06 苦手な駆け引き
それから私とマシュー王子は、人目を避けてそれぞれの部屋に戻った。衛兵の監視の目もあるし、あまり二人でこれ以上密会するのもまずいということで。
マクシミリアン王子は別れ際、私達にくれぐれも念を押した。
「何が何でも、禁書を条件にしろ。私のことは気にしなくていい」
それで国王陛下が応じるだろうか? 王子の話では、私との結婚を条件に出せば、必ず応じると言う。
とにかく、私が国王陛下を懐柔する他ないのだ。
結婚を餌に、出来るだけ良い条件を引き出さなければ。
部屋に戻るなり、私付きのメイドが待っていたと言わんばかりに告げた。
「ジーン様、王太后様がお会いしたいと申されています」
王太后様からの呼び出しだ!
マクシミリアン王子のことがお耳に入ったのだ。
私はすぐに着替えて、王太后様のお部屋に伺った。
私の顔を見るなり、王太后様は悲痛の表情を浮かべて優しく抱擁して下さった。
「なんて可哀想に」
私の手を優しく握って、バルコニーのガーデンテーブルへと誘う。
気持ちが落ち着くという特別製のハーブティーを頂きながら、人払いをして二人きりで話をした。
「王にも困ったものです。すぐに王太子を解放するように言ったのですが、頑として聞き入れないのです」
王太后様は既に救出に動いてらっしゃったのだ。
それでも解放されないなんて、陛下は本気なのだろう。
「全くもって馬鹿げています。王太子が父王の命を狙うだなんて」
「本当に濡れ衣なんです。殿下は何もしていません。私が独断で、本をお借りしようと忍び込んでしまっただけなのです」
私は思い出しただけで涙が目の端に滲んだ。
「また、どうしてそんなことを」
私は王太后様に何もかも説明をした。
聖乙女の契約を破棄したいがために、秘伝の禁書を手に入れたかっただなんて、王太后様からしたらとんでもないことだと思うだろう。軽蔑され、非難されてもとても文句も言えない。
聖乙女の過酷な事情を、少しでも知ってもらいたかったけれど、自分が助かりたい一心でやったとは思われたくはなかった。それだけは絶対に違う。
これから私と同じ血を引く子供や孫達が、同じような目に遭うのを避けたかったからだ。
「聖乙女の本当の事情は知っていました」
全てを話し終えた後の王太后様の答えは意外なものだった。
「しかし、私達は見て見ないフリをしていました。聖乙女一人に重責を押し付けて、本当にごめんなさい。無力な私達を許して」
逆に謝られて、私は戸惑いを隠せなかった。
「王家の人間として、王の母として、あなたに不憫な思いはさせません。必ず王太子は放免させてみせます」
王太后様が力強くそう言って下さって、百人力のように思えた。マクシミリアン王子のことは、王太后様に任せておけば悪いようにはならないだろう。
「あなたとマックスの婚約は、既に国民の知るところです。今さら花婿が国王に取って代わるだなんて前代未聞。父親と息子で、一人の娘を奪い合うだなんて、王家の恥もいいところですよ」
王太后様は、国王陛下にかなりご立腹のようだった。
たとえ、陛下が強引に私と結婚を推し進めようとしても、絶対に認めないと約束してくれた。
後は国王陛下と私との駆け引きの結果次第だ。
ただ私はこういったことは苦手だ。口下手な上、兄上と違って要領も良くない。
悩む間に時間はあっという間に過ぎ、約束の刻限になってしまった。
私は国王陛下の部屋へ重い足取りで向かった。
衛兵は私の顔を見ただけで、部屋の中に通してくれた。
奥の寝室のベッドに腰掛けて、陛下が待っていらした。
「よく来た。こちらへ」
戸惑う私に、陛下は優しく微笑んだ。
その笑顔は思ったよりあどけなく、どこかマクシミリアン王子の面影を感じた。
陛下の前で立ち止まり、畏まって礼を取った。
「ご機嫌よう、陛下」
王妃という身分と、年齢差に気後れしてしまったけれど、結婚相手としては申し分ないどころか、素晴らしい相手なのはもちろん分かる。もし私が聖乙女でなかったら、以前の婚約騒ぎの時に父上にでも強引に嫁がされていたことだろう。
「そなたの答えを聞きたい。私の妻となってくれるか?」
今夜は酔ってはおられないようだ。ひたすら真摯な眼差しで私を見つめる。
「それは、私には見に余る光栄でございます」
私がそう言うと、陛下は私の両手首を掴んで自分に引き寄せた。
私は咄嗟のことで、陛下の胸の中に飛び込む形になってしまった。
「陛下!?」
「皆まで言うな」
顔を上げると激しくキスされて、私は眩暈がした。
顔を背けようとするのに、追いかけてきてキスが繰り返されてしまう。腕を掴まれているので逃げられない。
キスされるだけで、頭の中が真っ白になる。
部屋の中に響く私達のキスする音。
「いけません!!」
ようやく唇を外し、私は叫んだ。
「何故だ? 王妃になるのがそんなに不服なのか?」
私はその場で膝をつき、深く頭を下げた。
「その前にお願いがあります。禁書をどうかお貸し願えませんか?」
陛下は私をじっと見据えた。
「てっきり王太子の命乞いをすると思ったのだが、そこまでして禁書が欲しいのか?」
「切にお願い致します」
陛下は立ち上がり、私をただ黙って見下ろした。
私はお声が掛かるまでただひたすら頭を下げていた。
私に駆け引きなどとても無理だ。ただこうして頭を下げてお願いすることしか出来ない。
「……禁書だけだ。王太子の命までは保証出来かねるぞ」
「ありがとうございます」
陛下は私の手を取り、立ち上がらせた。
「禁書はこちらだ」
陛下はおもむろに本棚の本を何冊か乱雑に落とすと、その奥の壁のスイッチを押した。すると本棚自体がドアのように開き、奥に地下への階段が現れた。
「行くぞ」
陛下は燭台を手にすると、私を誘導して中へと進む。
階段を少し降りると、様々な宝飾品、絵画が飾られていた。
その中に一冊の大きな本。革張りの装丁の年季の入った本があった。
「原本はとうに失われている。それは何台か前に写したものだ。役に立つかどうかは分からぬが」
私は本を受け取って、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「そんなもので一体何をしようというのだ?」
やはり黙っている訳にもいかないだろう。
私は正直に事情を話した。
「何だと!? 聖乙女の契約を破棄するだと?」
機嫌を損ねて、禁書を貸して貰えなかったらどうしよう?
こんな時、自分の馬鹿正直さに腹が立つ。
「聖乙女が常に現れるとも限りません。不在が長いと今のように国土が荒れ、民が苦しみます。それに私も自分の力を制御出来ず、自分の寿命を縮めています。歴代の乙女が皆そうです。一度、契約自体を見直すべきかと思うのです」
「確かにそう言われると理不尽だし、何よりそなたを聖殿の神官どもに奪われるのも癪だ。破棄出来るものならばそうせよ」
え、あっさりお許しが出た? もっとごねられるかと思ったのに。
神官どもに奪われるって、やっぱり理由はそこなんだ。
「上手く破棄出来た暁には、そなたは晴れてこの城でずっと暮らせるのだろう? やはり王の傍に王妃がいないのは不自然だ。辞めれるものならば聖乙女など辞めてしまえ」
ええ、辞めれるものなら辞めたいです。
それにしても、陛下はやっぱり私が最優先なんだ。
……この国の民よりも。
それは少しショックだった。やっぱり自分の生まれ育った国の王には、良い王でいて欲しいのだ。元聖騎士として国家に忠誠を誓った身としても。
「さあ、私は約束を果たしたぞ。そなたも約束を果たして貰おうか」
さあ、ここからどうしよう?
とにかく本を手に入れることで頭が一杯だった。
助け舟を出してくれる王子はここにはいない。
ここは自分でどうにかして切り抜けるしかないのだ。




