63 不穏な空気の中で
ユーエンは頷いて、先に部屋を出て行く。
それで私達は、先ほどの広い部屋に移動した。
皆で食卓に着いたのだけれど、王子達はそれぞれ難しい顔をして黙り込んだまま、一言も話をしなかった。
「マシュー兄様、ジーンが困ってるよ」
見かねたアレックスがそう声を掛けると、
「うるさい、黙ってろ」
それで辺りは何とも言えない険悪な雰囲気になってしまった。
「僕、ちょっと外の空気を吸ってくる。ここは息が詰まるよ」
アレックスは席を立って、部屋を出て行こうとした。
ニコラス様が慌てて立ち上がり、私に頷いた。
「大丈夫。私が彼に付き添います」
兄上は我関せず、出されたお茶をのんきに飲んでいる。
兄上はこういう時、全く動じないよなぁ。
遠巻きに使用人のおばさん達が、私達を噂していた。
「喧嘩でもしたのかしら?」
「あの子を巡って? まさに取り合いなのかしらねぇ」
ヒソヒソやってるけれど、全部聞こえてますって!!
「……ちがーう。半分はそういう訳じゃない」
おばさん達に向かってか、ラファエルが珍しくちょっと大きい声を出した。その後はテーブルに突っ伏してしまう。
「腹減った」
そういえば、ユーエンの支度はどうなんだろう?
使用人の女性達の手伝いも断ってしまって、一人で台所に篭っていた。
私はせっかくなので彼の手伝いをしようと思って、台所を覗いてみた。断られてしまったら、仕方ないけど。
「すみません。もう少し待って頂けますか?」
ユーエンは私が催促に来たとでも思ったみたいだ。
私はおずおずと切り出した。
「いや、何か手伝えたらと思って」
「ああ、ありがとうございます。……でも」
彼がそう言いかけたので、私は思わず叫んだ。
「お願い、断らないで!!」
「えっ?」
私は正直に、ユーエンに話した。
「殿下達が黙り込んでしまってて、険悪な雰囲気なんだ。あの場にあんまり居たくない。邪魔はしないから、何か手伝わせて」
私は手を合わせて精一杯お願いした。
彼は一瞬、私の目を見つめて驚いた顔をしたけど、優しく微笑んで了承してくれた。
「ええ、構いませんよ」
彼は手早くパスタ料理を作っているらしかった。
寸胴で既にパスタが茹でられている。
「サラダを作って貰えますか?」
「了解」
食材はふんだんに用意してあった。そもそもどうやってここまでこれらを運搬してるのか謎だった。でも今はそんなことを気にかけている暇はない。
レタスを洗い始めると、彼が話し掛けてきた。
「あなたは聖乙女を辞めたいですか?」
それは真っ向からは一度も聞かれたことのない質問だった。
私はどう答えるべきか戸惑う。
「質問を変えます」
彼は料理を作る手を動かしたまま、もう一度私に訊ねた。
「ただの娘に戻れるとしたら、戻りたいですか?」
ただの娘といっても、私のような貴族の娘だと結婚も自由に出来ない。だからこれに答えるのも難しかった。現に男の時は、アレックスと結婚させられそうになっていたし。
そもそも貴族社会は、平民のように恋愛結婚は稀なのだ。
「実は自分でもよく分からない。でも、顔も知らない相手と結婚させられるよりかは、今の方がいいのかもしれない」
「聖乙女の役目を解かれたとしても、貴族社会のしがらみからは抜け出せませんか」
ユーエンが感慨深げに言う。
「あなただってそうでしょ? 違う?」
「そうですね。私もあの家に囚われている点では同じですかね」
彼も大公家の人間だ。庶子とはいえ、王族であることは間違いない。
それにしても、彼の料理の手際は鮮やかだ。
魚もあっという間に捌いていく。
ってか、魚!? こんな所に魚まであるの?
「ねえ、どうして魚なんかあるの? ここ山奥だよね?」
「どうも、ここと麓の村を繋ぐ秘密のゲートがあるらしいです。人も荷物の運搬も、それで行なっているとか」
「えっ!? 私達、ここまで苦労して登ってきたのに? そんな便利なのがあるの?」
ラファエルは知らなかったの? 知ってたら、あの怠け者のラファエルが使わない訳ないか。
あ、そもそもクロエ様の手にかかれば、物の運搬なんてお茶の子さいさいか。
「ここは秘密の隠れ家です。ゲートの存在もここの使用人のみが知るところで、その家族にすら秘密なのだか」
そうなんだ。
「それにしても、色々聞いたのね」
そんな秘密なことなのに、ユーエンが知ってるのが驚きだ。
彼は困ったように少し笑いながら言う。
「先程、ここを使うにあたって使用人達が、こちらが聞いてもいないのに色々教えてくれました」
「そうなんだ」
イケメンは特だ。使用人のおばさん達は皆の姿を見て、ずっと色めき立ってるもの。ヒソヒソされてるのが丸聞こえだけど。
「帰りは使わせて貰えるかな?」
「どうでしょう? 私もあなたにゲートのことを喋ってしまいましたので、私とあなただけでも使わせて貰いますか?」
「それもいいかも」
そんなことを話しているうちに、彼は何品も作ってしまっていた。やっぱり凄い。
私は茹でていたブロッコリーをザルにあげようとして、手が滑って熱湯が左手にかかってしまった。
「あつっ!!」
「大丈夫ですか!?」
彼はすかさず背後から私の手を取り、冷水に浸した。
ひえーっ、凄く密着してる!!
彼の顔が、すぐ顔の横に。み、身動きが取れない!!
こんなので意識しないというのが無理な話だ。
やっぱり彼はお香のようないい匂いがする。
でも彼は私を一向に気にしている様子はない。どうしてこんなにいつも余裕なんだろう?
「少し火傷してしまいましたね」
「あ、平気です!! このくらい」
緊張の為か敬語になってしまう。私、完全に混乱してる?
私は自分の火傷した部分に手を当てた。
回復魔法をかけると、すぐさまひりつく痛みが引いていった。
「……さすがだ。やっぱりあなたは特別ですね」
「まあ、このくらいは」
彼は相変わらず私には優しい。
駆け落ち騒ぎの時は、彼を傷付けただろうに。
そのことで彼は一度も私を責めようとはしない。
「あの、そろそろ料理出来た?」
その時、使用人のおばさんの一人が声を掛けてきた。
い、いつのまに!?
料理はあとは出来上がったソースをかけるだけだった。
「ごめんねー、催促してる人がいるものだから。それにしても仲良いのね、あなた達」
うう、見られてたのか。恥ずかしい!!
ユーエンはいつものポーカーフェイスに瞬く間に戻り、まるで何事もなかったのように落ち着いた様子で言った。
「もう殆ど出来てます。運ぶのを手伝って貰えますか?」
「はいよ」
おばさんは快く返事をして既に出来上がっていた料理を運び始める。
彼は厨房を出て行く時に、私を振り返りながら意味深な一言を発した。
「私はあなたの為なら、執事を辞めても構わないと思っています」
えっ、それってどういうこと?
私は残りの料理を持って、慌てて彼の後を追いかけた。
いつもありがとうございます。
更新が大変遅くて申し訳ないです。
いよいよ本編は次回で最後です(予定では)
その後は章で分けまして、分岐先でそれぞれ話が進みます。そちらの執筆&推敲に時間が掛かってますので、当初の予定と変わり、ぼちぼち更新する形になりそうです。申し訳ありません。
次回までにどの分岐先から載せるか決めておきたいと思います。




