【第21話】
何時もより遅い時間に合わせた目覚まし時計が鳴った。
布団から身体を半分這い出して手を伸ばすが、目覚し時計のアラームを止めるボタンになかなか手が届かない。
あくまでも手探りで目覚ましを止めようとしていた成美の指が、時計の本体を棚から押し出してしまった。ベッドの横に在る棚の上から転げ落ちた目覚し時計は、床の上を転がりながら、電子音を奏でている。
成美は仕方なくベッドから這い出ると、床を這いずるようにして時計のアラームを止めた。
外からは、日曜日の石神井公園へ遊びに来た家族連れの声が、カーテンで閉ざされた窓を通り抜けて、心地よい雑音となって聞こえてくる。
昨夜、再び瀉血した為、少し貧血気味なのか十分な睡眠を取ったにも拘らず、寝起きがキツイ。
「何かしら・・・」
成美は、異様な獣臭さに気付いた。
部屋の臭いをクンクンと嗅いで、更にそのまま布団の臭いを嗅ぐ。
布団も微かに臭っているが、本元ではないようだ。そして自分のパジャマの胸元を引っ張って臭いを嗅いでみた。
「うわ、何この臭い・・・・」
両腕にも、ホコリっぽい獣臭さが染み付いている。
「あたし、いったい何をしたんだろう・・・・」
何故だか、彼女の気持ちは不愉快では無い。ただ、どうして身体が獣臭いのかは謎のままだった。
成美はパジャマを洗濯機の中へ放り込んでスイッチを入れると、シャワーを浴びて両腕を丹念に洗い流した。
洗濯物を干そうとして外へ出ると、立ち眩むような太陽の光に、彼女は一瞬目を細めた。
* * * * * *
「ねぇねぇ、聞いて聞いて。昨日さぁ、朝起きたら身体中が獣臭かったのよ」
月曜日、学校へ行った成美は、早速日曜日の事を友達に話した。
その話しを聞いた佳代と美鈴は眉をひそめた。
「何?獣臭いって・・・・」
佳代が、成美に訊き返した。
「ほら、何て言うか、こ汚い犬の臭いっての?」
「知らないよ」
佳代と美鈴が思わず爆笑した。
「あ、でも、何となく判るよ。うち、犬いるから」
笑いながら、美鈴が言った。
「だって、成美ん家、犬いないじゃん」
佳代が言い返した。
「だから、不思議なんだってばぁ」
「あんた、ふつうにヤバイって」
佳代が、お腹を抱えるようにして笑った。
あの週末に起こった事件、あの時の悲痛な彼女は何処にもいない事に、成美は心の中で胸を撫で下ろしていた。
そんな話をしているうちに、一連の成美に起こる不可解な事件は、動物の霊にでも獲り付かれているのかもしれないと、佳代が言い出した為、学校帰りに彼女の家に行ってみようという事になった。
佳代と美鈴は、放課後、成美の家に行く為に、彼女と一緒に石神井駅で降りた。
「ねぇ、本当にココでいいの」
月曜日の夕方、寺澤と雪絵の二人は会社を抜け出して、石神井公園沿いにある成美の家の前にいた。
「大丈夫だよ。昨日の夜、この辺を見て廻ったけど、安ニ崎なんて名前は他に無かったから」
「じゃぁ、あたしは駅の方に行って、彼女が帰ってくるのを見てくるね」
雪絵は駅の方へ向かって歩いた。しかし、少し歩いた所で、正面から女子高生の三人連れが歩いて来た。
じゃれ合う声が辺りに響いている。
そのうちの一人に成美を見つけた雪絵は、三人組とすれ違いながら彼女を確認した。
あれが、生きた安二崎成美・・・・ 寺澤の部屋に現れる彼女となんら変りは無い。むしろ、本人の方が顔色が悪いかもしれない。と雪絵は思いながら、素早く寺澤の携帯電話に連絡した。
「寺澤君、行ったよ。今行った。でも、友達連れよ」
「えっ、友達連れ・・・・ まぁ、いいや。とにかく決行」
そう言って寺澤は電話を切った。
雪絵は気になって、成美達の後を、距離を置いて追いかけた。
家の前の直線道路に成美達の三人が現れるぎりぎりのタイミングで、寺澤は安二崎邸の門から飛び出していた。
「ねぇ、玄関に何かあるよ」
成美の家の門を三人で潜った時、佳代が異変に気付いた。
「何あれ」
成美が言った。
「何?爆弾かも・・・・」
60センチ四方、高さ30センチほどのダンボール箱を見て、美鈴が言った。
その言葉で三人は少しだけ後退りをする。
三人の後をつけて来た雪絵は、安ニ崎邸の前を通り越して塀沿いの角まで来た。
「・・・・・・」
いきなり腕を引っ張られ、路地に連れ込まれた雪絵は、息が止まる思いだった。
しかしそれは寺澤だった。
「ビックリするじゃない」
小さい声で叫んだ雪絵に、「シッ」と言って、寺澤は人差し指を彼女の唇に当てた。
安ニ崎邸の塀は、一定間隔で柵状の白い格子が嵌め込んである。内側に植木がある為少し邪魔だったが、その隙間から二人は成美達の様子を観察した。




