01 朝日の見えない朝を迎えて
これ以降の話は全てエンディングとなります。
マクシミリアン王子との恋愛エンディングです。
※注意※
他のキャラとのエンディングがご希望の方は適度にスルーして下さい。
数話続く予定です。
意を決してノックをすると、やや間を置いてドアが開きマクシミリアン王子が顔を出した。
彼は少し笑うと、私を部屋の中へ招き入れた。
「……そろそろ来ると思っていた。どうぞ」
彼はもうシャワーを浴びたようで、赤い髪がまだ濡れたままだった。
同じ石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。
彼も同じ匂いを感じているのだろうか?
私の部屋と広さは変わらない。冷たそうな壁と床に置いてあるのはベッドが一つ。これでは話をするにしても、ベッドに腰掛ける他がない。
「君のしたい話は分かってる。聖乙女の契約破棄についてだろう?」
やっぱりこの人にはお見通しなのか。
「いや、正確に言うと契約破棄の詳細を知る唯一の手掛かりの禁書を、私がどうやって手に入れようとしているかを気にしている。違うかな?」
私は頷いた。
おそらく国王陛下にお願いしても決して貸しては下さらないだろう。
むしろ、聖乙女の契約破棄だなんて口にしたら、捕らえられて罰せられるかもしれない。
マシュー王子のように国王陛下が保守的な考えをお持ちなら、なおさらだ。
「君の為には直ちに入手して、契約破棄が可能ならそうしたいところなのだが」
「殿下は、契約破棄に反対ではないのですか?」
少し食い気味に、私は質問を投げかける。
彼はクロエ様の前では、最後には同調して禁書の入手も努力してみると言ってはいたけれど。
「この国の王太子としては、私は失格なのだろうな。だが、愛する君を苦しめるこの役目が、もし無くせるのものならば私は無くしたい」
「殿下」
隣合って座る私達は、お互いに見つめ合った。
彼のエメラルドグリーンの眼差しは真剣で、何か思い詰めるような色さえ浮かぶ。
何だろう? このどうしようもない不安は。
「さて、密室に二人きり。君はこの状況を分かっているのかな?」
「あ、あの、えっと」
いざ、こう向き合うと緊張して声が出ない。
彼はそんな私に対して、いつも余裕の表情だ。
どうしてこう、いつも自信満々なのだろう?
やっぱり生まれながらにして、国王になるべくしてなる人物だからだろうか?
「私はこのチャンスを逃すつもりはない」
ここは既にベッドの上だ。私は逃げるに逃げれない。
クロエ様に貰った薬は飲んでいるし、ブレスレットのお陰で寿命のリミットも伸び、全ては秋に結婚してからでも間に合うはず。
だからそんなに焦る必要はないのだけど。
「私はただ、話をしに来ただけです」
「構わないよ? 思う存分話をしよう。夜は長いし、それからでも遅くはないし」
いつものようにニコニコして彼は笑う。
つまり、私を部屋に帰す気はないということだ。
「もし全てが上手くいって、私が役目を解かれたら、殿下はどうなさるおつもりなんですか? 夫候補も全てなかったことにされてしまうのですよね?」
夫候補は立候補制だけれど、それは私が聖乙女だから何人も候補を持つことを許されるのであって、そもそも聖乙女でなくなれば、結婚すらおそらく簡単には許されない立場だ。私は名ばかりのしがない没落貴族の娘。かたや王族や名門貴族の面々だもの。兄上やラファエルは例外だけれど。
私の不安を払拭するかのように、王子は少し笑いながら言う。
「私は君がただの娘に戻ったとしても気持ちは変わらない。たとえ周りがなんと言おうと、君と結婚する。まあ、実際に君は伯爵家の令嬢だ。何の問題もないよ」
結婚するって言い切った!!
私の意思など、この人からしたら二の次なんだ。
「私の妻は、後にも先にも君ただ一人だけだ」
「そこは絶対なんですね」
彼はクスクス笑いながら、私の肩を引き寄せた。
「そこは譲れない。聖乙女でなくなったしても、君は王太子妃で、そして将来は王妃になるんだ。
「私にはとても勤まりません」
王妃なんて重責はとても私には無理だ。宮廷マナーやダンスなど、いわゆるレディとしての嗜みが全部私には苦手な分野だ。
今も聖乙女として、それらを身に付けるように言われているけれど、男として育った私には難しいことこの上ない。
ダンスの男性パートなら、何とか踊れるというレベルだ。
「君が私との結婚を渋っているのは、そこなんだな。では、私が王子でもなんでもなくて、ただの男なら?」
王子が王子でもなんでもなかったら?
そんなこと考えたこともなかった。この人の前ではどんなに本心を隠しても、簡単に見透かされてしまう気がして。
私はきっと王子に惹かれている。けれど、彼と結婚するということは、将来の王妃になるということ。それがどうしても枷となって、彼を受け入れられないでいる。
でもその枷がなかったら? 私の中で答えは一つだ。
「……結婚を受け入れると思います」
「やっぱりな」
マクシミリアン王子は、それは晴れやかに嬉しそうに笑った。
いつもの思わせぶりな笑みではなく、心から喜びの溢れる笑顔だった。
「私を愛しているなら、一緒に頑張らないか?」
「え?」
王子は私をぎゅっと抱き締めた。
そして耳元で囁いた。
「君がダンスが苦手なら、君が男性パートを踊ればいい」
私はぷっと吹き出した。
「殿下が女性パートを踊るのですか?」
「そう。私が女性パートを踊る」
顔を見合わせて、少し笑いながら額と額をくっ付けた。
この人は本気でやりかねない。
そういう人なんだ。だから好きなのかもしれない。
「君はレディとして充分条件を満たしてるよ。何も心配は要らない。自己評価が低過ぎるんだ。もっと自信を持って」
彼は私の両頬を優しく両手で包み込んで引き寄せた。
軽く一度キスして、彼は私をこの上なく愛おしさの溢れる目で見つめた。
「君を聖殿に入れたくない。ずっと私の傍に置いておきたい」
私も知識としてしか知らない。春になったら聖殿に住まいを移して、許可が出ない限り私は自由に外も出歩けない。
「あそこは今閉ざされていて、私ですら中に入れない。王権が及ばないんだ。お陰で司祭達はやりたい放題だ」
王子は少し難しい顔をして考え込んだ。
「確かにクロエの言う通りなのかもしれないな。あそこが牢獄だというのは、あながち間違いではないのかもしれない」
私は現実を突きつけられた。聖殿に入るということはそういうことなのだ。
今のままでは決して逃れられない、決められた運命。
私は堪らず自分の両腕を強く抱き締める。
今まではあまり深く考えないようにしていた。ずっと遠い未来のように問題を先送りにしていただけなのだ。それがすぐ目の前に迫っているというのに。
そんな私を彼は優しく抱き締め、その髪を撫でた。
「君は私が守る。決して司祭達の好きにはさせない」
まっすぐ私を見つめる双眸は、これ以上ない真剣な色を映す。
「すぐ契約破棄が成されないとしても、聖殿での処遇を改善させると約束する。君はただの聖乙女ではない。未来の王妃だ」
「殿下」
再び私達はキスした。お互いを貪るように、激しいキスを交わす。私は不安を打ち消すようにただ彼を求めた。
それからはまるで、夢のような時間だった。
私は完全に自分がただの女であることを思い知らされた。
目覚めた時、隣に当たり前のように彼がいて、ちょっと驚いてしまった。
彼は私よりも早く目を覚ましていたようだった。
ひょっとすると、眠っていないのかもしれない。
「何時ですか?」
彼は時間を把握していたようで、教えてくれた。
「おはよう。もう朝の七時を回っているようだよ。ここは窓がないから、朝かどうかも分からないね」
彼は私の額に軽くキスした。
確かにこんな薄暗い地下の部屋で、眠るのは初めてだった。
私は体を起こそうとしたけど、ふと何も着ていないことに気付く。
これじゃあ、布団から出れない!!
元々シングルのベッドなので、二人で寝るには狭い。
彼は片肘をついて、私をずっとニコニコ見つめている。
「起きないの?」
まるで夢から醒めたみたいだ。
後悔している訳ではないけど、ちょっと心が追いついていないというか。こうなってしまったことに実感が湧かないというか。
「王都に戻ったら、君を私の隣の部屋に移そう。それで君にすぐ会える」
「もう!! そんなことを口に出して言わないで下さい」
彼はいつもこんな調子だから、本気なのか冗談なのか、分かりかねる。
私はそんなところが実は苦手だった。軽薄な気がしてならなくて。
しかし、本当の彼はとても責任感の強い人だと思う。
いつも調子の良いことを言って、偽善的な笑顔を浮かべて、全く腹の底が見えない素ぶりだけれど。
一歩下がって、いつも物事の全容を把握している。
実のところ、私の聖乙女という立場を一番理解しているのは私を聖乙女として見出した彼なのだろう。
それは彼もまた、逃げられない役目を生まれながらに負っているから。
王族も実のところは同じだ。例外はあるが、結婚すら自分の意思で決められるものではない。今の国王陛下が、兄上の母君と結婚出来なかったように。
「マヌエルが発狂するだろうな。君が私と結婚すると聞いたら」
「そもそも殿下と兄上は本当は仲が良いのですか? それとも悪いのですか?」
マクシミリアン王子は、声を立てて笑った。
「私はアイツが嫌いじゃないが、向こうは私を嫌ってるな。昔から仲良くなりたくて努力はしてるんだが。ま、アイツが好きなのは君だけだよ」
その言葉に私はハッとした。
「殿下はまさか兄上がお好きなんですか? まさかそれで私を?」
二人は確かキスまでした仲だ。そうせざるを得ない状況だったとはいえ……。
ひょっとして、王子が本当に好きなのは兄上で、私は兄上の身代わり?
愕然とする私に王子が慌てた様子で、
「それは穿った見方だ! ……いや、どうしてそうなるんだ?」
王子は私の目をまっすぐに見つめながら言う。
「これは黙っていようかと思ったが、白状するよ。私が君のことを知ったのは、ずっと昔だ。君がまだ幼い頃──」
そして王子は遠い目をして、昔話を始めた。
「学院の小学部に居た頃、空気を読めない同級生が一人いてね。王子である私にまるで遠慮しない、失礼な奴だった」
私はその同級生が誰だかもう分かってしまった。
王子ももちろん分かってて話を進めるのだけれど、彼の口から彼らの幼い頃の話を聞くのは初めてだったから、とても興味深かった。
「なまじっかそいつは出来が良くて、天使のような見た目も相まって先生達の受けは良すぎるくらいだった。完璧にいい子ちゃんを演じるのが上手くて、皆はそいつは騙されていたよ。私はそいつの本性を知っていたけど、人には言えなかった」
「どうしてですか?」
「そいつの家に一度だけ遊びに行ったことがあって。そこで見てしまったんだ。本物の天使をね」
「まだ二歳だという彼女は、柔らかな黄金の髪に青い瞳をして、白いレースのワンピースを着ていた。こんなに愛らしい生き物がこの世にいるなんて衝撃だったよ」
それはまさか呪いにかけられる前の私?
「私達はその場ですぐ結婚の約束をした。将来私の妃になってくれと言ったら、彼女はうんと頷いてくれたんだよ」
まだ二歳の子供に七歳の子供が?
手が早すぎるにも程がある。
それにしても、全くと言っていいほど私は覚えていない。
「それからその同級生は、頑なに私との親しい付き合いを拒み、私は再び家に行く機会も失った。思えば私を君に寄せ付けない為だったんだろうな。それから十年以上も過ぎて、再び君が私の目の前に現れて、すぐに気付いたよ。君があの時の天使なのだと」
だから初めて会った頃、私が男だったと聞いても全然驚かなかったんだ。私が元々女だと知っていたから。
「だから、私の初恋は君だし、プロポーズもとうにしてる。君はとっくに私の婚約者だったんだ。実は秘密裏に君のことを探させたこともある。だが、フォーサイス家に該当する女児はいないとの報告を受けた。きっと君の身に重大な何かが起きてしまったのだと私は理解した。でもいつかまた君と再び会えると信じていた」
兄上はある意味、究極のシスコンを通り過ぎてる。
魔物に狙われる私を救う為に私を男にしたのは聞いていたけれど、まさか王子から隠す意味合いもあっただなんて。
変な虫って、まさか王子のことだったの!?
兄上の想いは痛いほど分かってるけど、それに応えるには私達はあまりに近過ぎる。やっぱり私にとっては兄上は大事な家族なんだ
「マヌエルに限らず、他の連中からも恨みを買いそうだ。だが、君を手に入れた以上はすべからく正面から受けて立とう」
「まるで誰かに刺されでもしそうな言い方ですね」
「そうかもな。もし刺されたら、回復魔法を頼む」
王子はふふっと笑って、ベッドから起き上がった。
驚くことに、彼もまだ何も着ていなかった。
「さて、皆に報告して妬まれてくるかな」
「その前に何か着て下さい!!」
いつもありがとうございます。
本編が思ったより長く続いて、以前に書き溜めていたエンディングもかなり大幅に加筆、修正を余儀なくされました。殆ど書き直しの部分もあります。納得いくものがなかなか書けなくて、頓挫している話もあります(汗
一応、エンディングは一人ずつの更新になります。最後まで載せてから順に追加予定です。
都合によっては順序が多少入れ替わることもあります。
多くのブクマ&評価ありがとうございます。
大変励みになっております。
こんなに多くの方に読んで頂いてることにただ驚くばかりです。本当にありがとうございます。
広げすぎた風呂敷で、自分の首を絞めているような状態ですが、完結目指して頑張ります。
もう少し続きますが、よろしければもう暫くお付き合い下さい。




