04 難し過ぎたミッション
私は心の中で、思わずマクシミリアン王子の名を呟く。
私はどうすればいいですか!?
「錯覚しそうだ。彼女と同じ香り、同じ抱き心地」
彼は途端に体を離して、私の両肩を掴んで顔をもう一度よく見た。
彼の淡いペールブルーの双眸が私をまっすぐに射抜くように見つめる。
さすがに瞳の色までは変えられない。
彼の双眸に映る私の瞳の色は、紛れもなく紺碧の青だ。
「……ジーン?」
ああ、バレちゃった。
マシュー王子は確信したようで、私の髪を掴んで引っ張った。
ズルリとカツラが外れて、その下から自前の金髪が露わになった。
マシュー王子は、完全にちょっと怒っているようだ。
「何してるんだ? そんな格好をして私を弄ぶ気か?」
「べ、別にそういう訳では」
「君がそういうつもりなら、もう遠慮なんかしない。何なら兄上から奪ってやろうか?」
そのまま奪うような激しいキスをされて、彼が本気なのが嫌でも分かる。
「ちょ、ちょっと待って!!」
そのままソファに押し倒されて、強引に押さえつけられてキスされる。
「ジーン、やっぱり諦めきれない」
「いや、ダメです!!」
私はもうあなたのお兄さんと婚約してるんですよ!?
しかし彼の力はとても強くて、逃げられない。
「殿下!!」
「マシュー、ジーンを離せ」
いつのまにか、マクシミリアン王子が部屋に乗り込んで来ていた。
「……兄上」
腕を押さえる力が緩み、その隙に私は逃げ出した。
「誤解だ。彼女はお前を弄ぶ気なんてない」
マクシミリアン王子は、私を引き寄せて抱き締めた。
マシュー王子はその様子を見て、とても苦い顔をした。
「話を聞け。これは父上の部屋から禁書を拝借する為なんだ」
「は?」
そこで、マクシミリアン王子はマシュー王子に事情を説明した。私の変装がどこまで通用するか試す為だったと。
「うーん、一見すると分からないが。私は正直、ずっと君のことを考えていたから。似たような年齢と背格好で自然と君に見えてしまった」
私は唖然とする。
「いい加減諦めないか? ジーンはもう私の妃になるんだぞ?」
「私は生涯、君を愛すると誓った。たとえ兄上と結婚したとしても、それは変わらない。君への愛は貫く」
ええっ!?
「……重すぎるぞ、お前」
マクシミリアン王子はさすがにドン引きしている。
マシュー王子が、一途な人だとは知っていたけど、まさかここまでだとは。
「兄上が先に身罷ったら、彼女は私が引き受けよう」
ひえぇ、本気ですか?
「お前、まさかこの先も結婚しないつもりか?」
「私が結婚するのはジーンだけだ」
結局マシュー王子の意思は固く、私達がどうこう言ったところで曲げられるものでもなかった。
人の心は自由だ。彼が私を想い続けるのを、止める権利など私にはない。
何とも言えない微妙な雰囲気の中、私は話題を変えようと話を振る。
「それよりほら、作戦どうするの?」
「ああ、そうだった。協力してくれ、マシュー」
マクシミリアン王子も、その話題はもううんざりのようだった。
「ジーンの為なら何でもするが、さすがに父上の部屋に盗みに入るだなんて、危険だ」
「盗むんじゃない。ちょっと借りるだけだ」
黙って勝手に持ち出すのだから、どちらも変わらないのでは?
「危険だから、私がやるんです」
国王陛下の寝室から盗みなんかやらかしたら、極刑に処されても文句は言えない。
でも私なら、さすがに処刑はされないだろう。
聖乙女は今この国に、私一人だけ。
たとえ幽閉はされたとしても、殺されることはない。
それは王子達も分かっている。
「それにしても君はバカだな」
また言われた!! 皆、私をバカ扱いするんだから。
ふくれっ面になる私を、マクシミリアン王子が宥めた。
「父上はまだ晩餐会に出ている。やるなら今のうちだ」
それで私は念入りに再び変装をして、メイドに化けた。
このままこの部屋で待つと言う王子達と別れ、私は国王陛下の部屋に移動する。
メイド長が部屋の前で待っていて、部屋の鍵を開けてくれた。
「陛下はまだ戻られていませんが、いつ戻って来られてもおかしくはありません。お急ぎ下さい」
「ありがとう」
私はカムフラージュの為の掃除道具を持って、部屋の中へ。
国王陛下の部屋は、尋常でない広さで豪華なものだった。
以前私がいた王妃の部屋よりも、さらに広い。
私は奥の寝室にまっすぐに向かった。
そこには天蓋付きのキングサイズのベッドが置かれていた。
まさに王に相応しい寝所だった。
国王陛下とあのまま結婚していたら、ここで寝ることになってたのかなぁ? あの陛下と?
そんな想像を思わずしてしまって、私は頭を振った。
いけない、さっさとミッションを遂行せねば!!
この寝室だけで一体どのくらいの広さがあるのだろう?
でも、私はこのミッションがかなり難題なのだと気付いた。
寝室のさらに奥の間、なんと部屋全面の壁に本棚が置かれていた。
えっ、まさかこれだけの本の中に目的の禁書が?
こんなの探し出すのに、どれだけかかるか。
王子達も知らなかったんだ。基本、寝室にまで立ち入ることはないだろうし。
どうしよう? さすがに時間が足りない。
それでもやるしかないので、私は片っ端から探し始めた。
今回はダメでも、何度も通って地道に探すしかないか。
私は時間を気にしながら、本の背表紙を指で追う。
やっぱりなかなか見つからない。
見つからない苛立ちと、いつ戻ってくるかの焦りで、私は呼吸が荒くなる。
悪いことをしているという自覚はある。でも私がやらなきゃいけないのだ。
「何をしている?」
「!!」
私は心臓が跳ね上がる。ゆっくり振り返ると、国王陛下その人が私を見つめていた。
「お前はただのメイドだろう? なぜそのメイドが私の書棚を漁っているのだ?」
「も、申し訳ございません」
私はその場で土下座した。咄嗟に思いついた言い訳を口にした。
「本好きで、こんなに珍しい本を見たのは初めてでしたので、つい、興味が勝ってしまって」
「ほう、本好きか。そなた、新入りか?」
顔をあんまり見られるとマズイ。頭を下げたまま許しを乞うしかない。
「……はい。新しく配属されたばかりで、ついお部屋の物が珍しくて。どうかお許し下さい」
──沈黙が続き、私は顔を上げることも出来ない。
陛下は何をお考えのなのか。
ただ本を見つける前で良かったのかも。盗んだ後だったら、ただでは済まなかっただろう。
「顔を見せろ」
私は仕方なくおそるおそる面を上げる。
陛下は膝をついて、私の顎をクイっと上げた。
マクシミリアン王子とよく似た緑色の目が、私を射抜くようにただ見つめる。
逃げられない!!
「ほう、美しい目をしている」
「とんでもございません」
私は慌てて顔を背けた。
「そなた、王妃にならぬか? どんな贅沢も思いのままだぞ?」
「ええっ!?」
陛下は私を軽々抱き上げると、そのままあのキングサイズのベッドまで運んだ。
まさかこんな形で、このベッドに寝ることになるなんて。
陛下からかなりお酒の匂いがした。相当酔ってらっしゃるのか?
マズイ!! 私だとバレてるかどうかは分からないけれど、そうでないにしろこのままじゃマズイ。
「お許し下さい!!」
「しっ、黙ってろ」
キスされる形で口を塞がれて、私は激しく抵抗する訳にもいかず、されるがままだ。
「可愛がってやる」
何が楽しくて、今日だけで親子三人を相手にしなきゃいけないの? これはどんな罰ゲームだ?
「お願いです!! やめてください」
胸元のボタンを外され、胸を弄られた。
陛下はとてもやめてくれそうにない。
さすがにこのままじゃ犯される。そういえば前にもこんなことがあった。
あの時は、王子が助けに来てくれたけど、今回ばかりは私が自分自身で切り抜けるしかない。
その時、寝室の外から遠慮がちに声が掛けられた。
「陛下、緊急に王太子殿下がお会いしたいと、お部屋の前でお待ちなのですが」
王子がすぐ外に来ている!?
私が戻らないから、心配して来たんだ。
「取り込み中だ。後にしろ」
やや、強い口調で陛下が答えた。
「こんな時間にあいつが来るとは。まさかお前、王太子の差し金か」
私は目一杯首を横に振る。
禁書を狙っていたことを知られたら、今後の入手が難しくなる。
「なら、私の好きにさせろ。ただのメイドを王妃にしてやると言ってるんだ。そして私の子を産め。あの生意気な王太子を廃して、お前の子を後継にしてやる」
「ええっ!?」
「あいつは、聖乙女を私から奪った。あの娘は、私の後添いにと初めて望んだ娘だ。今でも出来ることなら奪い返してやりたい」
陛下がまだ私を諦めていないのは本当だったんだ。
それにしても、私を巡ってマクシミリアン王子と不仲になってしまっているだなんて。
「想う方がおられるなら、このようなことはなさらないで」
陛下は、私の顔をじっと見つめた。
マクシミリアン王子と同じ色の双眸が、私の正体をまるで見透かすようだった。
「はっはっはっ! そなたに一瞬で惹かれた理由が分かった。私の目は節穴ではなかったのだな」
そう言うと、陛下は私の黒髪のカツラを一思いに引っ張って外してしまった。
再び露わになる私の自前の金髪を、陛下は愛おしそうに一筋掬ってそこに口付ける。
「やはりそなただったか」
押さえられていた腕を外されたので、私はすかさず体を起こした。
「この国の王を謀るなど、どういうつもりだ?」
「それについてはいくらでも罰を受けます。ただ禁書を貸して頂きたいだけなのです。どうかお願いです」
陛下は私の懇願を無視して、大声で叫んだ。
「衛兵!!」
すぐさま部屋の前にいた衛兵が部屋の中に入り込んできた。
「お呼びでしょうか? 陛下」
「マクシミリアンを直ちに捕らえろ」
「!!」
衛兵は一礼すると部屋を出て行った。
「陛下、おやめ下さい!!」
血の気がサーっと引いていく。
まさか王子を捕らえるだなんて。
「これは、私の一存でやったことです。殿下は関係ありません」
陛下は不敵な笑みを浮かべながら、私の髪を優しく撫でた。
「私の部屋に不審な女がメイドに扮して忍び込んだ。その女は何と王太子の手先で、私の命を狙った。これは立派な反逆行為だ」
「そんな! 違います!!」
そんなの完全にでっち上げだ!!
陛下はこれを機に、マクシミリアン王子を失脚させる気なんだ。実の息子だというのに。なぜ!?
「でしたら、その女を拘束すべきです。どうかその女を罰して下さい」
すると、国王陛下はとんでもないことを言い出した。
「その女は既に消えた。ここにいるのは、婚約者を救ってくれと懇願に来た女だ」
そこまでして私を手に入れたいの!?
これは全て罠だったんだ。
王子を追い落とし、私をただ手に入れる為だけの。




