60 吸血鬼の隠れ家にて
私達はその岩陰に小さくなって身を潜めた。天然の庇のように大きくせり出した歪な形で、真上からの雨は何とかなりそうだった。
私は着ていたマントを脱ぎ、それを広げてアレックスと一緒に被った。
ここで私達はやっと一息つくことが出来た。
雨はどんどん酷くなり、雷も激しく鳴り響く。ここから動くことは得策ではないようだった。
マントを脱いだので、さすがにちょっと冷える。
「ジーン、震えてるよ。寒い?」
アレックスが私を心配そうに見つめる。
「大丈夫」
ちょっと笑ってそう答えると、彼は私の肩を抱いて自分の方に引き寄せた。
「僕のせいでごめん」
別にアレックスのせいじゃない。こればっかりはどうしようもない。
「こうでもしないと、二人きりになれなかったから」
アレックスは私に向かって照れ臭そうに微笑む。
まさか、わざと二人になれるように私を連れ出した?
「ちょっと雨が降ってきたのは計算外だったけど」
「兄上達、心配して探しに来そう」
アレックスはげんなりした様子で、小さくボソっと呟いた。
「別に来なくていいのに」
「そんなこと言ったらダメだよ」
私達が戻って来ないので、きっと心配している。
ひょっとすると、この雨の中を皆で探し回っているかもしれない。
「ねえ、ジーン。僕のこと、ぶっちゃけどう思ってるの?」
突然そう聞かれて、私はすぐには答えられなかった。
「そんな、どうって?」
私にとって彼は同士であり、協力者であり、良き相談相手だった。そう、まるで弟みたいな存在。
「僕は君より年下だし、背だって低いし、みんなに比べたら頼りないかもしれない。でも、君が好きな気持ちなら誰にも負けない」
アレックスはいつになく真剣な表情で私を見つめて言う。
私は目を逸らさずに、その紅い双眸をじっと見つめ返した。
「君に時間がないのも分かってる。だから言う。どうか僕を選んで」
彼を一人の男の子として、意識したことが今まであっただろうか?
「……アレックス」
「キスしていい?」
彼はそう言うなり、私にキスしようとした。
私は思わずぎゅっと目を閉じる。
「──そこまでです。アレックス」
突然降って湧いた声に、私達は我に返った。
声のした方を向くと、傘を差したユーエンが立っていた。
「……ちぇっ、見つかったか」
「ジーン、こちらへ」
私は立ち上がって、ユーエンの傍へ行く。彼は私の肩を引き寄せて自分の傘に入れた。もう一本の傘をアレックスに投げて渡す。
「僕の方においで」
「アレックス!」
ユーエンの口調はそれをまるで咎めるかのように強いものだった。しゅんと項垂れるアレックスを無視して、ユーエンは私を連れて山小屋に戻り始めた。私の肩を抱く力が心なしか強い。
「見つかったか」
ニコラス様が、別方向から姿を現した。
レインコートを着て、明らかに私達を探していた様子だ。
「ごめんなさい。雨が酷くなったので雨宿りを」
ニコラス様にいらぬ心配をかけてしまった。
この人の困る顔を見るのはどうしても辛い。
「君達が無事ならそれでいい」
彼はそう言って、優しく微笑んだ。
でも彼が怒るより笑う方が、なぜかこちらの罪悪感が増すのだ。どうしてだろう?
そして私達は山小屋に戻り、待っていた兄上や王子達と顔を合わせた。ラファエルはなんと呑気にも寝ていた。
王子達は私達の顔を見て、ホッとした様子だった。
「迷子を無事に保護したようだな」
「もう少しして戻らなかったら、私達も探しに行く所だった」
「ご心配をお掛けして申し訳ありません」
私は王子達に深く頭を下げた。
兄上は私の濡れてしまった髪を丁寧に拭きながら言った。
「お前、わざとジーンを連れ出しただろう?」
「何のこと?」
兄上の問い掛けに、アレックスは全く悪ぶれる様子もない。
自分の荷物の中から新しい上着を取り出して、それにさっさと着替えた。
兄上は私の荷物の中から、着替えを取り出して私に押し付けた。
「お前は早くこれに着替えろ」
私はそうして奥の物置部屋に押し込まれた。
素早く着替えて部屋に戻ると、皆もう荷物を持って出発準備が整っていた。
「雨が止んだから、さっさと出発するぞ」
マクシミリアン王子の号令で、私達は山小屋を後にした。
時刻は昼をとっくに過ぎている。
このままだと、日没までに往復は無理そうだ。
さっき起きたばかりのラファエルは、欠伸を噛み殺しながら言う。
「……今日は上で一泊するしかないかな」
「泊まれるのか? そもそも」
マシュー王子が心配そうに尋ねる。
「マシュー兄様は意外と神経質だから、枕が変わると寝られないんだよね」
へー、そうなんだ。確かにマシュー王子は少しそういう所を感じる。マクシミリアン王子は逆に気にしなさそうなのに。
「ジーンと一緒ならどこでも寝れる」
「私もそうだ」
「……………」
この王子達は、本当にしょーもないな!!
そういう所だけは似てるだなんて。
その後の登山は順調で、予定よりだいぶ遅くはなったけれど、何とか山頂に辿り着く事が出来た。
山頂にはなんと寂れた教会がポツンと建っていた。
「えっ、教会!?」
「吸血鬼の隠れ家なのに、笑えるだろう?
ラファエルがいつもののんびりした口調で、少し笑いながら言った。
目の前にいつのまにか、黒いフードを被ったローブを着た人物が立っている。
え、誰!? どこから現れたの?
「!!!!!!!」
ラファエル以外の一同が緊張感で固まる中、ローブの人物は言った。
「こちらへ」
声からして女性のようだった。この人が先代なの?
教会の中に通され祭壇の裏に進むと、そこから地下への階段が。
そこで、黒いローブの女性の姿が忽然と消えてしまった。
「実体じゃない!?」
仰天する私達に、ラファエルが落ち着いた様子で言った。
「昼間に外に出ることは不可能だからな」
吸血鬼のことはまだ分からないことだらけだ。
私達は地下へ階段を下る。
「これは凄いな」
それはまるで地下の要塞だった。
一見して古い物と知れる煉瓦で作られた壁は所々色褪せている。ここは一切光の入らない場所だった。壁掛けの燭台の灯りだけがこの空間を照らす。
「……こっちだ」
ラファエルに先導されて、私達は薄暗い廊下を歩いた。
元々ここは地下牢だったのだろう。重そうな錆びた鉄の扉の窓には格子が入っている。そんな部屋がいくつもある一方で、ドアが開いている部屋の中を覗くと、何だか吸血鬼の隠れ家にそぐわない生活感が滲み出ていた。
それを見てちょっとだけ緊張感が緩む。
地下牢をずっと抜けた先に大きな部屋があった。両開きのドアを開くと、ここがいわゆるこの地下生活の拠点のようだった。
「あら、お客様?」
使用人らしき年齢のいったおばさん達が一斉にこちらを振り返った。呑気にもお茶を飲んでいる。そんな彼女達に向かって、ラファエルが声を掛けた。
「……クロエはいるか?」
「も、もしかして、ラファエル様!?」
使用人のおばさん達は慌てて立ち上がった。
私達のことは何も知らされてなかったようだ。
「クロエは?」
「クロエ様なら、お部屋にいらっしゃるかと」
「そうか」
ラファエルは部屋を横切って、奥の扉を開けた。その先にも通路が続いている。私はおばさん達に軽く会釈をしてラファエルに続いた。
「ラファエル様が、女の子を連れて!? まさか結婚とか?」
「あのイケメン達はお友達かしら?」
あの、全部聞こえてますよ。ヒソヒソされてるの聞こえてますから!!
「何だか拍子抜けだな。吸血鬼の住処だと聞いていたのに」
マクシミリアン王子が、大方持つであろう皆の意見を代弁した。
「日光に当たれない、血を吸わなきゃ生きていけないってこと以外は、別に普通だ。まあ、他にも色々人間と違う部分はあるが」
元々人間だったら、なおさらだろう。
ラファエルは通路を抜けた先の、突き当たりの部屋の前で立ち止まった。軽くノックをすると、中から返事があった。
「どうぞ」
いつもありがとうございます。
今のところ本編は64話まで、
65話からエンディング分岐となりそうです。
まだ各分岐先の執筆&修正作業も進んでませんが、
なるべく頑張って更新していきますので、
気長にお待ち下さい。
また次回もよろしくお願いします。




