59 夏山で突然の雨に濡れて
慌てて部屋に戻ると、ラファエルはまだシャワーを浴びているようだった。
「ここに着替え置いとくから」
一応声をかけて着替えを置こうとしたら、バスルームのドアが丁度開いて、ラファエルが出てきた。
「っ!!」
いや、男の裸くらい見慣れてるから、どうってことないけど。
もっと恥じらいを持てよ!! 私だって一応は女なんだけど?
ラファエルは私の手から直接着替えを受け取ると、少し笑いながら言う。
「なかなか気が利くな」
またその笑顔が可愛いらしい。
男であるコイツに、こんな可愛い顔を与えるなんて、神様もイタズラが過ぎる。
やっぱり、性格と顔が合ってないよね。
華奢かと思いきや、意外と筋肉質な体をしていた。どうも着痩せするタイプらしい。
ラファエルは何やらご機嫌で、着替え始めた。
私の視線などお構いなしだ。
私は彼に背を向けて、あんまり見ないようにした。
「朝食は? 何か食べる?」
「……いらない。朝は食べない」
ようやく出掛ける準備を済ませたラファエルを伴ってラウンジに行くと、もう他の皆は集まっていた。
「あ、やっと来た」
「お待たせしました」
王子達は、まるで山に狩りにでも行くような出で立ち。
他の皆も薄手のコートを羽織っている。
みんな夏だというのに、防寒はバッチリだ。
そういう私も厚手のマントを持ってきた。
標高はそんなに高くはないとはいえ、歩いて登る山だから、最低限の装備は整えた。
ラファエルは普段の着るものに無頓着過ぎて、旅行前にアレックスの見立てで衣装を揃えてあったので、その中から着替えさせたのだけど。
「……目的地は一山向こうだから」
私達は、ケーブルカーで一気に下山して、手配してあった馬車で目的の山の麓まで移動した。
「こっからは歩いて登るしかない」
狭い登山道は殆ど獣道で、足場もかなり悪い。
さすがにこんな山に登る人など皆無だろう。まさかこの山に吸血鬼が住んでいるなんて。
早速歩き始めながら、マクシミリアン王子が先導するラファエルに聞く。
「どれくらいなんだ? 目的地まで」
「遅くても昼過ぎには着くと思うけど?」
ラファエルは過去に一度だけ行ったことがあるらしい。
母親と一度しか会ってないってどうなんだろう?
山頂まで、ざっと見積もって二時間以上かかりそうだ。私はアレックスが心配になった。
「大丈夫? アレックス」
「頑張る」
ようやく満足に歩けるようになったばっかりで、いきなり登山はキツイだろうに。
私は曲がりなりにも元聖騎士なので、体力だけはある。
王子達は意外にも涼しい顔で、体力に不安のある兄上も今のところ問題はなさそうだ。
倒木があったり、完全に道が途絶えたりしていて、かなり山頂への道のりは険しかった。せめて整備されていれば、もっと楽に登れたのだろうに。
幸いなことにこの山に魔物は出ないそうだ。さすがに魔物、魔性の最上位とも言える吸血鬼の住む山に、下等な魔物は寄り付きもしないらしい。ある意味安全と言える。
意外だったのは、完全にインドア派なラファエルが全く疲れる様子もなく、軽々とした足取りなことだ。まあ、半吸血鬼だから規格外なのは当然なのかもしれない。
お昼を過ぎても、まだまだ山頂は見えない。
アレックスのペースに合わせたので、予定よりだいぶ遅れていた。
「やっぱり僕が足手まといなんだね」
「気にすることないよ」
ていうか、ラファエルはどんだけ歩くの早いんだ?
どう見ても、二時間かそこらで登れる山じゃない。
細々とした山道沿いに少し拓けた場所があり、そこに古びた山小屋があった。
マクシミリアン王子が山小屋の中を覗いて言い出した。
「お、ここで休憩にしよう」
休みなしで歩いてきて、さすがに私も疲れを感じていた。
軽めな携帯食は持ってきていたけど、お弁当まではさすがに用意してなかった。
そもそもお昼過ぎには到着する計算だったし。
「人も住んでるはずだから、山頂まで行けば食事はどうにかなる」
ラファエルがそう言うので、とにかく山頂まで我慢して頑張るしかない。
連絡手段が特にないのがここまで辛いだなんて。
基本、人目を避けて生活してるだろうから、仕方のないことなのかもしれないけど。
山小屋の中は避難小屋のようだった。
見事なまでに何もない。ただ風雨を避ける為に建ててある小屋のようだ。
ここで天気が急変して、足止めを食らうとかになったら嫌だなぁ。そしたら、ここで一晩過ごすとかあり得るのだろうか。
でもなるべくそんな事態は避けたい。
私はアレックスと並んで座り、持参していた水筒で水を飲んだ。
「全部飲んじゃった」
彼は空になってしまった水筒を振った。
なんだかんだで喉が乾くのか、結構水を飲んでしまったみたいだ。
「私の飲む?」
「それだと、ジーンの分がなくなっちゃうから。どっかで水を汲めないかな」
ここに山小屋があるってことは、きっと近くに水場があるはずだ。
「近くに沢か川があると思います。水の音が聞こえたので」
ユーエンがそう教えてくれたので、とりあえず二人で探しに行ってみることにした。
「あんまり遠くへ行くなよ」
「平気、すぐ戻るから」
兄上にしっかり釘を刺されてしまった。
「一緒に行きましょうか?」
ニコラス様が心配そうに声を掛けてくれたけど、アレックスは頑なに断った。
「魔物もいないし、二人で平気だよ。もう、過保護なんだから」
アレックスは私の手を引くと、嬉しそうに外に出た。
こうして彼に連れ出されて、二人で山小屋を出て辺りを見回す。
木々が生い茂る先に、水の流れる音が微かに聞こえた。
「ねえ、向こうから水の音聞こえない?」
「そうだね、行ってみよう」
二人でちょっとワクワクしながら、沢を目指した。
こういうのを探すのってちょっと楽しいから、私は好きだ。
山小屋から少し降りたところに案の定、細い沢があった。そこを少し上流に進むと綺麗な水が湧き出ていた。
「やった! 水ゲット!!」
アレックスは水筒に水を補給した。
私は念の為、水を魔法で浄化しておく。
これでお腹を壊すことはない。
「それ便利だよね。服も綺麗に出来るし」
この浄化魔法は、汚れた服すら綺麗に出来てしまう。極端に言うと、洗濯要らずだ。でもさすがにそれをずっと着っぱなしなのもまずいので、普段はあんまり使わない。
その時、遠くで雷の音がした。
空を見上げると、何だか雲行きが怪しい。 風も徐々に強くなってきた。
山の天気は変わりやすいと言うけれど、本当なんだ。
「雨が振りそうだから、とりあえず早く戻ろう」
「分かった」
アレックスは私の手を引いて、来た道を戻り始めた。
雨が降ったら、さすがに足止めを食らってしまうだろう。
あの山小屋で雨が止むまで待機かなぁ。漠然とそう思っていると、ザーッと雨が降り始めてしまった。
雷の音がどんどん近付いてくる。
「濡れちゃうな」
レインコートや着替えは持ってきてはいたけど、山小屋に置いてきた荷物の中だ。多少濡れるのは仕方ないとして、強行して山小屋まで戻るべきだろうか。
「こっちの方が近道かも」
アレックスは来た道を逸れて、進み始めた。
ふと見ると、大きな木の向こう側に岩陰を見つけた。少しは雨を凌げそうだ。
「とりあえずあそこに」
新年明けましておめでとうございます。
今年最初の更新です。どうか本年もよろしくお願い致します。
更新ペースが落ちていて本当に申し訳ありません。
分岐先が多くて、整合性を取る為に本編も遡って直したりしているので、どうしても更新が遅くなってしまいます。
なるべく納得いくものを載せられるように頑張ります。
気長にお付き合い下さると幸いです。




