【第17話】
成美は無言の佳代の行動に少しだけ身構えた。
何が何だか判らなかった。
振り下ろされたその角材に、成美は目を瞑った。
しかしその角材は、自分の横をかすめて後へ伸びた。
佳代は成美の後ろで起き上がろうとしていた男の頭を、角材で思い切り殴りつけたのだ。
起き上がろうとした男は、再び床に倒れこんだ。
「リュウ。こんなことして・・・・判ってるのか!」
ケンジの声が倉庫内に響き渡る。
「お前だって女とよろしくやってんだろ」
リュウが言い返した言葉に、佳代が反応した。
「あの娘とはちゃんと付き合ってる。お前とは違う」
「佳代に手を出した事、怒ってるのか?そりゃ、悪い事したな。どうせストックだろ」
リュウがにやけて言った。
「そんなんじゃない。誰を襲ってもいいわけないだろう。それに佳代は大切な友達だ」
ケンジはリュウの言い訳が、無性に腹立たしかった。
成美は二人の会話に聞き入る佳代に
「佳代、今のうちに服を着て」
そう言って、佳代の服を床から拾い上げた。
「もう、バンドも終わりだな」
リュウが投げやりに言う。
「ああ、当り前だ。ただし、お前と組む事がだ。俺は、諦めずにバンドを続ける。お前みたいに、こんな事で憂さを晴らすような奴は願い下げだ」
「そんな事言って、何時までも誰かの前座を続けるつもりか」
「前座だろうがメインだろうが、俺は俺の音楽をやり通す。ただ、それだけだ」
リュウは静かに目を細めて
「勝手にしな」
カチャっと言う金属音がして、リュウの手に飛び出しナイフが握られ、天上からの弱い光に微かに反射光を発した。
ケンジは持っていた角材を構えた。
リュウは自分を刺すだろうか・・・・ いや、今の彼なら何をするか判らない。
ケンジは、かつての親友の行動が、もはや予測できなかった。
リュウは横っ飛びに走ると、僅かに近い位置にいた成美の身体を力任せに抱き寄せて、ナイフを突きつけた。
「成美!」
佳代が叫ぶ。
「お前・・・・何処まで腐っちまったんだ・・・」
リュウの何処までも卑劣な行動に、ケンジは悲しげな眼差しで睨みつけた。
ケンジとリュウは、高校時代に初めてアマチュアバンドを結成して以来の付き合いだった。
二人共ただ音楽が好きで、閑古鳥のライブを何度も経験して、それでもずっと一緒に音楽を続けたいと笑い合った。
成美は、突然の事態に身体が硬直して動けなかった。
喉元に冷たい感触が伝わっていた。
刃物を直接突きつけられると、身体が竦んで、さすがに捨て身の行動もとれない。
身体を少しでも動かせば、確実に冷たい刃は喉を切り裂く位置に当てられていた。
「とりあえずズラかるぜ。俺を追うなよ」
リュウは成美を掴んだまま引きずるように、出口の方へ歩き出そうとした。
その時、成美は一瞬飛びついてくる佳代の姿がアップになるのが見えた。
「イテッ!」
リュウが突然叫んで、ナイフを手から落とした。
佳代の頭の影で、成美には状況が判らなかった。
佳代はリュウの右手に噛み付いたのだ。
彼女は、まるで今の心のショックや悲痛、その全てをぶつけるかのようにリュウの腕を噛み切らんばかりに噛み付いていた。
「てめぇ!」
リュウが左手で佳代の髪の毛を鷲掴みにして、前後に強く振った。
成美の頬に小さな液体の粒が飛んだ。それは、佳代の頬を伝っていた涙の粒だった。
「佳代!」
成美は、思い切りリュウの足を踏んで、肘で彼の鳩尾を突く。
「うっ」と前屈みになった所へ、ケンジが走り込み右ストレート。
彼は無意識に角材を投げ捨て、素手で飛び込んで来た。
痩せ細った体の、いかにもパンクバンドと言った風貌のケンジが繰り出したパンチは、およそ綺麗とは言い難いが、しっかりとリュウの顔面を捉えた。
リュウの手が離れた拍子に、佳代が大きく後に倒れ、同じく自由になった成美はそれに駆け寄った。
ケンジは勢い付いて、リュウの腹に膝蹴りを繰り出す。
それも、K‐1選手のような綺麗なものではなかったが、腹筋を鍛えているわけでもないリュウをダウンさせるには十分だった。
「佳代、大丈夫?」
「うん。平気。でも怖かった」
「あたしも、怖かった」
二人は抱き合って一緒に泣いた。
「大丈夫か?ごめんな」
ケンジは二人の肩にそっと手を置くと、自分もしゃがみ込んで
「ごめん、佳代」
「あんた、彼女いたの?」
佳代は静かに訊いた。
「ああ、ごめん・・・」
ケンジは何度も佳代に謝った。
佳代は何も応えなかった。
「成美も・・・」
「あたしは平気。どうしてここが?」
成美は複雑な気持ちで、少しだけ微笑んでケンジを見た。
「キミらの帰る時間が心配で、会場に戻ったんだ。そしたら裏にいた連中が教えてくれたよ」
「ケンジは知らなかったの?」
「ああ、以前から妙な噂が立って、不審に思っていたけどね。さぁ、ここを出よう」
ケンジが支えようと佳代に手を伸ばした時
「大丈夫、あたしが」
そう言って、成美が佳代を支えて立ち上がると、一緒に倉庫を出た。
佳代の頬を何時までも伝う涙が、恐怖のショックからくるものなのか、切ない悲しみからくるものなのか、成美はただ彼女を支えていた。




