03 再び持ち上がった縁談
ユーエンの今後の身の振り方と立場は、私達の結婚報告を城に持ち帰った王太后様とマクシミリアン王子の返事次第だった。
王太后様が大公殿下に自ら連絡を取って、彼のことを相談なさるということだった。
こうなると私達が出来るのは、待つことだけだった。
その日の夕方になっても、まだ何の連絡もなく、やきもきしていたところだった。
「一体どうなってるんだ? まだ何の連絡もない?」
メイド達に確かめるけど、彼女達はただ首を横に振るだけ。
ユーエンは、夕食の準備をするとさっさと厨房へ行ってしまった。
こんな時でも彼は全くブレない。
私の目の前に電話があるのだけれど、音が鳴る気配もなく。
「父上が反対してるのかもね」
背後から掛けられた声に驚いて振り向くと、アレックスが腕組みして立っていた。
「ユーエンを認知していないからさ。まずそこからじゃないかな?」
「なるほど」
聞くところによると、アレックスの母上である公妃様は、別にユーエンのことを嫌ってはいないらしい。むしろ大公殿下が公妃様のご実家に気を遣って、彼を認知していなかったとか。
アレックスは私の隣に腰を下ろして、私のお茶を横取りして飲んだ。
「それ、私のだけど」
「……知ってる。間接キスしたかったんだもーん」
したかったんだもーん、て子供か!!
……アレックスも遠慮ないな。
「ユーエンと結婚するなら、僕の義理の姉さんになるんだ。弟なら、これくらい別に構わないよね」
「うーん?」
いいかはどうかは分からないけど、アレックスが凹んでずっと部屋に閉じこもっているよりかはいいのかな?
「姉弟のスキンシップくらい、これからもさせて貰うから」
「ええっ!?」
何その宣言!? でも実の姉弟だって、普通はそんなにベタベタはしないような?
「お兄さんも言ってた。嫁に行ったって、妹には変わりないって」
入れ知恵したのは、やっぱり兄上か。
その時、リーンと電話が鳴って、物凄い素早さでアレックスが受話器を取った。
「もしもし」
彼はしばらく電話の向こうの相手と話をしていたけど、話をしている内容がどうもおかしい。
「アストリアの?」
アストリアって隣国の大国の名前だ。どうして隣国が話に出てくるのだろう?
「その話は断った筈では?」
電話で話しているアレックスの顔色が、どんどん険しくなる。あんまり良い話ではなさそうだった。
「でもユーエンはジーンと結婚するんだよ? 聖乙女の選択は絶対でしょ?」
わ、私達の話? 一体何を話してるんだろう。
「ええ!? どうにかならないの!? そんなの酷いだろ!!」
電話は切れてしまったようで、しばらくアレックスは受話器を耳に当てたまま、放心状態だった。
「ねえ、どうしたの? 電話何だって?」
アレックスは受話器を静かに置くと、わたしの方をゆっくり見た。
「大変なことになった」
「何が大変なの?」
その時タイミング良く、ユーエンが部屋に入ってきた。
私達のただならぬ様子を察して、彼が声を掛ける。
「何かあったのですか?」
「ああ、ユーエン……大変なんだよ」
ユーエンは私達の向かい側に腰掛け、狼狽えるアレックスに厳しい口調で話を促した。
「大変とは何です? さっさと話をしなさい」
「アストリアの姫が、やっぱりユーエンと結婚したいって。大公になるなら、国王でも別にいいだろうって」
ちょっと何を言ってるのか一瞬分からなかったけど、以前彼が話していた縁談の相手だったのを思い出した。
でもそれは、はっきり断ったのでは?
「どういうことです? どうして私が大公になる話がアストリアに筒抜けなんですか?」
「そんなの簡単だよ。父上達が今滞在してるのは、アストリアの王宮なんだよ」
そ、そういうこと?
「外遊先で、アストリア側から招待を受けて、訪問したんだってさ。父上がバカだから、アストリアの国王の前でユーエンが大公になるって話をしちゃったんだ」
あちゃー、とはまさにこのことだ。
ユーエンは深い溜め息をついて、頭を抱えた。
「何をやってるんだ、あの人は」
「とりあえず、マックス兄様が急いで城まで来てくれって。ジーンのことも相談しようだって」
それで私達は取り急ぎ城へ向かうことになった。
留守番をするというアレックスを置いて、久し振りの車に乗って、二人で出掛けた。
道中の車内で彼は厳しい表情のまま、押し黙っていた。
彼は基本口数が少ない。何か考えている時は途端にこうなる。
それでも不安そうに横顔を眺めている私に彼が気が付いて、
「心配は要りません。結婚はあなたとしますから」
きっぱりそう言われたけれど、どうにも拭えないこの不安な気持ちは何だろう?
アストリア王国はこの国よりもずっと大きい、この大陸でも一位、二位を争う大国の一つだ。
そんな大国の一人娘である王女が、ユーエンを見初めたのだ。
一度は断った筈なのに、もう一度その話が持ち上がるだなんて。
「実は以前にこの話を断った時、主な理由が私の身分の話でした。庶子で認知もされていないので、王女のお相手には相応しくないと」
まあ、普通はそうなるよね。今の彼の身分は、貴族ですらない。
「しかし大公になるなら、話は別だろうということでしょう
ね。面倒なことになりました」
「ねえ、王女様ってどんな人?」
私の問いに、彼はちょっと戸惑った様子だった。
「まあ、美人ですね」
むっ、やっぱりそうなんだ。そりゃあ、大国のお姫様だからなぁ。
「王女が気になりますか?」
「そりゃあ、そうだよ。美人に迫られたら、あなただってイヤな気はしなかったでしょ? そもそも身分なんかあくまで建前でしょ? どうして縁談断ったの?」
「……そうですね。異国人だとか、身分だとか、そんなものは大した理由じゃないんでしょうね。単にしっくりこない、何か違う、でしょうか?」
「ようは気に入らなかったってこと?」
彼は少し笑って私を見た。
「見た目も申し分なく、明るく朗らかな方でした。それでも、彼女を見て何も思うところがないんです。だから違うのだと」
「私は? 私はどうだったの?」
「あなたと初めて会った時は大変でした。列車の横転事故で意識を失ったあなたを応急手当で衣服を緩めた時に女性だと気付いたんです。でも、病院に運ぶのに必死でその時は何とも」
まあ、そんなものだよね。
「でも病院で処置されて、眠っているあなたを見て、ああこの人なんだと漠然と思いました。それからもうあなたのことを考えない日はなかった」
「えっ?」
そんなこと初めて聞いた。
「私も大概です。人のことは言えません。アレックスが私と同じ気持ちであなたを相手に望んだ時、嫉妬しましたから」
嫉妬してたの? ユーエンが?
「堂々とあなたを望めるアレックスが羨ましかったです。だから、あなたの夫候補になれた時は嬉しかった」
彼にそう言われて、何だか胸がジンとした。
「……ちゃんと好きだから、あなたのこと」
少しの間が空いて、彼は言った。
「私もです。あなたを愛しています」




