一話 『一世一代のプロポーズ』
それは、ボロボロの馬小屋の中。
ずずずずーッ。
銀髪碧眼の少年は、茶碗に盛られた味噌汁を啜っていた。
……熱い液体が喉から食道を通り、胃に流れていく。
(相変わらず美味しいなぁ……)
と、心の中で評してから、少年は、いきなり立ち上がり、叫んだ!
「マリカちゃ~~んっ!! 俺と結婚してくださぁああいッ!」
そう、一世一代のプロポーズである。
この少年、タレム・アルタイル騎士伯は、先日、ようやく念願の騎士の爵位を得て、結婚権を獲得したのだ。
だから、ずっと想いを寄せていた紅髪朱眼の――
「嫌でございます」
――マリカ・グレイシスにバッサリとフラれたのであった……。
「って! なんでよ!」
たまらず、タレムが唾を飛ばしながら、淡々とご飯を食べているマリカの手を握って縋り付く。
……本気で、マリカと結婚したいのだ。
「俺、一番最初の嫁にするのはマリカちゃんって決めたのにぃ! 俺の理想のハーレムに!!」
しかし、マリカは真顔でタレムの腕をぺっぺっと払って、
「それです。それ。その、わたし以外にも妻を娶ろうとする根性が、わたしには許容出来ませんので」
再び食事に戻ってしまう。
されど、それでもタレムは諦めない。
(マリカちゃんは絶対に俺の第一婦人にするんだ! そうじゃないと俺の夢。理想のハーレムが完成しない)
「マリカちゃん!」
「――っ!」
バシンっ!
気合いと勢いの逸ったタレムが、再びマリカの手を握ると、そのまま押し倒してしまう。
しかも、タレムの手が、マリカの胸の膨らみに触れていた。
そんな状況に驚くマリカだが、タレムは、
「お願いだよ! なんでもするし、させてあげるから! だから……俺の第一婦人になってよ」
懇願。
「……っ! タ、タレム様……んっ。……痛っ。落ち着いてくださいまし」
「――っ!」
タレムにガッチリ抑えられては、マリカは抵抗する事もできなかった。
(これが……殿方の力。タレム様の……お力……)
そんなふうに改めて、マリカがタレムとの違いに気付く時。
「あっ! ご、ごめん! 怖がらないで!」
タレムも、マリカを押し倒していたことに気付くのだった。
そして、慌てて離れようとするタレムの腕を……
――ぎゅっ。
「え?」
何故かマリカは反射的に掴んで止めていた。
その理由はマリカ自身にも分からない。
ただ、慌てるタレムを見て、思うことをそのまま呟く。
「大丈夫でございます。わたし、タレム様なら……何をされても怖くはございませんので。タレム様こそ怖がらないでくださいまし」
「……えっと?」
退こうとした所で、止められた為に、二人の体勢が余計、中途半端な事になってしまっている。
具体的にはまず、タレムは右手で、マリカの胸を掴んでおり、右膝がマリカの着物を乱して股ぐらを押し付けてしまっている。
顔の距離も互いの吐息が掛かる程近い。
それなのに、手を掴まれてそんなことを言われてしまったら、タレムが動くことは出来なかった。
そんな状態で、頬を赤らめるマリカは再び、口を開く。
「シャルル王女様とは……どこまで致しましたか?」
「……え?」
「シャルル王女様は、タレム様にこうい事を致されると、怖がってしまうのでしょうか?」
「……何を」
タレムは先日、総人口四千万の大帝国。アルザリア帝国、第一王女である、シャルル・アルザリア・シャルロットを命懸けで救っている。
その時、タレムとシャルルが恋仲であるということが公になった。
故に、それはもちろん、マリカの耳にも入ってきていた。
だからなのか? マリカの口はマリカの意を通さず動く。
「ならば、わたしを選んでくださいまし。わたしだけを選んでくださいまし!」
「……マリカちゃん」
「わたしは、タレム様の為される全てを肯定致します。タレム様が何を成さろうと怖がりは致しません」
「……」
「タレム様……。わたし、タレム様が求めて頂けるのであれば、いくらでも……」
キュッと、マリカが唇を噛んで……
「コホンッ!」
咳込んだ。
「コホンッ! コホンッ! コホンッ! コホンッ! ……」
「ま、マリカちゃん! ご、ごめん。寒かったよね」
それでタレムの硬直も解け、急いでマリカの身を起こす。
「こほこほこほっ……っ。申し訳ございません。唾がかかってしまいました」
「そんなこと……っ。どうでもいいよ。それより……寒いよね」
言いながら、タレムはマリカの肩を抱きしめて体温を分ける。
――少し前まで、残暑の残る九月だったが、季節は流れ、気付けば十月。
冬が速いアルザリア帝都で、華奢な女の子が隙間風びゅーびゅーの馬小屋生活は少々無理があった。
……何より、マリカは昔から身体が弱い。
それは氷のように冷えきったマリカの身体を抱いているタレムが一番、実感している。
「マリカちゃん……。真面目な話。もう、ここには来なくて良いよ」
「――っ!」
「グレイシス公爵には俺から言っておいてあげるから」
娘がここまで弱っていると知ったら流石のグレイシス公爵も、花嫁修業を一時中止にするだろう……。
「い、いや、嫌! 嫌! そんなの嫌でございます!」
「マリカちゃん?」
だが、そんなタレムの思いとは裏腹に、マリカは激しく感情を剥き出し大暴れ。
普段のマリカは、おしとやかな性格なのだが、一度こうなったら絶対に退くことがない。
「……ダメっ! 今のタレム様をお一人になんて致せません! 絶対にダメでございます!」
「いやいや、そんなに心配しなくても、俺は別に一人になっても死なないから」
「そういう問題ではございませんッ!! だめったらだめなのでございますッッ! (今のタレム様を一人にしたら……今のタレム様から離れたら……タレム様はきっと……)」
「でも。マリカちゃんの身体が――」
「だまらっしゃい!」
「だまらっしゃい!?」
「わたしは大丈夫でございますっ! 絶対に、このお勤めだけは、命を懸けても果しますので」
「……命はかけないでいいから結婚して欲しいんだけど」
「もう……ばか」
呟いて、何もなかったように起き上がり、散らかってしまった料理を片付け始める。
そんなマリカをタレムも手伝いながら……
「マリカちゃん……」
「……」
「シャルとはキスしかしてないよ」
「――っ!」
――ぴたっ。
マリカの手が止まり、驚愕と困惑で、タレムに視線を向けた。
しかしタレムは、そんなマリカを見ずに手を動かして、食器を片付けながら、真剣な声色で言う。
「俺さ。そういう事は、結婚してからだと思ってるんだよ……」
「……」
「そこはキッチリ分けるから……俺は、俺のハーレムだけを大切にするから……それだけは分かって欲しい」
「……」
マリカにはタレムの夢など分からない。
理解したくもない。
ただ……
「ふふ、タレム様。安心してくださいまし。わたしは例え、世界中の全てを信じられずとも、タレム様の事は全て信じておりますので。……神様の教えよりも」
「ホント!? ならッ! 俺と結婚――」
「それはそれ、これはこれ、でございます(キリッ」
「俺よりキッチリしてる!?」
こうして、見習い騎士から正騎士にランクアップしたタレムの日常は緩やかに流れて行くのであった。




