為じゃ」
「はぅ……」
今まで、ノーマを育んだ村のため。と、言われては、ノーマはこれ以上、隠し逃げることも出来なかった。
(村の為……皆に迷惑になっちゃうなら!)
死を覚悟をしたノーマの腕を、村長が引っ張った時。
――びりんっ。
激痛が、ノーマを襲った。
肉が露出しているのだから当然だ。
……だが、痛いということこそが、人間に取っては生きたいという渇望を与えるのでもある。
「ひぃ! いやぁぁ!」
「なにっ!? まて! まつのじゃ!! ええいっ! おまえ達! 捕まえろ!」
「「「おおお――っ!」」」
同時に、ノーマは村長の腕を払って、靴も履かずに逃げ出した。
走る。
走る。
走る。
夜のトバリの中を、赤い足跡を残しながら、必至に駆ける。
……どこに?
(どうしよう。どうしよう。どうしよう。何してるんだろう? なんで? 逃げてるんだろう? どこに行こうとしてるんだろう?)
逃げ場がどこに有るのか? 何が正解なのか? ノーマにすら、分からなかったが……
「はぅ……ココは……ココは……っ!」
気づいた時には何故か、領主邸。タレムの屋敷の前に居た。
「ノーマッ!」
「――っ!」
「何をしておるのじゃ! 領主様にご迷惑をかければ、責任はお前だけではないのじゃぞ!」
ノーマの足跡を辿って追いついた村長達に囲まれる。
……明日は我が身、村長達も必死なのだ。
「いやぁ……ッ! いやぁ……ッ!」
「第一、そんな姿のお前を誰が助けるというのじゃ! ならん。ならんぞ! 領主様に迷惑をかけては!」
「……ッ!」
そんな村長の説得も虚しく、ノーマは屋敷の敷地内に足を踏み入れた。
貴族、それも領主の敷地に不法侵入である。
この瞬間、不敬罪が確定し、その場で切り殺されても文句は言えなくなったのだ。
……タレムに呼ばれたこの前とは違うのである。(続く)




