十三話 『いま、花嫁にしたいのは君だけさ』
「ムキィィィィッ! 雌犬に天罰をっ! 天罰ぅうう!! てんばつぅうううううううっ!」
……とりあえず。
タレムは魔法で時間を止めて、狂った様に塩を撒き続けるマリカを後ろから羽交い締め。
そこで一度、
「マリカちゃん。ちょっとごめんね」
「はぅ? タレ――」
ひと声だけかけてからもう一度、時間停止。
止まった時間の中で椅子まで戻り、マリカを膝に載せてしっかりと固定してから、時間を戻す。
「――厶様? ……っ! あぅ? あれ? あれ? わたし? なんで? あれ? ……ん? タレム様。タレム様の上♪」
マリカからしてみたら、いきなりタレムの膝に乗っていた、という感覚なため、少し困惑して首を捻っていたが……
すぐに、マリカは落ち着いてタレムの胸に寄り掛かった。
……マリカにとってタレムの膝の上はどんな状況でも落ち着ける場所なのである。
「ところで、今、雌犬がおりませんでしたか?」
「そのことなんだけど。マリカちゃん。怒らないで聞いてね?」
タレムはマリカの顔に掛かった赤髪を払いながら舌を動かした。
……少しだけ、リンのことをマリカに説明するのは緊張する。
今は時期が悪い。
「ふふ、わたし、タレム様の事なら、すべて受け入れておりますよ?」
そんな心の揺らぎを見抜いた様にマリカが微笑んで、髪を払ったタレムの指を掴むと、
――ぬるりっ。
口で加え、舌を絡めて舐めたのである。
ねちょねちょと執拗に唾液を絡めていく……
「ふふふ、知っておりますよ? タレム様はこういう事がお好きでございますよね?」
「うん。大好きだけど……」
「ならば、心行くまで、ご堪能してくださいまし」
……言葉通り、タレムのすべてを受け入れていると言いたいように。
「ま、マリカちゃん。そんな。まだ、洗ってないし汚いよ?」
「ふふふっ。もうタレム様ったら。タレム様に汚い所なんてございませんよ?」
「……っ!」
「もし、 あったとしても、わたしがこうして全て、浄化致しますので。御安心くださいませ」
――ぞくっ。
柔らかく微笑みながらそう言って、タレムの人差し指を大事そうにペロペロと舌を絡める修道服の少女。
聖画から出てきたと言われてもおかしくないマリカの容姿も合いまって、その様は酷く扇状的であった。
……本当に何をしても良いならこのまま清楚と純真無垢の象徴である彼女を――。
と、思ってしまう程、タレムはマリカに魅了されてしまった。
「マリカちゃん……」
――ヌチャリ。
「はい……」
マリカの口から、唾液が糸を引く指を抜いて、代わりに唇を近付ける。
タレムは今なら、アイリスに与えられたトラウマを乗り越えてキスができる気がしたのだ。
「コホンッ! おい。悪いがな、肉親のそういうところは見たくない。後でやれ」
「「――っ!」」
が、そこで、イグアス。
それで、周りにリンとイグアスが居ることをタレムとマリカは思い出した。
慌てて、マリカの身体を反転させ、イグアスの隣に立っている鬼の仮面を装置したリンと相対させる。
その瞬間、再びマリカが黒っぽいオーラを出して、懐から塩を取りだそうとするが、それは、タレムが腕をしっかりと固定して押さえてしまう。
……また、マリカが暴れ出したら振り出しだ。
「マリカちゃん。あの子はシャルの近衛騎士で、将来俺のハーレムに入れる予定なんだ」
「え……タレム様の花嫁候補? もしかして……タレム様は、あの子鬼と結婚なさる、お積りですか?」
低い声で呟くと塩袋を落としたマリカがくるりと反転し、再びタレムの胸に寄りかかり抱き着いた。
「そんなのダメでございます! この前、わたしに告白したばかりでは、ございませんか!」
「いや、それは――」
「ダメっ! ダメっ! ダメっ! 嫌ぁ!! タレム様ッ! わたしを、わたしをッ! 捨てないでくださいまし! 嫌いならないでくださいまし! 勝手にくら替えして結婚しないでくださいましッッ!」
「……」
――ぎゅう。
狙ってはいないのだろうが、マリカの身体が動く度にタレムの身体にくっつきタレムを幸せにする。
かつて、まるっとしていた分、マリカの肉体は肉付きがよく、あらゆる部位がむちむちしていて柔らかい。
アイリスの様な引き締まったスレンダーな肉体も魅力的だが、やはり女子らしい柔らかく肉付きは病み付きになってしまう。
その依存性は、タレムが意味もなくマリカをギュッと抱き返してしまうほどだ。
「タレム様。結婚しないで……。タレム様が結婚してしまったら、(わたしきっと……他の人と……そんなの嫌だよぉ)」
ぶつぶつと呟きながら、肩を震わせて涙を流す。
タレムは、そんなマリカをムチッと抱き締めながら言う。
「よくわからないけど、大丈夫だよ? マリカちゃん。俺はまだ、君を第一婦人することを諦めたりしてないから、俺が今、花嫁にしたいのは君だけさ」
「……まだ?」
「あ、いや。……まぁ」
……時間制限はある。
いくらマリカを嫁にしたくても今年一杯が限度であろう。
来年四月までにはシャルルとの約束通り、嫁を貰って、子を身篭ってもらう必要があるのだ。
そうしなければ、タレムのハーレムという夢は叶わなくなる。
そして、もしそうなった場合、誰にも言っていないが、タレムは夢を諦めると決めていた。
もちろん、夢を諦めてマリカだけと結婚する積もりもない。それはタレムの意地が許さないからだ。
つまり、タレムは今年までにマリカと結婚できなければ、誰とも結婚しなくなると、言うことである。
だが、それをマリカに言うのは狡い。
全て、タレムの一方的な事情でしかないからだ。
「マリカちゃんは気にしなくて良いよ。俺は、マリカちゃんしか、第一婦人にする積もりはないからさ」
「……」
マリカは、そんな言葉を無言で聞きながら、タレムの表情をじっと見つめていた。
「マリカちゃんと無理くり結婚したりもしないから、マリカちゃんが俺と結婚しても良いって、心から思うまで俺は君を待つよ」
「……はい」
ぎゅっとタレムの袖を掴んで囁いたマリカは、心の奥でチクリと痛みを感じるのであった。




