十二話 『メス犬ゥゥゥゥゥ』
村長との会談は、リンによって上手く事が進められた。
当然それは、ロック村にとって、という意味であり、タレムが、一方的に搾取するような物ではない。
領地の住民をただ快楽的に凌辱するような経営が、長い目で見て良くない事は、既に二十万人規模の領地を持つリンは良く知っていたのだ。
会談を終え、村長が帰った後、タレムとリンは、二人きりとなった。
各階層に人が百人は入れる広い屋敷だが、村長と会談を行った時のまま、二人は密着していた。
……人間、広すぎると逆に狭い場所が恋しくなるのである。
イグアスとマリカも帰ってくる気配がない。
――ギュッ。
そんな中、タレムは、膝に載せているリンのお腹を心淋しく抱きしめていた。
「殿……拙者。殿の愛玩人形じゃないでござるよ?」
「嫌なら、抜ければ良いじゃん。ござるなら簡単にできるでしょ?」
「さて。何の事か解らないでござるな」
「ござるも大概。ツンデレだなぁ……。ツンデレござる可愛い。首筋、ペロペロしてあげる」
「それはやめるでござる」
「……ペロペロ」
「殿!!」
閑話休題。
「――で。殿……。奴隷の扱いを禁止にして本当に良かったのでござるか?」
「……」
村長との会談の中で、それだけは、タレムが頑なに譲らなかったのだ。
それは、ロック村を発展させていく上で、貴重な労働力を切り捨てたと同じになる。
騎士王を目指すタレムにとって痛手な筈の選択に、リンは強い疑問を持ったのだ。
……何故か?
「別に俺は、奴隷廃絶主義って訳でもないけどさ。ござるが嫌なんでしょ?」
「――っ!」
そんな言葉に目を丸くしたリンが、タレムの顔を見上げたが、タレムは驚くことなく落ち着いて喉を鳴らし続けた。
「将来、俺のハーレムになるござるが、嫌なら、やらないよ」
「殿……」
「あ、ござるもまだ、ハーレムには入ってくれないんだっけ? 別に強制したりはしないから怒らないでね? 今はまだ、俺が勝手に変な事を言ってるだけで、こだわってるだけって思ってて良いから」
タレムの理想のハーレムは、ハーレムメンバー全員がハーレムを心から幸せで落ち着ける場所と思う必要がある。
当然、全員の意見を全て聞くことは出来ないだろうが、聞ける願いと思いは聞いていく。
タレムは、ハーレムを作ると決めた時から決めていたのだ。
「……」
リンはそんなタレムの言葉に隠された真意をしっかりと感じながら、暖炉でぱちぱちと弾ける炎を無言で見つめていた。
暫く、そうして無言だが、心地の好い時間をタレムの膝の上で過ごしたリンが、
「殿」
ぽつりと呟き、鬼仮面を外して、くるんとタレムに向き合った。
大きな黒い瞳と、幼気だが、美人の匂いが香る顔つき。蜂蜜の様な甘い吐息。
それは、タレムの理想のハーレムに相応しく、上級貴族のアイリスや、王族のシャルルに勝とも劣らない美貌である。
「覚えているでござるか? 我が一族の掟」
「……ん?」
つーつーっと、頬をほんのりと赤らめてリンが顔を近づける。
「『女の者、男の者に顔を見せるべからず。もし、直視された暁には、その男の者に嫁入りするべし』」
とてんっ。
そう囁いたリンの額が、タレムの額に優しく当てられた。
既に互いの息が当たるほど顔が近い。
「つまり、拙者の顔をこうして見ている殿は……」
「俺は?」
「殿は――」
――ごくり。
リンは唾を飲み込んで、唇を開く。
その時。
「っむぅ!」
――ガシャン。
居間の先にある玄関の扉が開けられた。
「タレム。戻ったぞ。早速で悪いが少し……」
「タレム様。タレム様! 聞いてくださいまし。この村、教会が無いので……」
――ぴたっ。
「「「……」」」
そして、ようやく戻ってきたマリカとイグアスが、玄関で言葉途中に立ち止まる。
そこから見えるのは、タレムと黒髪の幼女が顔を近付けている後ろ姿。
……誰がどう見ても、タレムとリンがキスをしている様にしか見えなかった。
一瞬の沈黙の後。
「ムキィィィィッ! メス犬ゥゥゥゥゥっっ! 浄化ぁああああ――ッ!」
マリカが狂った様に目を開いて、懐から塩袋を投擲。
「むむッ! 忍法。《移し身の術》!!」
瞬間、鬼仮面を持ったリンがスルッとタレムの腕から抜けて姿を消した。
直後。
――バシャアアアンっっ。
タレムに塩が激中したのだった。
……しょっぱい。




