二話 『端的に言って忘れていたという話』
翌。早朝……タレムは、馬小屋近くにある朝霧の発生する泉に赴いていた。
そこで何時も金髪碧眼の髪と瞳を持つショートウェーブの少女で王女な恋する彼女、シャルル・アルザリア・シャルロットと逢瀬の時を過ごしているのである。
「ふむ。マリカにフラれてしまったのだな……。これはちと、手強いかも知れん」
「いや、それはまぁ。良いんだよ。マリカちゃんの事は、ゆっくりと口説いて行くから」
そんなシャルルとのお約束、一日一回の抱擁と接吻を済ませながら、金と銀の二人は昨日の事を語り合う。
「……ん? ゆっくり。でよいのか? 折角、結婚出来る様になったのだぞ?」
「まあね。焦った所で、マリカちゃんの首が縦に動くわけじゃないし……」
(……また、押し倒して彼女を傷つけたくない)
「ん? どうした?」
「いや。今は、今、出来ることを、やりたいことを、するだっけって事だよ」
タレムはそう言って、薄い水色のドレスを着ているシャルルの腰を、
――ギュっ。
抱きしめて、もう一度口づけをした。
そう、今は……
「そして今、目の前の女の子を精一杯、大切にしたい」
「ふふふ。相変わらず、そちの愛は暖かいの」
ぎゅっ……。
シャルルもタレムの背中に手を回し抱きしめる。
甘い甘い二人の時間。
(俺が、心から落ち着けるのはシャルと話している時だよな)
「はぁ。シャルとも早く結婚したいなぁ……」
「ふふ。そう焦る必要はない。私は、そちの夢、ゴールでよい。今は力と権力を蓄える時期なのだ」
「うん。分かってる」
タレムはシャルルが心から好きである。
だが、シャルルは王女。そう簡単には、婚約すらままならない。
騎士拍ではシャルルを嫁にすることは出来ないのだ。
「まあ、どっちにせよ。マリカちゃんは最初に嫁に来て貰うけどね」
「して……その心は?」
「単純に、俺がマリカちゃんを好きだって事と、マリカちゃんは早く娶っておかないと、政略結婚に使われちゃう」
「グレイシス公爵の令嬢か……」
「うん。大きな家なら大きな家ほど早くしないと……」
「……」
そうボソッと呟くタレムの腕が、微かに力むのをシャルルは感じ取っていた。
シャルルにはゆっくりやると言ったタレムだが、マリカを嫁に娶れる時間はそんなに残されていないのだ。
焦りは当然あった。
……そんな、タレムをシャルルは強く抱きしめて、その胸板に頭を預けながら言う。
「大丈夫だ。何があろうと、私だけはそちの妻になる」
「うん。……分かってる。ありがとう。シャルルの事も勿論。大好きだよ」
「うむ! 私もそちが大好きだ!」
微笑み、二人は三度キスをした。
とろとろと蕩けるような熱いキスを……。
――で。
「そういえばシャル。話は変わるけどさ。最近、マリカちゃんが寒そうにしてるんだよね」
「……ふむ。それで?」
「このままじゃ、マリカちゃんの身体が壊れちゃうし、騎士になったのに、このまま馬小屋暮らしってのも格好が付かない」
タレムは、実家アルタイル男爵邸を、とある事情で出奔している。
故に、現在は籍を置く、アルザリア帝国学園が保有する、馬小屋を不当に占拠し、寝泊まりをしているのである。
……そのおかけで、シャルルと出会えた。と、いうのもあるのだが、
「本当に妻帯するんだったら、このままって訳じゃ行かないでしょ? 流石に嫁を馬小屋に住ませたくない。この前の恩賞で、お金もあるし、そろそろ、自分の城を持ちたいんだ」
「うむ。そちの割には、珍しく真っ当だな」
「……う、五月蝿い。――で、折角、城を構えるなら、将来、俺のお嫁さんになってくれる女の子の意見も聞きたいと思ってさ。シャルも何か……あるでしょ? どんな場所が良いとか、どんな作りが良いとか」
「……ふむ」
そこで、シャルルは自分の顎を触って暫く唸ると、
「そういうことならタレムよ。先ずはそちの『領地』にある城に引っ越せばよいと思うのだが?」
「はぁ? 俺の? ……何だって?」
「うむ。だから、タレム・アルタイル騎士拍の『領地』ロック村に、屋敷の一つや二つあるだろう? それを改装し使うのが、爵位持ちの貴族の在り方だと、私は思うのだがな……?」
「……」
「ん? 違うのか? それとも、何かこだわりでもあるのか? 私はそちに合わせるが……」
そんな事を言ったのであった。




