二十九話 『女王蜂《ロイヤルハニー・クイーン》』
タレム達は、主にリンの活躍により、《ハニー・ビー》の大群をあしらいながらアルザリア大森林の奥へ奥へと足を進めていた。
途中でリンがタレムしか守る気が無いことに気付いたイグアスは、騎士団兵員を森の入口で待機させることにした。(リンの討ちもらしや、逃げ出した《ハニー・ビー》が人里に行かないように退治する大事な役目)
すると、茂っていた森が開け、木々の代わりに百メートル級の巨大な球体を発見した。
「これが……《ハニー・ビー》の巣か。……何と言うかでかいな」
首骨を反らせながら大きな球体を見上げるイグアスの言葉通り、その巨大な球体こそが《ハニー・ビー》達の巣である。
そして、タレムやリンの目的、《ロイヤルハニー・ゼリー》がそこにある。
他にも、群体魔獣である《ハニー・ビー》を討伐するには、千体単位で居る総体を殲滅するより、生殖交配する巣を破壊した方が、楽な上に確実である。
要するに、タレムもリンもイグアスも、この巨大な巣を探してアルザリア大森林を探索していたのだ。
「さて……見つけたけどさ。これ、……どうすんの?」
「とりあえず、燃やしてみるか?」
「討伐したいだけのイグアスはそれで良いかもしんないけど……それをとりあえずやって、蜂蜜まで焼けたら……ござるが人喰い鬼になるかもよ?」
「……そ、そりゃあ、辞めておこう」
そうやってタレムとイグアスが慎重に話し合っている中、当のリンは無警戒に近付いて、仮面をずらし鼻をくんくんと動かしている。
角度的に、タレムとイグアスに顔は見えないのだが、逆に小さいリンのお尻が左右に激しく揺れるのに目がいってしまう。
「殿っ。殿っ。甘い香がするでござるよ!」
「うん……女の子の甘そうな香がしそうだね」
「……タレム。お前な……つるぺた幼女の紳士な嗜み方は昔から腋の下一択だぞ?」
「「「……」」」
そんなこんなで、タレムとイグアスが無言で握手を交わし、そんな二人の視線に気付いたリンがゴミを見る瞳を向けたその時。
『ギィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――っ!』
「「「ッ!!」」」
とてつもなく不快な魔獣の鳴き声が《ハニー・ビー》の巣から響いた。
そして、
ブブブブブブブブブーンンッ! ブブブブブブブブブーンンッ! ブブブブブブブブブーンンッ! ブブブブブブブブブーンン!!
《ハニー・ビー》よりも明らかに大きい羽音。
「まさかッ! 殿――っ!」
巣が揺れ動き何かが出現しようとする中、リンが慌ててタレムの元に跳び戻り、片腕を出して庇った。
直後、百メートルの巣から現れたのは、全長五メートルの《ハニー・ビー》……ではなく、
「殿……。アレはちょっと厄介っすよ? 《ハニー・ビー》の上位種、《ロイヤルハニー・クイーン》。討伐難度は、『千騎長』戦力同等の『Aランク』……アレとまともにやるなら十万の軍隊が必要でござる……」
今までずっとお気楽そうだったリンの声色に影が指し汗をかいていた。
つまり、千騎長リンでも《ロイヤルハニー・クイーン》は相手が悪いと言うことである。
「わざわざ前線から精鋭部隊を呼び戻す意味はあるようでござるな。姫も人が悪い……」
「ござる?」
焦りながら、何かをぶつぶつ呟いてるリンに、タレムが心配して声をかけると、
「フッ……。殿は拙者が守るので、安心して見ているでござるよ。そっちの英雄未満も殿と一緒に居るでござるよ」
「……オレも、守ってくれるのか?」
「殿の親友を守るのは当然……でござるが。ここはグレイシス公爵に貸し一つでござる」
「……解った」
リンは素早くクナイを両手に持ち全長百メートルの《ロイヤルハニー・クイーン》に半身で構える。
そして、イグアスがタレムの隣に移動すると同時に、右手のクナイを投擲した。
「忍法《千本影クナイの術》でござる!」
ズババババババハ――っ。
相変わらず、摩訶不思議なリンの忍法で、投げたクナイが分裂し、千本になって跳んでいく。
串刺しコース……
『ギィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――っ!』
が、《ロイヤルハニー・クイーン》も、巨大な身体に見合った大きなお尻から、《毒針》を連続で発射した。
その数、秒速千本。
《ハニー・ビー》よりも強力な毒と、何度も連射可能な針攻撃。
奇しくも、リンの《千本影クナイ》と女王蜂の《千本毒針》の撃ち合いとなった。
バチバチバチバチバチバチバチバチ――っ。
総力は全くの互角……しかし、陰りの見せない女王蜂の《千本毒針》の方が有利とタレムは見えていた。
されど……リンは、全く臆する事無く、タレムとイグアスを背にかばったまま、どからともなく赤色の球を取り出して、
「大火災になっても、グレイシスの血縁が居れば良しでござるな」
空中に放りなげた。
更に、その球に向かって左手のクナイを投擲する。
「フッ……忍法合技《火遁・千本影クナイ・爆》……でこざるよ」
直後、再び千本にクナイが分裂。
女王蜂に向かって跳んでいく……
途中で、《千本毒針》と相殺しあうが、衝突した瞬間。
どばぁーんッ!
クナイが爆発した。
その爆発の風圧と炎で、《千本毒針》を弾き飛ばし、女王蜂に激中。
どばぁーん。どばぁーん。どばぁーん。どばぁーん。どばぁーん。どばぁーん。どばぁーん。どばぁーん。どばぁーん。――。
一撃だけではなく、千本のクナイが次々と命中し爆炎をあげていった。
「……フッ。拙者に掛かればこんなもんでござるよ」
「ござる。本当にすごいよ。Aランク魔獣を一人で討伐とか……(めちゃめちゃに抱きたい)」
「ふふっ。殿に褒められると光栄でござるが、《ロイヤルハニー・クイーン》は、《ハニー・ビー》を操ってから本領を発揮する魔獣でござる。今のはそれをさせる前に――」
――倒しただけでござる。
そう、リンが続けようとしたとき。
《火遁・千本影クナイ・爆》の爆炎から、
『ギィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――っ!」
大量の《ハニー・ビー》従えた《ロイヤルハニー・クイーン》が姿を現した。
同時に、大量の《ハニー・ビー》と、《ロイヤルハニー・クイーン》が毒針を飛ばす。
それを見たリンが後手から、《千本影クナイ》で相殺し、第一波を凌ききった……
「あれぇええ……ヤバめでござる。……殿。逃げるでござる」
が、タレムにもたれるように倒れたリンの前身には、大量の毒バリが突き刺さっていた。
……幾ら毒耐性があるとはいえ、これは受けすぎいてる。
「……ござる? ござる! ござる!!」
「……と……の……に……げ――っ」
かくんっ。
リンが気を失って首が折れたように落ちた。
その姿を見たとき、
ズキンっ。
タレムの古傷が悲鳴。
「ぐぅ!」
「――ッ! 燃えろ!」
同時に、イグアスが炎の壁を生み出して、時間を稼ぐ。
もはや、森への引火など気にしている段階ではなかった。
「タレム! 針を抜いて毒を吸い出せ! タレム! オレがやるぞ!」
「……っは!」
イグアスの叫び声で、タレムは頭痛を振り払い、リンの毒針を抜き、口で毒を吸い取り抜いていく。
毒耐性があるリンならば、これで助かるかもしれないと。
「っ! ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ! フーっフーっフーっ……」
続けていると、リンの息が戻り、一命を取り留めることに成功した。
出来れば早く、医者に連れていきたいが……
「ちっ。完全に囲まれたな……。さて、どうするか」
「……」
イグアスの炎の壁をぐるりと三百六十度、《ハニー・ビー》取り囲まれ逃げる道が一切無い。
そんな中、無言で介抱を続けるタレムの肩を毒に犯され弱ったリンが引っ張って、
「……拙者を捨てて行くでござる。そうすれば……グレイシスの力で……殿は……殿は助かるでござるから」
そういったのだった。
「拙者を捨てて行くでござる……」
「……」
「拙者を……殿……拙者を――」
「黙れ!」
「――ッ!」
リンの言葉を遮って、腕を握る、
「ござるは俺の師匠で、いずれ俺のハーレムに入る有望株なんだ! こんなところで見捨てるわけないだろ!」
「……っ」
タレムの言葉にリンが唾を飲み込んで小さく驚きながら、イグアスに視線を流した。
タレムは理想に頑固だが、イグアスならば現実を見るはず……
すると、
「タレムの言う通りだぞ。ミス・リン。キミは、オレたちを庇って闘ったんだ。……タレムを庇ってくれたんだろ? 親友の命を救った恩人を、グレイシスは絶対に見捨てない!」
「……ふっ。コイツら馬鹿でござるよ。……姫。……いや、拙者もでござるな」
タレムも理想に頑固だが、その親友イグアスも義に堅い人間であった。
それをリンは今更思い知り、各が主であるシャルルの顔を思い出したが、そもそも、リンがタレム達を庇って闘う必要がなかった事に気付いてしまった。
何故、リンは庇ったのか? ……それはリンにすら解らない。
「さて。タレム。レディーの前で格好良くキメたのは良いが……どうする?」
「……格好良くキメたのは、イグアスだけだよ。オレはなんか臭かった気がする……嫌われて無いかな?」
「この状況で、あの台詞を聞いて嫌うなら、完全に脈が無いんだ。オレに譲るべきだ」
「死んでも譲らないぞ! ござるは俺のハーレムに入れる女の子だ!」
一方、タレムとイグアスはまっすぐ、《ロイヤルハニー・クイーン》を睨みつけていた。
仲間がやられたのだ。絶対に許さない……と。
だが、リンでも勝てなかった魔獣相手にどうするか?
「……ここはオレが本気を――」
「イグアス……もしかしたら、だけどさ、なんか……少し、思い出したかも。俺の力の真髄含めてさ」
「――っ!」
「ここは、俺に任せてくれ!」
それは、タレムのその言葉によって定まった。
(次話に続く)




