39 迷い惑う私の行き先とは
私とラファエルはそのままベンチ隣合って座り、話を続けた。
「秋に結婚してからじゃ、間に合わないの?」
「この感じだと、秋には衰弱し始めるだろうから、間に合う保証がない」
事態は思ったより深刻みたいだ。
「そもそも人間て、そんなに簡単に妊娠しないのでは?」
「普通の人間はそうだな。だが今のお前なら、おそらく簡単に妊娠する。ぶっちゃけヤリさえすれば」
まるで猫かなんか動物か私は。
何だか無性に腹が立つ。
「……なんならこれから試す?」
「お断り」
こいつは一体何なんだ? 色々教えてくれるのはありがたいとけど、私のことを好きでもなんでもないだろうに、よくそんな軽いことが言えるな。
「ねえ、あなたのお母さんはどうだったの?」
「うちの母親は、お前より進行が比較的緩やかだったから。だが、切羽詰まったのは同じだな」
やっぱりみんなそうなんだ。
「結局、今の父と結婚して落ち着いたが、これは言うべきかなぁ」
ラファエルはそこで口籠った。何か問題でもあるのだろうか?
「何?」
「俺の実の父親は母と結婚した父じゃない」
えええっ!?
「どういうこと?」
「実の父とは、結婚出来なかった。それだけ」
聖乙女に選ばれたら、誰でも結婚出来るのでは?
既婚者以外なら。あ!!
「お父さん、まさか既婚者だったの?」
「違う」
じゃあ、思いつくのは一つだけだった。
「死んじゃったんだね……」
「勝手に人の親を殺さないでくれる?」
そう言われたので、もう私にはお手上げだった。
「勿体ぶってないで教えてよ」
「だったら、これから毎日俺に会いに来いよ」
「はあ!?」
いや、別にそこまでして知りたくもない。
私の思いを察したのか、ラファエルが呟いた。
「まだまだ俺が知ってる、お前の知らないことがたくさんあるんだけどな」
そう言われると、どうしようもないじゃないか。
「俺なりに発情を抑える方法や、子供云々でなくて寿命をどうにかする方法を探してみる。毎日とは言わないが、定期的に来い。何か分かるかもしれん」
ラファエルは立ち上がって、前髪をくしゃくしゃして元に戻した。
「その前髪切ればいいのに」
なぜ彼がそんな前髪をしているか理由は知ってるけど、さすがに実際に見るとかなり鬱陶しい。
「ああ、でもお前の夫候補になったから、気にしなくてもいいのか」
「何を?」
「ウザい女ども」
「ああ」
そりゃあ、それだけ綺麗な顔をしてたらねぇ。
言い寄る女の子が煩わしくて、顔を隠してるんだっけ?
自分も経験してるから分かるのだけど、あの女の子達のパワーは本当にどこから出ているのか。
ある意味羨ましい。一人の人をそんなに好きになれて。
顔でも性格でも、好きになるきっかけが見つかるって凄い。
私は別れ際、ラファエルに問い掛けた。
「ねえ、何で私と結婚したいの?」
「……お前と結婚したら、図書館の禁書読み放題だから」
そう言うと口元を綻ばせた。そして彼は私に背を向けて去っていった。
なんだ、そういうメリットがあるんだ。
やっぱり彼は一風変わってる。
それにしてもここはどこだろう? 帰り道が分からない。ラファエルが居たってことは、きっと図書館から近いのだろう。
子供を産まないと、早く死ぬ。
その事実が私の頭の中で、ガンガン鳴り響いた。
相手も決められないのに、どうすればいいんだろう。
私はとりあえずとぼとぼ歩き、見知った通りに出た。
図書館の前の通りだ。
ここからなら、家に帰れる。
大公家にも、あのアパートメントにも帰る気にならないので、私はとりあえず自宅へ向かって歩き始めた。
兄上達は心配しているだろうか。
その時、私の横を通り抜けた一台の馬車が止まった。
扉が開いて降りてきた人物の顔を見て、私は驚く。
「ニコラス様!」
「どうしてこんな所に? 誰か一緒ではないのか?」
仕事帰りだろう。彼の私服姿は少し新鮮だった。
そういえば、久しぶりに会う。
「一人で散歩してました」
彼はちょっと怪訝そうな顔をしたけど、すぐいつもの柔らかな表情に戻り、
「送ろう。乗りなさい」
そうして彼に促されて馬車に乗り込んだ。
そういえば彼も名家の息子だった。
「大公家へ」
彼が御者にそう言うので、私は慌てて否定した。
「大公家へはちょっと」
そう言うと、彼は察してくれたのか少し微笑んだ。
「じゃあ、うちに来るか?」
私は黙って頷いて、馬車はそのまま走り出した。
彼は私に何も聞かない。その気遣いがありがたかった。
やがて、彼の自宅である屋敷に到着して馬車を降りた。
彼の家、カーライル家は伯爵家で、国内でも有力貴族の一つだ。彼は確か次男で、家督は年の離れた兄君が継いでいるとか。
うちの実家と違って、立派な綺麗な屋敷だった。
「若様、お帰りなさいませ」
メイド達がずらっと出迎えて、彼は微笑んだ。
「ただいま。お客様をお連れしたから、客間を用意して」
「分かりました」
メイド達は我先にと、ニコラス様の荷物を受け取って、そそくさと屋敷の中へ戻る。
「行こうか」
彼に続いて屋敷に入ると、老執事が出迎えた。
「坊っちゃま、お帰りなさいませ。そちらの方は、まさか?」
坊っちゃま!?
私は思わず吹き出してしまった。
ニコラス様は咳払いして、執事に告げた。
「そう、聖乙女のユージェニー嬢だ。今夜はうちに泊まってもらう。それと坊っちゃまは、もうやめてくれ」
「分かりました。お初にお目にかかります。当家の執事をしております、バーナードです。以後お見知り置きを」
バーナードさんは丁寧にお辞儀をして、ニコラス様をちらっと見て言った。
「坊っちゃまのお部屋にお泊めするのですか?」
「!!」
「バーナード! いい加減にしないか!! 彼女の部屋は客間だ!!」
ニコラス様は真っ赤になって、バーナードさんを咎めた。
一方のバーナードさんはいけしゃあしゃあと、
「坊っちゃまが、ご結婚なさるかもしれぬお嬢様でしたので、とんだ早とちりをしてしまいました。ご容赦下され」
このお爺さん、曲者だ!!
ニコラス様を完全に手玉に取るなんて。
「兄上は?」
「お帰りでございますよ。お会いになりますか?」
「ああ」
バーナードさんに案内されて、広い居間に通された。
そこにニコラス様に雰囲気の似た渋い男性と、おっとりとした感じの栗毛の綺麗な女性がソファに座っていた。
「ただいま帰りました」
「お! まさか、そのお嬢さんは聖乙女かな?」
渋い見た目と裏腹に、口調は軽かった。
「そうです。ジーン、兄のヒューバートだ」
「初めまして、ユージェニー・フォーサイスです」
私は丁寧にお辞儀をした。
「これは噂に違わぬ綺麗なお嬢さんだ。ヒューバート・カーライルです。こちらは妻のグレース」
ご夫妻と挨拶を交わし、座るように促されてソファに腰掛けた。
「まさかニックが聖乙女を連れ帰るとは! とうとうその気になったのか?」
「行きがかり上、時間も遅かったのでお連れしたのです。他意はございません」
「何か住まいに戻れぬ事情でも?」
ヒューバート様にそう聞かれ、私はまさか大公家で修羅場を演じてきたとはとても言えなかった。
「兄上、余計な詮索はせぬように。彼女には国王陛下との婚約破棄など、複雑な事情があるのです」
ニコラス様のフォローが入り、ヒューバート様はそこで口をつぐんだ。
「いや、すまなかった。うちで良ければ、好きなだけ滞在してくれ。そのまま嫁に来てもらっても、もちろん大歓迎だ」
随分と明るいお兄さんだな。弟のニコラス様の方がしっかりしてそうだ。
そして、そのまま夕食もご馳走になって、通された客間で一息つくと、ノックの音が響いた。
「あ、ごめんなさい。着替えが足りないかと思って。私ので良ければ使って下さい。全部、新品の物ですから」
グレース様が、ご自身の寝間着や普段着を数着持っていらした。
「お心遣い、ありがとうございます」
「サイズが合うと良いのだけれど。あなたは背が随分と高いから、ひょっとすると丈が足りないかも」
合わせてみると、確かに丈が全然足りなかった。
「ああ、やっぱり。でも足が長くて羨ましい。そうだ! 明日、よろしければ一緒に服を買いに行きませんか?」
グレース様は、楽しそうににっこりと微笑んだ。
可愛らしい方だな。
「ね、そうしましょう? ふふ、楽しみ」
「義姉上に先を越されてしまいましたか」
見ると、廊下にニコラス様が立っていらした。
「あらニック、もちろんあなたも一緒に行くのよ?」
「え?」
「明日は仕事がお休みでしょう? だったら彼女に付き合ってあげないと。もちろんあなたは荷物持ちよ」
このお姉さんも只者じゃなかった!!
ニコラス様を完全に振り回している。
なんだかこの屋敷の人達が、みんな曲者な気がしてきてしまった。
いつもありがとうございます!
今日は時間があったので何とか更新できました。
何とか完走出来るように、ぼちぼち頑張ります。
今回はやっと再登場のかなったニコラス氏のターンです。今までいいところなしでしたので、彼には最後のオアシスとして頑張ってもらう予定です。屋敷の人に振り回されたり、わりとプラトニックなイチャイチャが続くと思いますが、生温かい目で大目に見てください。
次回もよろしくお願いします。




