【第18話】
寺澤は顔じゅうを這い回る生暖かい感触で目を覚ました。
まどろみの中に片足を入れたような薄っすらとした目覚めだった。
まさか、成美が俺の顔を・・・・
眠たい目を渋々開けた寺澤の目に飛び込んで来たのは、毛むくじゃらで少し濡れた黒い鼻。
「うわっ」
彼は反射的にその物体を手で払い除けた。
「キャウン!」
と、小さく鳴いた。
キャウン?・・・・
寺澤が起き上がって見ると、成美が仔犬を抱えて寺澤の横に座っていた。
やけに汚れてはいるが、ゴールデンレトリバーの仔犬のようだった。
「なんだ? どうしたんだよ、それ」
寺澤は理由が判らず、頭をかいた。
「捨てられてたの」
成美が言った。
「だからって、そんなの拾ってくるなよ」
「だって、かわいそうじゃん」
「ここは、アパートだぞ。犬は飼えないよ」
「だって・・・・」
成美は少ししょんぼりとして言った。
寺澤も別に犬が嫌いなわけではない。寧ろ、動物は子供の頃から好きな方だろう。
ただ、東京のアパート暮らしは、動物との共同生活を許してはくれないのだ。都心の高級マンションならば、ペット可の所もあるが、今の彼がそんな所に住めるはずも無い。
「そう言えば、キミん家はどうなんだ?」
俯いていた成美が顔を上げて
「一戸建て」
「なんだよ、じゃぁ、持って帰って勝手に飼えよ」
寺澤はゴロリとベッドに転がった。
「家の人が驚くよ」
「俺だって驚いたよ」
寺澤は再び起き上がった。
「ねぇ、なんとか本当のあたしに渡して」
「はぁ?」
「本当のあたしならきっと飼うわ。だから、どうにかしてあたしに渡して」
「だって、池袋で会ったキミは、妙に警戒してたぞ」
「そこを、何とかしてさ」
「なんで、俺がそんな事まで。だいたい、なんでお前、俺の所に来るんだよ」
寺澤は、タバコを咥え火をつけると
「だいたい知らない他人から犬なんて貰わないだろ。この年で新手の痴漢に間違われるのはヤダぜ」
「そんな事言うんなら、獲り付いてやる」
「あぁ? 生霊は獲り付かないだろ」
そう言われた成美は、少しムッとしたかと思うと、両手で顔を覆って肩を振るわせた。
「おいおい・・・・」
成美は鼻をすすりながら更に大きく肩を震わせ
「この仔がかわいそう・・・・」
「判ったよ。やりゃあいいんだろ・・・・」
「ほんと?」
成美が顔を上げると頬は濡れてなかった。
けろっとした笑顔で「約束よ。絶対よ」
寺澤は、肩をすくめて大きく溜息をつくと、首をうな垂れた。
「そう考え込まずにさ、ご褒美に、チューしてあげるから」
そう言って成美は寺澤に顔を近づけたが、彼はさっと身を引いて
「いや、やめておく・・・・」




