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元悪役令嬢と婚約破棄してなぜかヒロインやらされてます。  作者: 上川ななな
僕が私になりヒロインになって攻略される寸前まで
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61 先代の秘策

 ラファエルはドアを開けて、部屋の中へ私達を促した。

 窓もない、燭台の灯りだけの部屋。

 しかし、どう見ても何かの研究室のようだった。乱雑に散らかった台の上に、実験器具らしいビーカーやフラスコ、何かよく分からない装置などが目に入った。

 壁には黒板が掛けられ、何やらよくわからない文字が羅列していた。その黒板の前で、思案に暮れる白衣を着た女性。


「クロエ、聖乙女を連れて来た」


 この人が先代なの!?

 彼女は呼ばれてこちらを振り返った。

 わ、若い!! 年の頃はどう見ても二十代だろう。青白い顔に目の下のクマは気になるけど、キリッとした黒い目の美人だった。

 ラファエルにはあまり似ていない。

 柔らかなそうな長い黒髪を一つに括り、黒縁のメガネをかけている。まさに理系女子ってこんな感じなのだろうか。


「あら、大きくなって」


 彼女は私に近寄って、メガネを外してじっと顔を覗き込んだ。


「小さい時から綺麗な娘だったけれど、やっぱり美人になったわー。聖乙女は美女しかいないというのは本当だ」


「それ、自分も含めてか?」


「もちろん」


 ラファエルとのやり取りが軽い。久しぶりの再会だろうに、母親を呼び捨てだし、お母さんはお母さんでこんなノリだし。


「失礼、先代の聖乙女のクロエ殿とお見受けするが」


「そう、私がラファエルの母のクロエだ。みんな大きくなったなー。マクシミリアン、それにエマニュエルも」


 そうか三人は面識があるんだ!!

 兄上をきちんと本名で呼ぶ人なんてなかなかいない。

 女みたいな名前だから嫌だと、絶対本名は名乗らないのに。

 溜め息をついて、兄上が言う。


「僕を本名で呼ぶのは、あなたと学院の院長くらいです」


「院長は私の師匠なんだ。それに倣ってる」


 ふふふっと笑ってクロエ様は、マクシミリアン王子に頭を下げた。


「再会したばかりでなんだけど、どうか私が生きていることは内密に」


「派手に国葬をやっておいて、今さら生きているって言えないものな。ってか生きてるでいいのか? 死んでるの間違いでは?」


 うーん、どうなんだろう?


「さて、こんなところまでお前達がやって来たとなると、結構切羽詰まった事態なのかな?」


「お前がかけた(まじな)いの反動なのか、発情が早まり、寿命が短くなってる。どうにかしてもらいたい。てかどうにかしてくれ」


 ラファエルは単刀直入に切り出す。


「確かまだ十代だろう? それは困った問題だ。どこまで進んでる?」


「……まあ条件満たしてれば、見境がなくなるくらいは」


 クロエ様は何やら考え込んだ。


「ちょっと彼女と二人だけにしてくれるか?」


 それで皆は一旦部屋を出て行き、私とクロエ様の二人きりが部屋に残された。


「じゃ、脱いで」


「え?」


 彼女は、少し笑って私を急かした。


「服を全部脱いで見せろってこと」


「!?」


 だから人払いをしたのか? 私は渋々服を脱いだ。


「下着も」


 そ、そこもですか?

 さすがに相手が女性とはいえ、全部見せるのは恥ずかしい。

 それでも仕方なく、私はクロエ様の指示に従った。

 彼女は、私の体を隅々まで調べた。


「身長が思ったより高くて気になったけど、完全に女に戻ってるか。生理はきてる?」


 うわ、生々しい話だ!! 私は手早く服を着ながら答えた。


「あ、はい。一応は」


「じゃあ、もう子供は産めるか。で、経験は? もう済ませたのか?」


 私はすぐ言葉の意味が分からずに首を傾げた。すると、クロエ様が両手をパンと叩いて納得したように言う。


「ああ、まだ処女か!」


「!!」


「あ、ごめん。あんなにたくさんの男を引き連れてるから。見たところ、全員夫候補かな?」


 クロエ様は実験台の上にひょいっと座り、私にも座るように促した。すぐ近くにあった丸椅子に腰掛ける。


「まあ、そんな相手がいたら、ここには来てないか」


「はあ」


 彼女には私の悩みなどお見通しのようだった。


「誰か一人にまだ決められない?」


「……………」


「そんなに難しく考えなくて、いいと思うけどな」


「え?」


 黙り込む私を見て、クロエ様は少し笑う。

 彼女は立ち上がって、戸棚の小さい引き出しから何かを取り出した。


「これ、使ってみるか?」


 それは小さい赤黒い石のラインストーンのブレスレットだった。


「それ、私の血を特殊な加工で結晶化したんだ。お前の魔力をある程度、吸い取る効果がある。とっておきの秘策という程でもないが、気休め程度にはなろう」


「魔力を?」


「自分の中の膨大な魔力に身体が耐えられないから、死んでしまう。だったら魔力を使って減らせばいい」


 クロエ様は立ち上がって、黒板に簡単に図を描いて説明した。


「そのブレスレットは私と連動してるから、私にお前の魔力が間接的に流れ込む。私は闇の生き物だから、お前の魔力を打ち消すことが出来る」


 それって、何だかとても上手くいくような気がする!!


「ああ、でもあくまで試作品だし、恒久的には使えないんだ。元々血液から作ってるんで、耐久性が足りなくて。せいぜい三ヶ月ってとこかな?」


「……三ヶ月」


 私は反芻するように呟いた。


「まあ、とりあえずの猶予が三ヶ月だけ伸びると思えばいい。身につけるとちょっと軽く魔力の暴走が起きるかもしれない」


 暴走って、マジですか。


「どうする? 試すか?」


「暴走って、具体的にはどうなるんですか?」


 クロエ様はちょっと考え込んだけど、少し笑いながら、


「試したことがないから、知らん」


 うわっ!! 軽っ!!


 そもそも私の魔法は人に危害を加える訳でないから、平気だろうか?

 私は覚悟を決めて、左手をクロエ様に差し出した。

 彼女は手早く私の手首にブレスレットを巻いた。


 途端に体の奥からギューンと魔力が吸い上げられるような感覚がして、首筋がスーッと冷たくなった。


「お前の魔力が流れ込んでくる」


「何だか力が抜けます」


 無尽蔵にも思える私の魔力が、どんどん体から抜けていく感覚がする。抜ける魔力を補うように、身体の底から魔力が溢れてくる。

 温かい波動が全身を包み込み、回復魔法が私の意思に反して発動していた。


 これがまさに私の魔力の暴走だった。


「おい! お前、髪の毛が……」


 言われなくてもさすがに気付く。自毛が伸び過ぎて、カツラがずれて外れてしまっているのだから。

 まるで生き物のように、髪がうねりながら伸び続ける。


 ようやく暴走が収まって、魔力の均衡が取れたのか何事もなかったように平穏を取り戻したのだけれど、私の髪はクロエ様の部屋の床を埋め尽くしてしまっていた。


 これではまるで髪長姫のラプンツェルだ。


「これではさすがに動きが取れないな。どれ、少し切ってやろう」


 クロエ様が、ある程度の長さで乱雑に私の髪を切った。


「うーん、なかなか上手くいかない。長めに切っておくから、後で誰かにきちんと整えて貰え」


 そう言われて、ユーエンを思い出す。

 彼はいつもアレックスの髪を整えていたから。

 ……後で彼に頼もう。


 それにしても、この部屋を埋め尽くす髪をどうしよう?

 私達はまさに黄金の波の中に取り残されていた。


「この髪、売ってもいいか?」


「どうぞ」


 そう答えると、クロエ様は切り落とされた髪の毛を一瞬でその場から消し去った。


「!?」


「麓の村に送ってやった。さて、いくらになるかな?」


 転送魔法!? それにしても、吸血鬼ってどこまで色々やれるんだ? 何だかちょっと羨ましい。

 綺麗な長い髪は高値で売れる。私のカツラも元々人毛で作られている。ただ、私のような色味の金髪はなかなかいなくて、わざわざ脱色して自毛の色に合わせたくらいだった。


「魔力も落ち着いたようだ。うまく私に流れ込んで、均衡が取れている」


 クロエ様は、立ち上がってビーカーでコーヒーを淹れてくれた。


「あの、本当にこれで私は急いでその、子供を作らなくても?」


「そのはずだ。まあ、早めに作るにこしたことはないがな」


 それにしても、やっぱり根本的な解決をしない限り、延々とこの問題は次代にものしかかっていくんだ。

 私の代でどうにか出来ればいいんだけどなあ。


「で、来年の春には聖殿に囚われの身か。その前に夫を決めないといけない訳だな」


「実は十月末の収穫祭に合わせて、結婚式を挙げないといけないんです」


 クロエ様はちょっと驚いた声を上げた。


「え? まだ相手すら決まってないんだよな? 相変わらず、こちらの意思なんか関係ないんだな」


 私は何も言えない。

 確かに、国民の不満の声を打ち消す為に、私の結婚式を挙げるのだと言われていた。


「まあこれからする話は、他の皆にもする必要があるか。ちょっと呼んでくるとしよう」


 クロエ様はヒラリと台から飛び降りると、一瞬で姿を消した。


「ええっ!?」

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