47 兄からのプロポーズ
ニコラス様の屋敷に戻り、馬車から降りると、バーナードさんが真っ先に出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。ご家族はご無事でしたか?」
「ご心配をお掛けしました。お陰様で全員無事でした。家は全部燃えてしまいましたが」
「それはそれは、お見舞い申し上げます。私どもで出来る事がございましたら、なんなりと仰って下さい」
そこで兄上が馬車から降りて来た。バーナードさんは兄上の顔を見てびっくりしたようだ。
「これは、お嬢様によく似ておいでだ。まさかお兄様で?」
「マヌエル・フォーサイスだ。妹が世話になっている」
「困っておいでだから、兄君もお連れした。しばらく滞在なさるから、部屋を用意してやってくれ」
「承知いたしました」
バーナードさんは、先立って屋敷の中へ戻っていく。私達も後に続き、エントランスに入った所で出迎えのメイド達が、兄上の顔を見るなりざわめいた。
「超イケメン!!」
「素敵だわ」
兄上のことか。煤にまみれた汚れた格好なのにな。
アレックス曰く、残念イケメンですよ? シスコンの変態ですよ?
「ジーンの兄君だ。しばらく滞在する」
ニコラス様がそう言うと、すかさずメイド達が兄上を取り囲んだ。
「お部屋にご案内します。こちらへどうぞ」
「お怪我はございませんか? お食事はお済みですか?」
物凄い勢いで、あっという間に連れていかれた。
呆然とそれを見送って、私とニコラス様は思わず顔を見合わせた。
「兄君は、メイド達の新しいアイドルだな」
「でも、あの人変態ですよ? すぐ愛想尽かされると思います」
「君は兄君には手厳しいんだね」
「そうでしょうか?」
私もかなり服が汚れてしまったので、入浴する為に部屋に戻った。
今日はちゃんとお湯が出た。良かった!
さっぱりした所で、私は寝間着に着替えてカーディガンを羽織った。
とりあえず兄上はどうなったかな?
確か兄上の部屋は隣なはず。
私は部屋を出て、兄上の部屋をドアをノックした。
「どうぞ」
兄上の声がしたので部屋に入ると、何とメイド達にまだ囲まれていた。どうも質問責めに遭っているようだ。
「うわぁ」
思わず出てしまった声に、メイド達がこちらを一斉に振り向いた。
「これはお嬢様、失礼しました」
「それでは、私達はこれで失礼致します」
私達に礼をして、彼女達はぞろぞろと部屋を出て行った。
兄上は、そこで長い溜め息をついた。
「ああ〜、ようやく解放された」
ソファにどかっと足を投げ出して深く座った。
見る限り、入浴はして着替えもしたようだ。
着替えはニコラス様のものだろうか?
「風呂に入って着替えて出てきたらあれだもの。何なんだあれは?」
「まあ、ニコラス様が望み薄だから、兄上にターゲットが移ったんじゃないの?」
兄上は見るからに微妙な顔をした。
その今の顔をメイド達に見せてやりたいわ。
「まさか、私の夫候補だって話さなかったでしょうね?」
そんなことをバラされたら、兄妹という設定がおかしくなってしまう。
「まあ、僕達が実の兄妹でないと言った所で、なかなか信じてはもらえないだろうしな」
そう、私達はどう見ても兄妹の見た目だもの。誰一人として疑いもしない。アレックスを除いては。
「で、いつまでここにいる気なの?」
「何だ? すぐ追い出す気か? 酷い妹だな」
兄上のことだ。たぶんすぐ住む所は用意してしまうのだろうけど、たぶん私も連れて行くと言い出すのが目に見えていた。
「あのさ、私の護衛ならニコラス様に正式に決まったから」
「知ってる」
兄上はメイドが置いていったらしいティーポットからお茶を注いで飲み始めた。
「まあ、一時的なものだし。いいんじゃないの?」
「一時的って?」
「こっちの話」
何だよそれ。感じ悪いなぁ。
「それにしても疲れた。まさか実家に帰ったその日に、雷が落ちて火事になるなんて、どれだけ運がないんだろう」
「兄上って雷苦手だったよね」
兄上はムッとした表情で私を睨んだ。
「ほんの小さい時な。僕の両親が死んだ日に雷が鳴ってたんだ。それでちょっとトラウマにな」
そうだったんだ。雷を怖がる兄上はちょっと可愛かったのに。今はこんなふてぶてしくなってしまって。
「明日は保険会社と銀行回らないと、あー、別件もあったな。面倒くさっ!」
「私、もう部屋に戻るね。おやすみ」
そう言って部屋を出ようとドアノブに手を掛けた所で、兄上が立ち上がって私を引き止めた。
「待った」
私は思わず振り返る。
「ジーン、もう決めないか?」
「何を?」
「僕と結婚しよう」
兄上が突然そんなことを言い出したので、私は面食らってしまった。それでもさすがに分かる。兄上が本気だと。
「あまり時間がないのも分かってる。お前が迷っていることも。だったら僕でもういいだろう? 約束したじゃないか。誰も選べなかったら僕を選ぶと」
うう、確かにそうだけど。
「まだ、この夏の間に決めるから。それまで待って」
「そんなにすぐ決められるのか? お前は誰か特別に好きな相手がいるのか? いないんだろ? だから決められない」
図星だった。みんな好きは好きだと思う。でも特別かと聞かれたら、きっとそうではない。
兄上は私に近付いて来て、私はドアに背を付ける格好で兄上を見上げた。
「僕のことが嫌いか?」
「そんなことはないよ」
「じゃあ、好きか?」
「……好きだよ」
「お前が僕を拒めないのを知ってて、手を出す僕は卑怯者かもしれないな」
兄上はそこで、私にキスしようと顔を近付けてくる。
──その時だった。部屋のドアが突然ドンドンと激しくノックされて、私達は我に返った。
「はい?」
兄上が返事をしてドアを開けると、バーナードさんが立っていた。
「夜分失礼します。お客様がお見えですので、応接間の方へお越し下さい」
お客? こんな時間に?
「お城からお見えです」
お城から? そしたらもう思いつくのは一人か二人だ。
どちらにせよ、顔を出さない訳にはいかなかった。
「着替えてから参ります」
「承知致しました」
それで私は一旦部屋に戻って、着替えを済ませた。さすがに寝間着のまま、王子と対面する訳にはいかない。
廊下で兄上が待っていた。そして不機嫌そうに呟いた。
「いいところで邪魔された」
「もう、そういうこと言わないで」
二人で階段を降りて応接間へ向かった。
案の定、ニコラス様の対面にはマシュー王子の姿があった。
「やあ、大変だったな」
「ごきげんよう、こんな夜分にどうしたのですか?」
マシュー王子は、私達に座るように勧めながら、単刀直入に切り出した。
「フォーサイスの屋敷が火事に遭ったと聞いて、困ってると思って来たんだ。兄上と相談したんだが、君達兄妹は、王城の離れの館を使うといい」
えっ! あの離れを? あそこはマシュー王子のとっておきの場所では?
「ジーンのことを考えると、やはり王城内が一番安全と言える。だが、父上とのこともあるし、どうも父上はまだ君のことを諦めていないんだ。だから王城内はある意味危険なんだ」
……危険て。
陛下が私を諦めてないだなんて、困るな。
「離れなら、父上は来ない。あそこは母上が亡くなる前に使っていた館だから、父上は敬遠してるんだ。だから、ある意味安全だ。寝室もいくつかあるし、ニコラスも常駐出来る。それと、マヌエルが護衛を外れるので、授業をやる特別教師も呼んである。そいつも一緒だ」
それって、ニコラス様とその特別教師と同居するってことですか?
いや、今とそんなに変わらないかも。
「もちろん君付きのメイドも一緒だから。早速明日にでも移るといい。ニコラスは明日後任に引き継ぎだっけ? 丁度良かったじゃないか」
何この強引な流れ。
明日顔を合わせるであろう、ニコラス様の後任と、その特別教師の予想が付いてしまって、私は苦笑いだった。
ああ、その予想が外れるといいな。今は少しくらいそう思ったっていいよね?
いつもありがとうございます。
ラブコメ要素が薄れつつ申し訳ないです。
エンディングに向けてより話が重くなるかも(汗
あと、タイトル変更になります。前から内容と離れ過ぎてて、どうにかしようと思ってました。
次回は今回の話の裏話の予定です。




