46 だから雷は苦手な人が多い
結局、そのまま現地解散となって、私はニコラス様とともに彼の屋敷に戻った。
彼が正式に私の護衛となったので、私の事情も考慮して、しばらくは彼の所に滞在することを許された。
アレックスは最後まで不本意そうだったけど。
兄上と喧嘩してなければ、そのまま実家に帰るという案もあったのだけど。まあ、それはもう叶わない。
「お帰りなさいませ」
バーナードさんを始めとしてメイド達が出迎えてくれた。
心なしか、バーナードさんは超ご機嫌なような?
「お嬢様、お着替えのお召し物をたくさん調達しておきましたので、後でご確認下さい」
「あ、わざわざありがとうございます」
バーナードさんは、どうも私とニコラス様を仲良くさせたいらしい。それが何とも空回りしてるのが可笑しいのだけど。
「バーナード、彼女の部屋のバスルームは使えるようになったのか?」
「それはもちろんでこざいます」
それから私は部屋に戻って、実家に電話をかけてみた。
メイドが出て、兄上の所在を聞いた。
「若様は、お留守でございます」
「いつ頃戻ります?」
「それは分かりかねます」
そんな感じで、兄上に連絡が取れない。
夕食の時間まで何度もかけてみたけど、結局折り返しの連絡すらない。結局、父上に代わってもらって、兄上のことを聞いた。
「あいつなら、お前とは話をしたくないと言ってるぞ? どうしたんだ、お前達」
「兄上が悪いんだよ! こっちの事情で話があったんだけど、伝えてくれる? 兄上は私の護衛はもうしなくていいって。後、もう顔も見たくないって言っといて」
「お前、あいつの気持ちも察してやれ。お前には事情をずっと隠してたが、あいつは小さい頃からお前が好きなんだ。お前さえ良ければ、結婚させても構わないと思ってる。あいつがどれだけ、お前の為に……」
私はそこで電話を切った。何だよ、父上まで。
こないだまで、私を婿に出す気マンマンだった癖に。
なんで父上まで兄上の味方してんの?
「お夕食の時間です」
メイドに呼ばれて、私は部屋を出て食堂へ移動した。
そこにはヒューバート様の姿もグレース様の姿も見えない。
一人席に着いていたニコラス様が、説明してくれた。
「兄上達は、遠方の友人の晩餐会に呼ばれて留守だよ。今夜は泊まりになるらしい」
あらら、お泊りなのか。
グレース様とお話したかったのに。残念だな。
ニコラス様と二人で食事をして、食後のお茶を飲んでいる時だった。外の雲行きがおかしくなり、遠くで雷鳴が鳴り響き始めた。
「雷落ちそうだな」
雷か。私はふと思い出す。そういえば、子供の頃の兄上は、雷をいつも怖がって私の傍にいたんだっけ。手を握って、雷が通り過ぎるまで、ずっとそのままで。
さすがに小さい頃の話だから、今は平気なんだろうけど。
この雷の音を、兄上も聞いているだろうか?
「どうした? 元気がないな」
しまった! ニコラス様に気取られてしまった。
「いえ、うちの兄が子供の頃に雷が苦手だったもので」
「そういえば連絡はついたの?」
私は首を横に振った。兄上はあれで頑固だから、私が謝るまで許してはくれないだろう。
「彼は彼で君のことを大事に思ってることは間違いない。落ち着いたら、よく話し合ったらいい」
「話なんかしたくないです」
ニコラス様はやれやれといった具合で、軽く溜め息をついた。
「君も頑固だ」
「そうかもしれません」
その時、雷が近くでドーンと落ちる音がして、私達は思わず席を立ち上がって、窓から外を眺めた。まあ、ここからじゃ庭が広くて良くは分からない。
「近くに落ちたな、これは」
何となく嫌な予感がする。
「家に電話してみます」
私は慌てて、実家に電話をかけてみる。
雷のせいなのか、電話は繋がらなかった。
「そのうち復旧するだろうから、また後でかけ直しなさい」
ニコラス様にそう言われて、頷く。
その時だった。バーナードさんが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
「お嬢様大変です!! お嬢様のご実家が火事のようです!!」
「な、何ですって!?」
今の雷がうちに落ちたってこと? 何て運の悪い。
家には父上も兄上もいる。無事だろうか?
うちの屋敷は古いから、火なんか付いたらひとたまりもない。
「すぐ、家に戻ります」
「私も行こう」
私達は馬車に飛び乗るようにして、私の実家へ向かった。同じ一等地の町内なので、馬車なら五分もかからない。
しかし、うちの近所は火事を見る為に集まったであろう野次馬で溢れていて、これ以上は馬車で進めそうになく、仕方なく降りる。
人を掻き分けて、ようやく辿り着いた家は、既に赤く燃え盛っていた。
「そんな!!」
「兄上、父上!!」
私は思わず、二人を呼びながら、屋敷の敷地内へ入ろうと門をくぐる。
「ダメだ!! この火じゃ中へ入るのは自殺行為だ」
ニコラス様に止められて、私はただ燃え盛る家を眺めているしかない。
「家の人間はどうなってのでしょう? 避難出来たのでしょうか?」
「分からない」
すると、野次馬の人だかりの奥で、怪我人がいると騒ぎになっていた。
私は思わずそちらに駆け寄って、怪我人を見た。
見覚えのある、うちの通いのメイドや使用人達だった。
「大丈夫? 怪我は?」
メイド達は私に気付くと、みんなで揃って叫んで泣き出した。
「ジーン様!!」
私は彼女達の怪我の具合を見て、素早く回復魔法をかけた。
ニコラス様は私を手伝いながらも、彼女達に他の人間の安否を尋ねた。
「屋敷の他の人達は? 伯爵や、若君はどうした?」
「使用人達は全員無事です。旦那様は少し前に、お出かけになられてお留守です。若様は私達を率先して逃して下さいました。まだここにおられないならば、屋敷の中かもしれません」
何てこと!!
私は居ても立っても居られず、屋敷の方へ向かって走り出した。
「ジーン、ダメだ!!」
ニコラス様の制止を振り切って、私は人波を掻き分けて夢中で走った。
眼前に広がる屋敷は、火の回りが早過ぎて、とても入れそうになかった。窓という窓から、火がまるで生きているかのような勢いで燃えているのが分かる。
飛び散る火の粉を振り払いながら、私は屋敷の中を目を凝らして、ひたすら兄上の姿を探した。
兄上、そんな!!
「兄上ーーーーー!!」
私は大声で兄上を呼ぶ。
兄上が死んでしまう!! 兄上がいなくなったら、私はどうすればいい?
いつのまにか、ザーッと叩きつけるような雨が降り出した。
兄上が死んでしまったら、私は?
兄上の為に頑張って聖騎士になった。兄上に笑って欲しくて、一生懸命頑張ってきた。褒めてもらえるのか嬉しくて、苦手な勉強も頑張ったのに。
「危ない!!」
誰かの叫び声と共に、燃えて崩れ落ちた屋根の一部が、私の上に落ちてきた。
まるで走馬灯のように子供の頃からの思い出が浮かんだ。それにしても私の思い出、兄上と一緒ばっかりなんだな。
ああ、あれに当たって私は死ぬんだ。
もう、それでもいいかもしれない。
──そう思った時だった。一瞬の衝撃の後、私は誰かに、その場から突き飛ばすかのようにして押し倒されていた。
「こんな所で何してるんだ!? お前はバカか?」
私を押し倒したであろう人物の声を聞いて、涙が溢れた。
首に腕を回して、そのまましがみついた。
「兄上のバカ!!」
私はわんわんと子供のように泣き叫んで、兄上を困惑させた。
そのまま抱き起こされて、私は兄上に問いただした。
「……なんですぐにみんなと一緒に避難しなかったの? 一体どこにいたの?」
ザーザー降る雨の中、兄上は私を立ち上がらせて、その場から安全な場所まで離れるように誘導しながら言った。
「僕はそう簡単には死なない。裏の厩舎へ行って、馬を逃していたんだ」
「何だ、心配して損した」
「損するなよ……」
「ジーン、大丈夫か?」
そこにようやく駆けつけたニコラス様が、私を呼んだ。
「お前、何してたんだ? ジーンから目を離すなよ」
「すまない、弁解の余地もない。君のことを心配するあまり、振り切って行ってしまったんだ。何はともあれ、君も無事で良かった」
兄上が私を見た。
「僕を心配して?」
私は照れ隠しにそっぽを向いた。兄上がちょっと嬉しそうなのが、何だか妙にムカついた。
「ジーン、お前」
「ニコラス様、帰りましょう!」
私は素早くニコラス様の腕に自分の腕を絡めて、さっさと帰ろうとした。このまま兄上を調子付かせるのも何だか悔しい。
「僕は帰る所がなくなったんだが?」
兄上が、背後から寂しそうな声を上げる。
「だから? 馬は無事なんだし、郊外の叔父上の家にでも行けば?」
「うわ、冷たいなお前……」
「とりあえず、うちに来るといい。歓迎するよ」
ニコラス様!! どんだけ優しいのですか?
私は兄上を睨みつけた。兄上はちょっと嬉しそうに小走りに付いてきた。
結局、私の家は全焼で、屋敷は跡形もなく燃えてしまった。
幸い、敷地がある程度広さがあった為、隣家へのも被害もなく、屋敷の使用人も含めて全員が無事だった。
父上は、ちょうど叔父上の屋敷に向かっていて、難を逃れた。そのまましばらくそちらに滞在すると後で連絡があった。
「まあいい機会だし、屋敷は建て直すことにするよ」
帰りの馬車の中で、兄上がそう言う。
「お金は? 屋敷一軒建てるって相当だけど?」
「金のことなら問題ない。金の採掘も順調だし、事業も思ったよりうまくいってるし。保険に入ってたから、金も下りるしな。お前も金のことなら心配しなくていいぞ」
こちらの心配をよそに、兄上は堅実にお金稼ぎをしてたらしい。しかもかなり儲けてるみたいだし。
そんな才覚があったなら、もっと早くどうにかして欲しかったなぁ。今さら言っても遅いのだけど。
いつもありがとうございます。
お家は燃えてしまったので帰れません!!
こそっと更新しときます。




