私の居場所
「レイ、あの」
宰相が出て行ったあと、私は手をつないだままレイに話しかけた。宰相には言い返したくせにレイの顔はまともに見れず、おなかのあたりを見てしまう。
「コトネ。私に先に話させてくれ」
「あの、うん」
レイは私の反対の手も取ると、そっと話しかけた。
「私はずっと、いずれ運命の人が召喚されるのだから、その時のために誰にも心を動かされないようにしようと努力してきた」
運命の人が現れた時、その人を不幸にしたくないからだ。
「それでもアヤカについては、私と同じ責任を持つ人だから、気にかけなければならないと見守って来たけれど、コトネについては、アヤカほどの責任を持たないのだから気楽だろうと最初は気にも留めなかったんだ」
これはちょっとがっかりする言葉だ。
「だが旅の間、コトネは状況に流されることを一切せず、自分の利益にもならないのに戦い続けていた。それは魔王との戦いとは違う戦いだけど、その一生懸命さに、健気さにいつしか目を離せなくなっていたんだ」
レイも少しは私のことを気にかけてくれていたのだと思うと、やっぱりちょっと嬉しい。
「そんなコトネに告白されて、嬉しくなかったわけがない。だが運命の相手がいる限り、私だけがコトネを選んで幸せになることはできない。だからこそ、運命の相手がコトネでどれだけ嬉しかったことだろう」
舞い上がるような幸福感と共に、なぜそれを話してくれなかったのかと恨みたくなるのは勝手だろうか。今までいくらでも機会があっただろうに。レイは私の両手をぎゅっと握った。
「言う機会はあったが、言い訳ととらえられてしまう気がして言えなかった。言わなくてもいずれはコトネは私のものになるのだからと。すまない」
これだけ正直に心のうちを話してくれたのだから、私もちゃんと自分の心に向き合おわなくてはならない。
「私のほうこそごめんなさい。レイのことを思っていたのは本当だけれど、どうせ運命の相手が現れるのだからと、レイに断られるのを、この国を出ていく言い訳にしようとしてたんだと思う」
それなのに、自分の心が傷ついたとかなんとか子どもみたいに振る舞っていた。
「コトネ。今でもこの国を出ていきたいだろうか」
その質問に、私はやっと顔を上げてレイを見た。
「出ていきたい」
その言葉と共に涙があふれてしまうのを止められなかった。
「でも、そうじゃないの。この国を出ていっても、この世界のどこにも私の居場所なんてない。この国にいても、いなくても、結局私は自分の居場所を探して回るしかないなら、とにかく動かないとっていう気持ちが大きくて」
レイは握っていた私の手を離すと、おずおずと私を引き寄せた。
「コトネが出ていくなら、私も出ていく」
「でも」
「コトネがこの国にとどまるなら、コトネがとどまりたい理由になるよう努力する。どう努力したらいいかわからないが」
嬉しいけれど、この国の人たちになんと言われるかと思うと気が重い。
「私はもう、運命の相手がもう一度召喚されても、その人のために努力することはできない。コトネ以外は、絶対に嫌だ」
「レイ」
どこに行っても同じならば、少なくとも好きな人とここで努力してみて何が悪いのか。
「運命の相手の再召喚は断れず行われるかもしれない。だが私は誰が来てもコトネ以外には選ばない。共に厳しい道を歩いてもらえないか」
私は何も言わずに頷いた。背中に回ったレイの手に力がこもる。
「あー。ゴホン。そろそろ私の存在を思い出してもらっても?」
アヤカの声に思わず離れたよね。
今までの断る断らないのごたごたは、恋愛初心者同士の照れ隠しだったと主張した私とレイの意見はまるで通らなかった。それは宰相が危惧していた通り、運命の相手が私だと困るからなのだろう。
つまり、私がいるとレイが自己主張を始める。それが都合が悪い貴族の勢力がいるということだ。面倒だから逃げだしたい気持ちも少しはあったが、好きな人と心を通わせることができるなんて一生に一度あるかないかの幸運と比べたら、城に残って頑張れる気がした。
そして運命の相手の再召喚の日は訪れた。私は参加するなと言われたが、もちろん参加する。
「運命の相手が現れた途端、レイがその相手に夢中になる瞬間をその目で見ることになるかもしれないのだぞ」
宰相の気遣いなのかそうでないのかわからない言葉にも、私は毅然として、最初の召喚の相手としてレイの隣に立つことを主張した。
「まあ好きにするがいい」
私は若干の好奇の目にさらされながら、前代未聞の、いや、過去に何回かあったという勇者の運命の相手の再召喚の儀式に立ち会うことになった。
気持ちが決まってしまえばあとは度胸だけだ。召喚する側の立場で召喚の儀を見るのは初めてなので、私は少しワクワクしなら神官たちが両手を掲げ聖なる力を召喚陣に注いでいるのを眺めた。
「指でやれば楽なのに」
と呟いて宰相に睨まれたのはご愛敬である。だが心の中では、レイが再召喚された運命の相手にころりと気持ちを変えることも覚悟はしていた。
私の隣ではレイが勇者らしくなく、何かをぶつぶつとつぶやいている。私はそっと耳を澄ませてみた。
「申し訳ないが、私には既に心に決めた相手がいます。いや、冗長か。すぐに家に返してあげるから。いや、これでは子ども相手のようだな。ここはやはり申し訳ない一択か」
どうやら断る練習をしているようで、神聖な場なのにちょっと笑ってしまいそうになった。そしてほんのりと心が温かくなる。
「そろそろです」
どうやら召喚陣に十分聖なる力が貯まったようだ。複雑に描かれた床の上の陣が白く輝き始めた。
その時ふらりとめまいのような感覚が襲ってきた。
「いや、待って、これ」
反射的に逃げようとしたがそのまま目の前がゆがみ、気がついたら、目の前にレイがいた。
前回と違ってレイに笑みはない。
「申し訳ないが、私には心に決めた人がいる」
「知ってる」
おかしくて笑い出しそうなのに、なぜか声が震えた。さっき練習していたままの言葉だ。レイはぎょっとした顔をしてやっとしっかり私の顔を見た。
「え? コトネ?」
「そうみたい」
私とレイだけでなく、周りの人も皆どうしていいかわからず戸惑っている。だがレイはすぐに膝をついて私を見上げた。
「コトネ。運命の相手でも、そうでなくても、あなただけがいい。どうか私と生涯を共にしてほしい」
伸ばされたレイの手に私はそっと手を重ね、バゲットを突き付けた前回とは違い、ニコリと微笑んだ。
「よろしくおねがいします」
「姉さん! レイ! おめでとうございます!」
呆然とした会場の雰囲気はアヤカの元気な声で破られた。
「さあ、運命の相手は二度も同じだったのだ。これで納得しただろう」
宰相の言葉は私に向けられたものではない。誰に向けられたものか確認はできなかったけれど、おそらく納得できない者もいるのだろう。私の性格からして困難が待ち構えているかもしれない。でも、
「コトネの運命の相手であるよう、努力する」
レイの心からの笑みとこの言葉があれば、どんなことにも立ち向かえそうな気がするのだ。
「次は私の番ですよ」
私の隣ではアヤカがふんふんと両手を握りしめて気合を入れているが、こんな素敵な友だちもいる。
決して住みやすい世界でも国でもないけれど、大事な人が増えていくのなら、そこで頑張るしかない。
宰相の皮肉げな口元を見れば幸せはまだ先のような気もするけれど、今度の運命は自分で選び取ったものだ。
「私も、レイの運命の相手であるよう、頑張る」
「共に幸せになろう」
やっとこの世界での居場所ができたような気がしたよね。
完結です。3週間ほどですが、お付き合いありがとうございました!