九十二話 暗殺
「きゃああっ!」
そう声を上げたのは、この図書館の最上階で本を読んでいた者だ。
突然の騒動に、図書館の利用者は誰もが逃げ惑う。
十人の内三人は俺とルーンに、残り七人はユリアへ駆けていく。
彼らの手には、もれなく鋭利な短剣が握られていた。
「刺客?!」
ユリアはすぐに剣を抜く。
ルーンは早速手を暗殺者に向け、言った。
「私は三人を抑えます!」
「頼む!」
俺はユリアに向かう者達に手を向ける。
ここで全員を倒してしまえば、ユリアが俺の魔法の腕に更に疑いを深めるかもしれない。
だが、飛び道具を持ってる可能性が排除できない以上……少しは見せてしまうことになるだろう。
「殿下! 伏せて!」
俺の声に、ユリアは言う通り身をかがめた。
俺はそのまま【放電】を放ち、七人の手を痺れさせる。
「っつ! な、なんだ! 手が!」
皆、突然の魔法に短剣を落し、手をかばう。
……これで一日は手を動かせないだろう。
だが、二人ほどすぐに口で短剣の柄を握り、ユリアに近づく者が。
そして彼らとは別に、足音が響いた。
そちらに視線を移すもそこには誰もいない。
が、足音と魔力で、誰かがそこにいるのは分かる。
【透明化】……こいつは、他の奴と動きが違うな。
人の形はしているが、この速さは人間のそれじゃない。
しかも、周囲に闇属性の魔力を纏わせている。
俺はまず、【放電】で短剣を口で咥える者を沈黙させる。
ばたばたと倒れる二人。
ちょうど、ルーンも三人を痺れさせたようだ。俺より加減がなってない【放電】なので、暗殺者は皆苦しそうな顔をしているが、死んではいない。
そして最後の一人……俺はそいつに【聖光】を力を抑えつつ放った。
すると、【透明化】していた者の周囲の闇属性は打ち消され、その姿を現す。
目以外を覆い隠した黒い装束……以前エルペンの近くで見かけた吸血鬼の服とは違い、こちらは動き易そうな服装だ。
俺が見る限りは、帝国の暗殺者とそう変わらない服装。
暗殺者は【透明化】が解けたことに気が付いたのか、すぐに短剣をユリアに放つ。
なので、俺は【風斬】でそれをはじき返した。
……投擲の腕も鋭い……こいつは他の雇われ暗殺者とは違うな。
そしてあの服装と【透明化】……
このまま【放電】で倒すか?
いや、一流の暗殺者は暗殺が失敗した時、証拠を残さぬため自らの命を絶つことも多い。
そして最後まで、暗殺対象を殺す手を打つはずだ。
今回の場合、ユリアの近くで爆発をすることも考えられる。
使いたくはなかったが……刺客の送り手も調べたい。
俺は暗殺者に【操心】を放った。
【操心】は無属性の最高位魔法。
非常に多量の魔力を要する魔法で、生物に対し命令をすることができる。
ただし、成功するかは対象次第であり、極端に成功確率は低い。
これは使用者や対象の魔力によって成功率が決まるわけではなく、本人の思考や性格次第といえる。
だが、今回の場合、【操心】は効いたようだ。
すると、暗殺者はぷつりと糸が切れたようにその場に立ち尽くす。
俺はそれを見て、暗殺者に【思念】を送った。
(……暗殺を止め、今夜、俺の指定する場所へと来い。場所は……)
宿の場所を伝え、更に俺は命令を続ける。
(自殺は禁ずる。また、誰にも見つからないよう、それまで身を隠せ)
俺が言うと、暗殺者はすぐに振り返り、その場から一目散に消えていった。
「あ、諦めた……?」
ユリアは去る暗殺者を見て、そう言った。
「殿下、お怪我は!」
俺はそう言って、ユリアに近づく。
その間、ルーンは周囲を警戒してくれた。
ユリアは自分の剣を鞘に戻し、俺に言う。
「いえ、なんとも……ルディス。ありがとう……」
「いえいえ、何事もなく何よりです。しかし、こいつら……」
「ええ。舐められたものね……まさか、こんな場所で暗殺しようなんて」
この図書館に入るには、身元を明かす必要がある。
しかも、ユリアのような王族は所有品を確認されることはないようだが、基本は荷物検査をされる。
もちろん、俺は自前の剣を【透明化】させているので、預けてはいないが。
ともかく、よくもまあこれだけの刺客を送り込んできたものだ。
「何事だ?! これは、殿下?! 殿下、お怪我は?!」
図書館に詰めていた兵士であろうか、二十人程武装した兵士が汗だくでやってきた。
彼らは倒れた暗殺者に剣を向け、ユリアを護るように周囲に展開する。
隊長らしき男が、口を開いた。
「そいつらは縛り上げろ! 殿下、ご無事で」
「ええ……私は大丈夫よ」
ユリアはそう言って、縛り上げられる暗殺者に顔を向けた。
「誰の差し金かしら? まあ、こんな強引なやり方……誰かは目星が付くけど」
暗殺者は目を逸らし、答える気配はない。
ユリアは刺客の送り手が分かっている? 誰だ……
「リュアックお兄様。そのような場所で、何をされてるのですか?」
最上階の椅子に一人腰かける金髪の男に、ユリアはそう言い放つのであった。
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