十一話 『心を許す者と許さない者』
失意のノーマと別れたタレムは、村長と共に屋敷の中に足を踏み入れていた。
一年以上放置されていた為、中は少し埃を被って寂れていたが、それでも思わず息を飲むほどの豪勢な内装だ。
「「「お帰りなさいませ。領主様」」」
「……」
更に、タレムを出迎えるのは平民にしては容姿の整った女達……
「領主殿。内装の手入れもただ今、進めておりますので、どうか御容赦を」
「……それは良いけど。彼女達は?」
「ロック村で容姿の良い女を上から十人揃えました。皆、番いのいない者たちですので、自由にお使いくだされ」
平民は男女関係なく結婚権を持たないため、大金を払わなければ夫婦の契りを結べない。
だから、夫婦ではなく番い。
アルザリア帝国の法で何の縛りも無いため、器量の良い者は貴族の愛妾にされることもあるが、平民にとって番いは、男女の仲を示す唯一の手段なのである。
その番いがいないという女達を集めて、男の領主につける意味。
「自由に……ね」
「はい。自由に、ですぞ。先の農婦よりも数段と上物ですぞ」
一応、聞き返してみたが、村長が下卑た微笑みで返すだけ。
しかし、タレムはそれだけで村長が、どういう人物なのか把握していた。
(まあ、村を仕切る村長なんだから、これくらいの裏賄賂。当然なのか……面倒だなぁ)
実の所タレムは、こういう政治的な事は苦手なのだ。
(だからこそ、政治が上手いイグアスに付いてきて貰ったのになぁ。マリカちゃん……まあ、それを言っても仕方ないけど……)
「とりあえず、全員、帰していいよ」
「はい? 何ですと?」
そんな言葉に村長が、口を開けて素っ頓狂な声を出している。
タレムの言葉の意味が分からなかったのだろう。
だから、
「領主命令だ。全員、帰っていいよ。君達、要らないし」
立ち尽くしていた女達に直接そう命じる。
そもそもの話、ここまで器量の富んだ女性達に、番いがいないという言葉から嘘か本当か怪しいところだが、
「領主殿! 本気に言っているのですかな?」
「うちの連中、こういう事には滅法、厳しくてね。メイドが必要なら、必要な時。俺から改めて募集するよ」
一緒に暮らすグレイシスの血筋が、こんな事を認めない。
タレムだって、マリカと結婚前の大事な時期に水を差されたくなかった。
「村長。この屋敷には、俺が指定した人以外、入れさせないで良いから」
「……はぁ。分かりました。お前達」
「「「ハイっ!」」」
タレムの意図を組取った村長が、メイド達に合図を送り外へと出るように促した。
それが幸いと、駆け足で去っていく姿を見るに、タレムの予想は当たっていたのであろう。
安心で、涙を見せる者もいた。
(分かっては居たけど、領主って嫌われるてるな。此処を安住の地にするには、立場より心でロック村の住人に受け入れて貰わないといけないか……)
「なるほど……いやはや、領主様がグレイシス家を従えているのを忘れていましたな」
「いやいや、本当に要らないだけから」
タレムは適当に言い捨てて、居間に入り豪華な上座の椅子に腰掛けた。
貴族の基本的なマナーとして、上座に座れるのは家の主のみである。
もちろん、長テーブルを挟んで他にも椅子はあるが、平民である村長は腰を掛けてはならない。
タレムも、視線と纏う空気を意識的に張り詰めて、座るな。という意図を伝えている。
「さてと。じゃあ、そろそろ、領主として建設的な話をしようか」
傲慢な態度。
そう言えば確かにそうなのだが、タレムは領主。村長は平民。
友達でもなければ、学友でもない。
一線をきっちりと引いて置かなければ、後々、余計な面倒が起こる可能性が出て来るのだ。
……だからもし、ここで村長がマナーを破る事があれば、タレムは容赦をするつもりはなかったが、
「はい……そうですな」
「……」
村長も弁えて一線を守った。
……ひとまず、領主としての風格と一線は守れたと言える。
貴族学院に通っていた経験は伊達ではないのであった。
「で、では。まずは徴税率から取り決めてもよろしいですかな?」
「……」
「領主殿?」
だが、ここからは政治は政治でも内政の話。
ロック村をどう運営するかを村のトップである村長と合議しておくのだ。
領主の仕事の一番重要な仕事である。……と言えるのだが、
(人心系は割とノリでイケたけど、内政系はノリじゃムリだよね……。イグアスもいい加減、戻ってきてくれてもいいのに)
そんな事を思っても、マリカの護衛で村を一周しているイグアスは、そう簡単に戻らなかった。
「――では、このままでよろしいですな?」
そう言われ、村長が見せる書類を確認するが、
……よろしいかどうか、なんて、全然、分からない。
「あ……ああ。まあ、それで良いんじゃ――」
――ないかな?
と、タレムが、言いかけて、思わず村長の表情がにんまりとした時だ。
「殿っ! それ全然っ、良くないでござるよ?」
――ドロン。
唐突に天井から鬼仮面で顔を隠した黒髪少女が舞い降りた。
タレムと村長が挟むテーブルに。
……途端に、お菓子の様な甘い香が居間を満していく。
そんな鬼仮面の少女は、
「うぃーす。殿。久し振りでござる」
「ござる!? なんでいるの? シャルの護衛は? あれ? 忙しかったんじゃなかったけ?」
「まあまあ殿、その辺の話はおいおい。今は、この会談っすよ。拙者に任せて貰っても良いでござるか? それと、村長。拙者は帝国二千騎士長リンでござる。ここからはは拙者が受け持つでござるのでヨロシクッす」
ごみごみ言いながら、テーブルから降りるとタレムの膝の上にお尻を載せた。
もちろん、タレムの屋敷で上座に座れるのはタレムだけ、それを犯すことは二千騎士長という立場であっても許されることではない。
……のだが、タレムは全く気にせず、膝に座ったリンを受け入れて、お腹に手を回し、ギュッと、抱きしめたのだった。
「え? ござるこそ、手伝ってくれていいの? 自分の領地だってあるだろうに」
「ふふふ。我が殿の初領地。水臭い事を言わないで欲しいでござるよ」
「……ふっ。なら、ござるに任せるよ」
「承けたわったでござる」
……まだ、十二歳の少女だが、異性関係には意外とこだわるタレムが、こうして心を許し抱きしめる女の子なのだ。
つまり、リンは、タレムがハーレムに入れようとしている女の子の一人なのである。




