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その2


「うわあ…そんなことがあったんだ。奈美ちゃん、翔太のことベタかわいがりだものね。鈴ちゃん、大変だったわね」電話口で鈴音に同情する玲香。

「心配してくれているわけだし、一理あるとは思うんだけどね…でもその後、翔太がちょっと元気がなくなっちゃって…。それでお願いなんだけど」

「何?」

「週末、翔太を預かってもらえないかしら。あの一件が片付いてから1ヵ月、龍くんや紗由ちゃんにも会ってないでしょう。一緒に遊んでもらえたら、きっと元気になるんじゃないかと思って。

 …もちろん、先方のご都合もあるでしょうから、都合の合うときでいいんだけど…お願いしてもらえない?」

「うん、いいわよ。聞いてみるわ」


「おかん! そないなこと頼んどらんやろ!」

 部屋に入ってきたかと思うと、鈴音のスマホを取り上げて、電話を切る翔太。

「ちょ、ちょっと翔太…」慌てる鈴音。

「今度の週末は連休で忙しいんやで。遊びになんぞ、行ってられへんわ!」翔太はそれだけ言うと、部屋を後にした。

 取り残されて、ぽかんとしていた鈴音は、ハッと気がつくと再度玲香に電話をかけた。


「ごめんね、玲ちゃん…」

「うーん、無理はさせないほうがいいと思うわ、いろんな意味で。

 とりあえず、明日にでも龍くんにお願いしてみる。紗由ちゃんの写真送ってあげてもらえるように。直接電話してもらってもいいしね」

「ありがとう、玲ちゃん。ごめんね、いつも」

「じゃあ、今度帰ったときに、駅前のフレンチレストランでランチをお願いいたします」

「ん、もう。抜け目がないんだから」

 そう言いながらも、鈴音は玲香に心の底から感謝していた。


  *  *  *


 翔太は、自分の部屋に戻るとベッドに突っ伏した。口では強いことを言ったものの、実は龍や紗由に会いたくて仕方がなかったのだ。

“行く、言うとけばよかったかなあ…”

 その時、翔太のスマホが鳴った。龍からのメールだった。


「さゆのムービーだよ。プリキュア歌ってるところ。かわいいよ」

 添付を開くと、ふりふりのスカート姿の紗由が、振り付きで歌っていた。

“うわあ、かわええなあ、紗由ちゃん”途端にうれしそうな顔になる翔太。

 そして、歌が終わると翔太へのメッセージも入っていた。


「しょうたくんへ。こんどのおやすみに、とうさまと、かあさまと、にいさまと、しょうたくんちにいきます。よやくしといてください。じゃあね。ばいばい!」


“予約?”翔太はもう一度ムービーを見た。“連休やで。開いとる部屋、あるのんか?”

「おかん! おかん、空きあるか? おかん!」翔太は慌てて部屋を飛び出した。


  *  *  *


「じっちゃん。お泊りになるお客はんのことは、ちゃーんと教えてもらわな困るで。俺かて、お迎えする都合ちうもんがあるんや」

 難しい顔をして腕組する翔太を見ながら、飛呂之はしまったという顔をした。

「すまない、翔太。もうそっちには話が行ってるもんだと…」

「今回、涼一さんがご連絡くださったから、ダイレクトだったのね」


「まあ、ええわ。猿も筆の誤り言うからな」

「翔太、それは猿じゃなくて弘法よ。弘法も筆の誤り」鈴音が訂正する。「それじゃあまるで、じっちゃんが、猿に似てるって言ってるみたいじゃないの」

「誰もそんなこと言ってないだろう」むっとする飛呂之。

「あかん。間違ごうて覚えとったあ。んで、こうぼうって何?」


「弘法大師。空海っていう偉いお坊さんのことよ。ほら、幼稚園の時に絵本で読んだでしょ」

「知っとる! うどんを中国から持ってきたり、手こね寿司考えた人やろ? できた坊さんや」何度も頷く翔太。

「ポイントはそこじゃないような気がするけど…」小声でつぶやく鈴音。

「とにかく、龍くんたち来るの久しぶりやからな。お昼は、冷やしうどん翔太スペシャルをサービスや!」翔太は元気に腕を振り上げながら、板場へと走って行った。


「鈴音。翔太スペシャルっていうのは何だ?」

「さあ?」

 わけがわからないといった様子の鈴音だったが、それでも翔太が元気になってくれたのを見て、ホッとしていた。


  *  *  *


「わあ。さゆのだけ、おはなの、おうどんだあ」

 翔太が差し出した冷やしうどんの皿を、びっくりしながら覗き込む紗由。

「紗由ちゃんのために作ったんやで」翔太がにっこりする。

「この、ヒマワリの花びらは何でできてるんだい?」涼一が興味深げに尋ねた。

「白身魚とサツマイモの天ぷらです。衣にカレー粉を入れて黄色い色をつけました」

「かわいいわぁ。真ん中はきれいな赤…京ニンジンかしら。ほうれん草で葉っぱを作ってるのね」

 そう言いながら、周子は頭の中で、ニンジン嫌いの紗由にはうってつけだ、家でも作ってみようと考えていた。


「まんなか、にんじんだ…」周子の考えを読んだかのように、嫌そうな顔をする紗由。

「京ニンジンは、普通のニンジンより甘くて美味しいねんで。ほら、ねじり梅にしてあるから、本物のお花みたいやろ。

 もう4つになって、立派な大人やしな。大人の女は、ニンジン食べるからなあ。紗由ちゃんも食べるやろ?」

「うん…」渋々うなずく紗由。


「嫌なら無理するな。とうさまが食べるから、ほら」涼一がニンジンを口の中に入れる。

「あ! さゆのだよ。それ、さゆの!」

 ニンジンは嫌いではあるが、他の人間に取られるのは悔しいらしい。紗由が思いっきり怒った顔で涼一を見上げる。

「だ、だって、嫌い…なんだろ?」

 紗由がぷいと横を向く。


「甘やかしても全然喜ばれないのって、何かかわいそうだね、かあさま」龍が言う。

「涼一さん、紗由の気持ちを勝手に決めたらいけないわ。食べようとしてたかもしれないでしょう?」

「すみません…」紗由をちらりと横目で見ながら、涼一がしょんぼりする。

「紗由ちゃん、安心せいや。ほれ。まだ、ぎょうさんあるさかい」

 お重の中から、小皿に盛られたねじり梅の京ニンジンを差し出す翔太。


「…いっこでいい」

「そんなに食べられないよなあ」形勢逆転を狙おうとばかりに、紗由に加勢する涼一。

「たべる!」紗由は箸でニンジンをつまむと、口の中に放り込んだ。「…おいちい!」

 紗由の様子につられてか、龍も手を伸ばす。

「本当だ。普通のニンジンより甘い」


「…ニンジンより嫌われてる気がしてきた」

 悲しそうにつぶやく涼一の横で、翔太が耳打ちする。

「帰りに京ニンジンあげますさかい、おうちでジャム作ってあげてください。パンやビスケットに塗ると美味しいです。なんなら、後でうちの台所使うて練習もできまっせ」にっこり笑う翔太。

「あ、ありがとう、翔太くん…」

 それなら少し挽回できるかもしれないと思った涼一は、翔太の手を握って礼を言った。紗由はジャムが大好きなのだ。

 翔太は、残りの料理をテーブルに並べると、「ごゆっくりどうぞ」と言って、部屋を後にした。


「いい子だなあ。本当にいい子だ」周子に同意を求めるように、うなずく涼一。

「そうね。紗由のお婿さんにいいかも…」

 周子の言葉に、途端に暗い顔をする涼一。

「そう言えば、最初にここに来たときに、紗由言ってたわよね。もうお嫁さんに行くところが決まってるって。いったい、どこにお嫁に行くつもりなのかしら。最初が賢ちゃんでしょう。その次は、やっぱり龍かしら」

「俺という選択肢はないのか…」さらに暗い顔になる涼一。


「ねえ、紗由は誰のお嫁さんになるの? お嫁さんに行くところ決まってるんでしょ? かあさまにこっそり教えて」涼一の言葉におかまいなしに、紗由に聞く周子。

「きまってるよ。かみさまが、おばあさまにそういったもん!」

「あ、相手は誰なんだ?」

「わかんない。さゆは、きくかかりじゃないから。でも、おはなのドレスでおよめしゃんになるの」きりっとした顔で紗由が言う。

「そっか。まだ、わからないのね。お婿さん、誰だろうねえ」

 周子は紗由の頭をなでると、ほっぺたをちょこんとつついた。


  *  *  *


 ニンジンジャムの作り方を教わるために、清流旅館の奥にある高橋家に足を踏み入れた涼一は、少し落ち着かなさげに辺りを見回した。

「涼一はんのお屋敷みたく広くないですけど…」

「いや…10畳以上あるよね。コンロが4台か。あっちにはIHもあるし、このシステムキッチン、使い勝手も良さそうだし、動線にも無駄がなさそうだ」


「おかんが、合理的いうやつが好きなんですわ。それと、いろんな使い方できるやつ。難しい言葉で多機能いうやつです。

 そのくせ、どれがどれだか、ようわからんなって、結局いっこしか使わないんやから、しょむないですわ」

 腕組みをして頷く翔太。

「便利なんだか、不便なんだか、わからないものって多いからなあ。龍のスマホも、周子がかっこいい多機能なのを選んだんだけど、肝心の龍は使わない機能ばかりだと言ってたよ」

「シンプルイズベストですわな」ニッと笑う翔太。


「…そう言えば、翔太くんの場合は能力的にもシンプルだね。時々神様から話ができて、胸のぴかぴかが見える。わかりやすくて、非常にスマートだ。

 それに引き換え、伯母さんにしても、龍にしても、紗由にしても、誰に何がどのくらいできるのか、どんなタイミングで出てくるのか、傍から見ててもわかりにくい」

 涼一が首をすくめる。

「…僕も、“命”さまたちの力いうのは、ようわかってません。基本は先のことがわかる、いうことですやろ。

 でも、紗由ちゃんは昔のことも、わかるようやし、龍くんは、紗由ちゃんと手をつなぐと、それが読めるし。何や、わかりづらいですね」


 涼一と話をしながらも、翔太はてきぱきと手を動かしていて、野菜ストッカーの蓋を開けると、京にんじんを取り出した。

「そうなんだよ。…そういう力の質の差というのは、胸のぴかぴかでは色の違いとして見えるのかい?」

「うーん、色いうか、光り方の違いとか、強い弱いの違いですわ」

 キッチンの真ん中の調理台の下から、脚立を取り出して登る翔太。少し高いところにある戸棚から、砂糖の入った容器を取り出す。


「色は…おそらく、その人の性格をあらわすみたいなもんやと思いますわ。

 普段、紗由ちゃんは、ひまわりみたいな黄色と、桜みたいなピンクが多くて、龍くんは、きれいな海みたいな、青とエメラルドグリーンが多いです。

 “命”さまは、金色と紫、大臣先生は、銀色と紫が多いですなあ。

 …あと、風馬さんは色も光り方も、“命”さまと、よう似てます。強さも、“命”さまの次ですな」

「ふーん。そうなんだ。面白いなあ。風馬は、やっぱりそんなに強いんだ」


「最初見たときは、びっくりしましたわ」キッチンの下からなべを取り出し、水を入れるとIHにかける翔太。「魔法使いみたいな技、使いよってん」

「魔法使い?」

「はい。関根さんの部屋に風馬さんが入ってきよったんです」調理台の上のはかりで、にんじんの重さを計る翔太。「あ。にんじんの重さの半分のお砂糖、量って、こっちのカップに入れとってください」

「あ…うん。スプーンは、これだね」


「で、そんとき、胸のぴかぴかが、ぶわーって明るかったのに、玲ちゃんや俺や紗由ちゃんがおるのを見たら、急に、しゅるしゅるしゅるって、包帯巻いたみたいにふさがっていったんです」

「へえ。そりゃあ、すごい」

「ほんま、びっくりしましたわ。

 …にんじんの皮、ピーラーで剥いて、てきとな大きさにして茹でます。

 …一瞬、“命”さまより強いくらいだったんです。それまで、一番強いのが“命”さまで、次が大臣先生か龍くんで、そん次が紗由ちゃんだったんです。

 それが、いきなり一番になって。

 後で聞いたら、“命”さまと龍くんは、いつもの半分くらいになってたそうですけど」


「へえ…親父はけっこう強いんだ」意外と器用な手つきでピーラーを使う涼一。

「大臣先生も、あの蓋を取ったら、えらいことなりそうですな。

 …あとは、茹だったら、煮汁少しと一緒にミキサーにかけて、今度は砂糖入れてコトコト煮ます。もったりしてきたら、最後にレモン汁入れます」

「いろいろと勉強になるよ。ありがとう翔太くん」

 涼一はそう言いながら、手早くニンジンをカットすると、湯の沸いたなべに放り込んだ。


「ジャム作ったら、少しは紗由も機嫌よくなってくれるかなあ」なべのニンジンをながめながら涼一が言う。

「せっかちはあきまへん」冷蔵庫からレモンを取り出す翔太。

「え?」

「慌てると、ジャムは台無しになります」

「そ、そうだね」

 紗由への態度を指摘されたのかと思い、ドキッとした涼一は、少しほっとした。


 ニンジンが茹で上がるまで、少し時間がかかるので、翔太は涼一に紅茶を淹れた。

「ショウガのジャム入れてみてください」

「へえ。ショウガもジャムにできるんだ」

「いろんなもんが、ジャムになります。梅とか、蕗とか、セロリのジャムもあります」

「へえ。ジャムにするものって、元々かなり甘めのものっていうイメージあるけど、先入観はいけないんだね」

 くすっと笑いながら、ショウガジャムを紅茶に入れる涼一。一口すする。

「おいしいねえ。今度、この作り方も教えてくれるかい?」

「ええですよ」


 翔太は、隣の部屋に行くと、一冊のファイルを持ってきた。そして、そこから取り出した紙を、部屋の隅にあるファックス電話機を使ってコピーした。

「どうぞ!」レシピを差し出す翔太。

「ありがとう。…これ、翔太くんが書いたんだね。偉いなあ」

 ひらがなとカタカナとイラストで書かれたレシピを見つめる涼一。

「覚えきれへんから、書いとくんです。旅館の料理も、作らせてもらえへんけど、おとんが作るとこ見て描いてます」


「すごいなあ。サイオンジャーを作ってくれたときも賢児から原画を見せてもらったけど、翔太くんは本当に絵が上手だねえ」

「絵、描くの大好きです。みんなのぴかぴかも、会うたびにノートに描いてます」

「へえ、そうなんだ。今度見せてね」

「はい」照れたように、にーっと笑う翔太。


 しばらくして、茹で上がったニンジンを、翔太が煮汁ごとミキサーに入れた。

「これをまた、お鍋で煮るのかい?」

「はい。さっきのお鍋に戻して、お砂糖入れてください」

 翔太に言われた涼一は、IHのスイッチを入れる。

「ゆーっくり、お匙でかきまぜてくださいね」

「あ…うん」鍋に向き直る涼一。


「もう少し、火、弱めてください。強火でグツグツやのうて、弱火でコトコトです」

 火加減を指示する翔太。

「紗由ちゃんの機嫌取る必要なんてあらしまへん。紗由ちゃんは、とうさまのこと大好きです。

 それより、周子はん、大丈夫ですか? なんや、さっきも、ぼーっと考え事しとったみたいですけど」涼一を見上げる翔太。

「え?…」涼一の鍋をかき混ぜる手が一瞬止まる。


 実は涼一も、周子の様子が少しおかしいことには気づいていたのだが、あと少しで保の選挙ということから、仕事上神経質になっているのかとも思い、あえて聞かずにおいたのだった。

 だが先日、出張から戻ったときに、紗由が気になることを言っていた。

 かあさまが、寝ていたときに、うーん、うーんとうなされていたというのだ。嫌な夢を見たのだという。しかも、とうさまには内緒だと口止めをされたらしい。

 紗由は、内緒はダメだと言って教えてくれたが、カマをかけても周子はその夢のことを話そうとはしなかった。

 周子が紗由の能力に共鳴した一件の後、本当にその状態が解消されたのか、一抹の不安を覚えていた涼一は、周子を華織の元に連れて行こうと思い立ち、この連休に清流へ来ていた。


“それに翔太くんが、こうしてわざわざ指摘するということは、やっぱり何か、選挙とは別の要素があるのかもしれないな…”

「周子とは、何か話をしたのかい?」

「いいえ、してまへん。 …あ、もう少し煮詰まったら、火、止めてください」鍋を覗き込みながら翔太が言う。「最後にレモン汁入れます。甘いものをジャムにするときは、ただ煮詰めただけだと、ゆるゆるで、日持ちもようないんですわ。でも、これが入ると、長持ちするし、よう固まって、ひとつになりますから」


「そうか…。ゆるゆるじゃなくて、しっかり固めないと、長持ちしないんだね」

 涼一は、手元で粘りを増していくジャムをじっと見つめた。


  *  *  *


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