08 果たされた約束《最終話》
マクシミリアン王子編の最終回となります。
多少のネタバレ含みますが、パラレルワールド扱いなので、他キャラendと関係はありません!
玉座に座る国王陛下が、マクシミリアン王子の姿を見て仰天した。
「お前、何故ここに!? 誰の許しを得てここにいる?」
「父上、私は誰の許しを乞う必要もありません」
陛下は王子を睨みつける。
「私は父上への反逆の罪で囚われましたが、それは冤罪です。私の婚約者が暗殺者に見えるなどと、父上は精神を病まれているご様子。私は王太子として退位を要求致します」
「これは何としたことか」
側近の大臣達が騒然と騒ぎ出す。
彼らは急遽呼び出されてここに集まっていたようだった。
「謀反です! これは謀反ですぞ!!」
「いいえ、それは違います」
王太后様がその場に現れて、皆が一斉に静まる。
「これは国王が王太子の婚約者に横恋慕したことで企てたことなのです。王太子を陥れ、それに乗じて婚約者を奪う気です」
ザワザワと辺りは騒がしくなる。
国王陛下は、玉座から立ち上がると私達を指差して声を張り上げるようにして叫んだ。
「お前達、揃いも揃って私を騙したな!?」
「先にありもしない罪をでっち上げて、私を嵌めたのは誰でしょう?」
マクシミリアン王子は晴れやかに微笑む。
この人を敵に回したら絶対にいけないと思う瞬間だった。
「退位を。南の地は気候も穏やかで、心の病の療養にも良さそうですよ」
否とは言わせない勢いの強い口調だった。
その言葉を聞いて、王太后様も申し出られた。
「私も一緒に参ります。暖かな地で、親子水入らずで少しゆっくりさせて貰いましょう」
まさに電光石火の交代劇だった。
側近もこうなると口出し出来ず、国王陛下の退位は瞬く間に決まってしまった。先立って出されていた触書きの通りとなり、王太子であるマクシミリアン王子が王位を継承することとなった。
一時はどうなることかと思ったけれど、あっという間に何もかもが上手く収まってしまった。これで禁書の解読が上手くいって、聖乙女の契約の破棄まで上手くいってしまったら、もう言うことなしの万々歳だ。
王子は結婚式に合わせて国王に即位することが決まった。
大体的なお披露目は、来月の結婚式後となる。
これで私は王太子妃でなく、いきなり王妃となることが決まってしまったのだった。
これから彼はもっと忙しくなる。
国王陛下の側近達を、一気に更迭したからだ。
お陰で新たに任命された新宰相は一人で何役も兼任することになってしまった。
「いきなり呼ばれて、宰相を押し付けられるとは」
執務室で愚痴を垂れながら、物凄い勢いで仕事をこなす兄上を横目で見ながら、私は書類の整理を手伝っていた。
「これの判子を貰ってこればいいの?」
「ああ」
完全に兄上の秘書みたいになっていた。私なら給料も掛からないからとこき使われているのだ。
もちろん、体調と相談しながら働いている。
幸いにもつわりもなく元気そのものだ。
元々体力だけはバカみたいにあるので、これくらいどうってことなかった。
兄上から預かった書類を持って、私は彼の部屋を訪ねる。
「やあ、君か」
意外にも、彼は悠然とお茶を飲んでいた。
私は多少呆れつつ、その向かいの席に腰を下ろした。
「兄上に殆ど押し付けてませんか?」
「有能だからねぇ、彼は」
あの兄上を顎で使えるのは、後にも先にもこの人だけだろう。
それにしても、あの兄上がよく引き受けたものだ。
地位や名誉に何の興味もない人なのに。
「殿下、兄上から決済の書類を預かってきました。ここに判子をお願い致します」
「それより、いい加減名前で呼んで欲しいのだけれど?」
「……!!」
実はマクシミリアン王子から、敬称で呼ぶことと敬語を辞めるように言われていた。
夫婦になるのだし、何か他人行儀でイヤだと言われて。
私はおそるおそる愛称で呼んでみる。
「…マックス?」
「何だい?」
「……やっぱり慣れません!!」
「マヌエルと話すみたいにしてごらん?」
兄上とか。うーん。
「なかなか難しいよ」
「そうそう、そんな感じ」
彼は私の腰を引き寄せて、自分の膝の上に座らせた。
今は部屋に誰もいないからいいけど、近頃の彼は所構わず私に触ってくるので、つい人目を気にしてしまう。
彼はいつものように笑いながら、私の目を見つめて言った。
「もう一度、名前で呼んでごらん?」
「──マ」
私が口を開きかけた時、背後から厳しい声が響いた。
「人に仕事を押し付けて、イチャついてんじゃない!」
いつのまにか、兄上が鬼の形相で立っていた。
いけない!! 急ぎの書類だったっけ?
「ヤキモチかい? お義兄様」
「誰がお義兄様ですか? いい加減仕事して下さいよ!」
「私が楽をする為にお前を呼んだのだから。頑張ってくれないと困る」
「はあ!?」
兄上は苛立ちを隠せない様子で、勝手にデスクの引き出しから、王印を取り出して先ほどの書類に判を押し始めた。
いいのかなあ? それ?
「はい、これ。目を通しておいて下さい」
「後で見とくから、そこに置いておいてくれ」
「今、お願いします」
兄上は満面の笑顔で、王子に詰め寄った。
でも私は知っている。兄上のその笑顔は、今にもキレそうなのを我慢しているのを隠す為のものだ。
ヤバイ!! 相当ヤバイ!!
王子は渋々、全ての書類に目を通して兄上に手渡すと、
「伯父ちゃんは怖い人だね」
私のお腹に向かって小声で話しかけた。
ダメです! それ兄上の神経を逆なでするだけです!!
ていうか、むしろわざとやってるのだろう。この人のことだから。
「いい加減にしないと、妹を里帰りさせますよ?」
「それは困る。お前が彼女を連れ帰ったら、二度と城に返さないだろう?」
兄上は不敵にも笑った。
「よくお分かりで」
兄上も兄上だ。
「お前に宰相を任せたのは、私の配慮だよ。愛する妹の傍にずっといたいのだろう?」
「それで傍で見せつける気ですよね? 本当にイヤミな人ですね」
「さすが、よく分かってるじゃないか」
王子はそう言うと、兄上の目の前で私にキスをした。
それを見て兄上は額に手を当てて溜め息をつく。
やっぱり王子の方が一枚上手だ。
「仕事に戻ります」
兄上は踵を返して足早に部屋を出て行った。
その背中を見送って、私達は再び見つめ合う。
「さあ、邪魔者はいなくなった」
「仕事しなくていいんですか?」
「いいんだ」
彼はこれ以上ないくらい優しく笑った。
いつも皆の前で浮かべる偽善的な笑みとは全く違う。
私達は何度もキスを交わして、兄上に後でまたこってり油を絞られることになった。
それから、私達は忙しい日々を送り、あっという間にその日を迎えることとなった。
王都の街は、年に一度の収穫祭で大いに沸いていた。
年々作物の収穫率が落ち、今年の収穫祭の開催は危ぶまれていたけれど、今年の秋の収穫は去年よりも若干回復し民の顔色もも心なしか明るい。
そして、先日クロエ様とラファエルの手により、古の神との契約を破棄することに成功していた。
私は現場を見た訳ではないけれど、その場にいたラファエルの話では『あんなものは神ではない』とだけ。
それ以上私達が知る術はなく、聖殿の中にあった聖なる泉の水が瞬く間に枯れて、事情を知らない神官達は凶事の前触れだと騒ぎ立てた。
それを全否定し聖乙女の廃止を宣言したのは新宰相の兄上だった。
現聖乙女の兄であり、初代聖乙女の直系の血筋でもある彼の言葉には説得力があった。
「長きに渡る神との契約が切れたのです。ただそれだけです」
私達の都合で契約を破棄したことは伏せられた。
事情を知らない人間から、あまりに自分勝手なことだと思われても困るからだ。
聖乙女の実情は一般には知らされていない。
「突然加護が消え去るとは! そんなことはあり得ない」
「現にこうして起こったんだ。……いい加減気付けよ。聖乙女がいないだけで国土がこれだけ荒れるんだ。繁栄が約束された筈なのにおかしいだろ? もうこの国に神の加護なんか必要ないし、聖乙女なんか要らないんだ」
この兄上に剣幕に、神官の誰も反論出来なかった。
それで他国を牽制する為に、名目上聖乙女の名だけ残されることとなり、私が聖殿に入る必要はなくなった。
私達の結婚式は城内にある聖堂で厳粛な雰囲気の中で行われてた。
私のウェディングドレスはロングトレーンの裾の長いもので、この日の為に作ったオーダーメイドだ。
バージンロードをエスコート役の兄上と二人で歩く。
父上は直前で腰を痛めてしまって、うまく歩けないからと急遽兄上が代役に立ったのだ。
「何が楽しくて、お前のエスコート役までやらなければならないんだ?」
「仕方ないでしょ? 文句言わないでよ」
兄上は終始笑顔だったけれど、ずっとブツブツ文句を言っていた。
「何でよりによってアイツが相手かなあ? 正直一番お前をやりたくなかった奴だ」
本当に兄上と彼は仲が良いのか悪いのか。
「彼は兄上のことが、嫌いじゃないって」
「へぇ、僕は大嫌いだ」
祭壇の裏のステンドグラスから降り注ぐ光に照らされ、マクシミリアン王子の姿が遠い日の幼い微かな記憶と重なる。
『大きくなったら、僕の妃にならないか?』
これは何? まだ物心もついていない時のことなのに。
「どうした?」
兄上の声がして私は我に返る。思わず足を止めてしまっていたようだ。
「ああ、何でもない」
「結婚が嫌なら、辞めてもいいんだぞ?」
兄上ったら、まだそんなことを!
「そんなんじゃないから!」
今垣間見えた幼い頃の彼の姿と、今の彼の姿が重なり、私は何かとても納得がいった気がして呟いた。
「約束は守らなきゃね」
祭壇の前で待つマクシミリアン王子の元へ。
私達兄妹はゆっくりと歩を進めた。
《完》




