64 選択に迫られる夜
さっきのユーエンの台詞はどういう意味なんだろう?
私の為なら、執事を辞めると言っていた。
普通に考えて、あの言葉の意味は……。
「お前、どうしたんだ? ボーッとして」
兄上につい突っ込まれ、私は我に返る。
こういう時、妙に鋭いんだよな。
「べ、別に」
「ふーん」
食卓の上には即席で作ったとは思えない数の料理が並ぶ。サラダにスープにパスタ料理に白身魚はカルパッチョになっていた。私が手伝ったのは結局サラダだけだ。
「で、お前はどれ作ったの?」
兄上は面白がって聞いてくる。
「サラダ」
兄上は見事に繋がったきゅうりを箸でつまんで私に見せた。
それだけでない。私が切った野菜はちゃんと切れず全て繋がっていた。
「これは何だ?」
「きゅうり?」
私は首を傾げながら答える。
「……ハァ」
盛大な溜め息とともに兄上は黙り込んだ。
野菜も満足に切れなくて悪かったな!!
何も手伝いもしないお前よりはマシだ!!
王子達は相変わらずで、お互い一言も話をしない。
思うところはあるのだろうけど、後で個別にきちんと話をしないといけないだろう。
でも二人ともしっかりご飯は食べていた。
アレックスはニコラス様に連れられて戻って来ていた。
この二人は割と和やかで、外の空気を吸いに行って少しは落ち着いたようだ。
ニコラス様はとても面倒見がいい。彼に任せておけば安心だろう。アレックスも彼には懐いているようだった。
本当に兄上とは大違い。人望のあるニコラス様と違い、兄上は騎士団でも散々な言われようだもんな。
ユーエンは黙って皆に食事を取り分けたりで、給仕に徹していた。彼は文句を言わずに本当によく働く。
「代わるから、あなたも食べてよ」
「大丈夫です。あなたこそ食べてて下さい」
驚くべきことに使用人のおばさん達も、ご相伴に預かってちゃっかり食べていたこと。もう何でだよ…。
このままじゃ、また皆に料理を食べ尽くされそうだった。
おばさん達も、全く遠慮する様子がないし。
それだけ料理が美味しいのだろうけど。
私はユーエンを捕まえて、厨房に引っ張り込んだ。
「こっちで食べよう?」
「え?」
私は料理の皿を全て運ばず、私達の分だけこっそり残しておいた。それを見て、彼は私の意図を察してくれたようだ。
「……分かりました」
何とか手早く食事を済ませて、私達はようやく一息つくことが出来た。
私の為に執事を辞めてもいいって、一体どういうことなんだろう?
訊きたい気もしたけど、何となく訊くのが躊躇われた。
やっぱり大公家を出るということ?
実際、彼は不動産を多く持っていて、生活には困らないらしい。
──それともまさか?
「ジーン、いる?」
クロエ様がいつのまにかこちらを覗いていた。
本当に神出鬼没だ!!
「ごめん、これもちょっと試して欲しいんだけど」
「何でしょう?」
彼女は懐から怪しげな赤い丸薬がたくさん入った瓶を取り出した。
まるで一見すると飴のようだ。
私が瓶を受け取ると、自信満々にクロエ様が言い出した。
「これ、私が作った発情を抑える薬。媚薬と逆の効果があるんだ。ねえ、ちょっと試してみて」
「え? 今ですか?」
クロエ様はうんうんと頷く。
私は仕方なく、薬を口の中に放り込んだ。見た目のように甘い味がして、まるで桃の飴のようだった。
彼女は興味津々に私の様子を窺った。
「どう?」
「いや、どうと言われましても。桃の味がして美味しいです」
クロエ様はこれには微妙な顔をした。首を傾げて、何かに気付いたようだ。
「……ふむ。私がいたら駄目か。効果を後ほど報告せよ。そこのお前、後は任せたぞ」
「かしこまりました」
彼女はそうして瞬く間に立ち消えた。
まるで嵐のようだった。
「そもそも、媚薬と逆の効果の薬なら、効果なんかよく分からないんじゃ?」
「そうですね」
それとも、迫られてもその気にならずに済むってことかな?
私は思わず、隣のユーエンを見る。
「試してみますか?」
「へっ!?」
「おそらく彼女もそのつもりで、私に任せていったのかと」
その態度には何だか余裕すら感じられる。
段々、彼は私に遠慮しなくなってきたような?
「ここじゃマズくない?」
ここは厨房だ。さっきのように誰か来る可能性もある。
以前も、アレックスに見られて大変なことになった。
「やっぱり辞めとこ。誰かに見られるとマズイし。また後で」
「……分かりました」
彼はいつものポーカーフェイスで、その表情からは何も窺えなかった。
まあ媚薬と逆の効果なら、特に何もしなくても害はないだろう。私は単純にそう考えた。
それから私達は、時間も時間なので下山することを諦め、今夜はここに泊まることになった。
私達に充てがわれた部屋は、元々兵舎だった場所だった。
ベッドもあって掃除もしてあり、清潔な部屋だった。
ただやっぱり部屋は薄暗く、何となく不気味な雰囲気が否めない。
「おいおい冗談だろ? こんなところに泊まれだと?」
マシュー王子は、自虐的に笑い出した。
「マシュー兄様、壊れた? でもここ、確かになんか出そうだね」
アレックスは意外と平気らしい。この子は意外と肝が座っている。
「……いや、そもそもここは地下だし。この人数で泊まれる部屋はここしかない」
ラファエルの言葉にマシュー王子は頭を抱えた。
育ちの良い王子様には、さすがにここに泊まるのは酷なようだ。
「マジか」
「なかなか酔狂じゃないか。こんな所に泊まれるなんて、貴重な経験だ」
一方でマクシミリアン王子は興味深そうに、部屋の様子を眺める。
「兄上本気か? こんな所に泊まるだなんて」
「全然問題ない。それにもし何か得体の知れないものがいたとしても平気だ。聖乙女に聖騎士が揃ってるんだからな」
まあ、幽霊の類は私達の得意分野だ。
聖騎士の頃、よく幽霊に悩まされる屋敷に駆り出されて、浄化魔法を使って退治していたっけ?
「別に面白いじゃん。ねえジーン、僕と一緒に寝ようよ?」
「えっ?」
そう言うと、アレックスは私の手を引いて部屋の一つに入ろうとする。
そのアレックスの耳を引っ掴んで、兄上が引き止めた。
「イタタタタッ、お兄さん痛い!!」
「お前、分かりやすいほどのバカだな。何、普通に部屋に連れ込もうとしてるんだ?」
アレックスは途端に膨れっ面になる。
兄上は一番奥の部屋を指差して、私にそっちへ行くように促す。
「ジーンの部屋はあっちだ」
「そう言うお兄さんこそ、ジーンの部屋に行くつもりでしょう?」
「うるさい」
ああ、また始まった。
この二人は本当にいつもいつも、飽きないな。
「シャワーとトイレは各部屋にあるはず」
ラファエルが簡単に説明してくれた。
使用人のおばさん達はここに泊まる訳ではなく、全員通いらしかった。例のゲートを使って陽が落ちる前に麓の村へと帰って行く。
ここは大昔は城塞で、地下はその名残らしい。地上の城塞跡地に後世になって教会が建てられた。それも今は廃れてしまったけれど。
「私達もそのゲートとやらで、今日中に帰る訳にはいかないのか?」
ここに泊まるのを渋っているマシュー王子が、ダメ元でそう提案する。
それをつれなく一蹴したのはマクシミリアン王子だった。
「諦めろ。ジーンがまだクロエに用事が残っているらしい。彼女を置いて帰ると言うなら、止めはしないが」
そう、薬の効果を報告しろと言われてて。
もちろん、薬の効果は皆には言ってない。言うと面倒なことになりそうだから。
「とにかく今日はもう皆疲れているし、これで解散としよう」
王子の号令で、皆それぞれの部屋に引き上げて行った。
私の部屋はこのフロアの一番奥、突き当たりの個室だった。
部屋の中は薄暗いけど、掃除は行き届いていて、ベッドのシーツも清潔なものだった。
一人になって、冷静に考える。
私は、やっぱり彼とじっくり話をする必要を感じていた。
なかなか二人きりで話すことが出来ずにいたし、これは絶好の機会なのかもしれない。
私はとりあえずシャワーを浴びて、気分をすっきりさせた。
頭の中を整理して、話し合う内容を思い返す。
私は決心して、彼の部屋のドアの前に立った。
いつもありがとうございます。
いよいよ次回から話が分岐します。
エンディングというか、結構分岐先でも話が続きそうです(汗
申し訳ありませんが気まぐれ更新になります。
分岐先も複数で、執筆順も推敲具合もまちまちなので……。
一応、今のところ上の王子様から順に載せていきたいと思います。
次回もよろしくお願い致します。




