38 図書館司書は公園のベンチで寝ているものだ
「兄上のバカ、アホ、マヌケ」
自分に対して一番腹が立っていたけど、兄上に対しても何だか許せなくて、ずっと兄上の悪口をぶつぶつ言いながら歩いていた。
ユーエンの前で、あんなこと言うなんて。
彼の前で、兄上にその気にさせるなんて。そんなの乱暴過ぎる。
でも、きっとキスされたら、私はまた我を忘れてしまうのだろう。
私は空いていたベンチに腰掛けて、深い溜め息を付いた。
「……私は誰と結婚すればいいんだろう」
「俺とする?」
「!!」
思わず口をついた言葉に、返事をされて私はびっくりした。
見ると、背中合わせのベンチの反対側に誰かが寝ている。
「誰?」
寝ていた人物は起き上がって、こちらを向いた。
癖のある鬱陶しい前髪、見覚えのある風貌。
「ラファエル!?」
図書館司書の変人ラファエルだ!! どうしてこんな所に?
「……こんな所で会うなんて、運命かな?」
「…………で、なんでここで寝てたの?」
ラファエルは頭をポリポリしながら、うーんと一つ伸びをした。相変わらずマイペースだな。
「………今日は図書館の休館日なんだけど、大掃除するからって他の奴らに追い出された」
「はあ?」
ラファエルも職員なんだから、大掃除しないのだろうか?
「あなたは掃除しなくていいの?」
「……俺、掃除の合間に本を片付けでもしてたら、それが気になって読み出しちゃうから」
あー、何だか分かる。脱線しちゃうタイプだ。
「それで一日ここで寝てたの?」
ラファエルはぼーっとしながら、頷いた。
のんきでいいなぁ。私はこんなに悩んでぐちゃぐちゃなのに。
「で、結婚するの?」
「へ?」
ラファエルはじっと私を見た。実際は髪で隠れて目が見えないので、表情は分からないけど。
「俺とする?」
「はあ?」
ラファエルは首を傾げた。
「相手がいなくて、困ってるのかと」
「どっちかというと、相手がたくさんいすぎて、誰にするかで悩んでる」
溜め息混じりで答えると、ラファエルはふーんと頷いた。
「……贅沢な悩みだな」
「私、最低なんだ。好きだって言われてキスされちゃうと、相手が誰でもその気になっちゃう」
私の言葉に、ラファエルは全然驚かなかった。
「それで?」
「引かないの? そんな女最低じゃない?」
ラファエルは、まるで何でもないことのように言う。
「聖乙女の特性だから、仕方ない。結婚前の妙齢の乙女はみんなそうだ。一種の発情期みたいなもんだ」
「知ってるの!?」
私は食い気味に、ラファエルの首根っこを思わず掴んだ。
「……まあな。でも、誰でもいい訳じゃない。ちゃんと相手として相応しい者だけだ。だから、乙女がその気になった相手とならば、誰と結婚したって上手くいく」
「上手くいくって何が?」
「えーっと、結婚生活つまり、子作り?」
私は赤面した。
な、そんなはっきり言わなくても!!
「……あんまり、深く考えなくていいんじゃないか? まあ、でも早く相手を決めて結婚して子供産まないと、死ぬからな」
「!!」
し、死ぬ? なんか今、変なこと言わなかった?
「……まさか、知らなかった?」
私の表情を見て、ラファエルは察したようだった。
「そんなこと聞いてない」
「……ふむ。お前の兄さん、そこは話してないんだ。まあ、子供を産めなきゃ早死にするなんて、さすがに妹に言えないか」
ラファエルは、聖乙女に関してどこまで知ってるのだろう?
「まあ、せっかくだから教えてやる。要は、体内の膨大な魔力に肉体が耐えられなくなるんだ。でも、子供を産むと、魔力が分散されるのか、人並みの寿命になる。産まない場合の寿命は二十五に満たないんじゃないかな?」
二十五!?
そんな早くに?
「そこは個人差あるからな。早い場合だと二十歳前に死ぬぞ? まあ、さっさと結婚して子供を産めば平気だ」
私は愕然とした。兄上は本能だからと仕方ないと言っていたが、まさに寿命が迫っているなら話は通る。
聖乙女という生き物は、普通の人間とは違うんだ。
「……やっぱりショックだよな。でも、大概の乙女は、ちゃんと子供を産んで、天寿を全うしてる。お前もあんまり深刻に考えるな」
「どうしてそんなに、聖乙女に詳しいの?」
兄上は、私が聖乙女として生まれてしまったので、否応無しに知識を得たそうだけど、ラファエルは違うだろう。
ただの知識欲? でも一般的に得られる聖乙女に関する知識を完全に超えている気がする。それこそ、禁書に載っているような内容まで。
「それは俺の母親が、聖乙女だったから」
「え、ええっ!?」
ラファエルのお母さんが、聖乙女!?
それは先代ってこと?
先代聖乙女の息子!? まさかそんな設定があっただなんて。
「……まあ、ちょっと調べたら分かることだし。別に隠すことでもない」
「まさか、全部知ってたの?」
「そうだな。お前が男になってたこともな」
彼のお母さんが私とアレックスに呪いをかけたんだ。
「まだまだお前の知らないことを、俺は知ってるけど? どうする? 聞きたい?」
先代は既に亡くなっている。生きていれば直接聞きたいこともあった。兄上が教えてくれないことも。
「聞きたい」
そう答えると、ラファエルは白い歯を見せて笑った。
「教えてもいいけど、条件がある」
「何?」
「俺と結婚する」
夫候補じゃなくて、いきなり結婚!?
「それはちょっと」
私が渋ると、ラファエルはうーんと唸った。
「……じゃあ、とりあえずこっちに来て」
私は言われた通り、反対側のベンチに回って、ラファエルの隣に座った。彼はすかさず、腕を私の肩に回してきた。
「!!」
「そう固くなるな。ちょっと反応が見たい」
体を強張らせる私に、彼は容赦なく顔を近付けた。
前髪で全く表情は分からない。
「こっちを向け」
彼は前髪をかきあげて、ようやくその顔を拝ませた。
女性的な柔和な美貌がそこにあった。その双眸は珍しいアースアイだ。青、黄色、オレンジとさまざまな色が映る瞳。ただ目元にくっきりとクマが出来ている。顔色も病的に青白い。
通った鼻梁に、形の良い唇、分かってはいたけど完璧な配置。
「……俺の顔を見ても、別に驚かないか」
「周りに美形はごろごろいるんで」
そう答えると、彼は少し笑った。
そして、そのままゆっくり顔を近付けて、私にキスをしようとした。
「ダメ!」
私は手で彼の口を押さえた。
「言ったでしょ? キスするとその気になっちゃうからダメだって」
「一度試したっていいだろう? お前の発情の進度を知っておきたい」
発情の進度?
「残り寿命の目安になる。発情が進めば進むほど、残りの寿命が短いってことだ」
そう言われると、さすがに断れない。
私は、仕方なく頷いた。
「分かった。でも、キスしたからって結婚を迫らないでよ?」
「……いいだろう、とりあえず夫候補で我慢しておく」
結局、夫候補にはなるんだ。
そしてラファエルは私にキスをした。
閉じた唇が触れあうだけの、ほんの数秒だけのキスだ。
「……ふーん。キスを抵抗しないということは、俺は条件を満たしてるんだな」
私は閉じていた目を開いて、彼の顔を見た。
「……で、これくらいなら、何ともないな?」
確かに頭が真っ白にもならないし、電流のようなものも感じない。
「もう一度するぞ?」
「えっ、また?」
そう言うなり、彼は再び私にキスをした。
次は口をやや開き、上唇と下唇を食み合う感じのキス。
それが数秒続くと、頭の中がやや痺れたように感じた。
「どうだ?」
「頭の中がちょっと痺れた感じがしたかな」
ラファエルは、じっと私を見つめた。
「どうなの?」
彼が黙ったままなので、私は上目遣いで返事を求めた。
「……もう一度だ」
彼は少し笑って、そのままキスしてきた。
今度は、彼の舌が容赦なく口の中に滑り込んできた。
私の口内をねぶり、舌が絡み合う。
頭の中が真っ白になって、私はたまらず彼の首に手を回した。
ラファエルは私の肩を引き寄せ、なおも激しくキスをした。
そして唇を外した彼は、吐息混じりの掠れた声で、
「好きだ」
再びキスされて、私の背中に電流のようなものが走った。
私は力を失って、ラファエルにもたれかかる格好になった。
「……進度が分かった」
私は彼の胸に抱かれながら、荒い息でその声を聞いた。
「……思ったより進行が早い。呪いで、力を押さえつけた反動かもしれないな。ことは急いだ方が良さそうだ」
「ねえ、さっき好きって言ったよね?」
「あれは、一種のトリガーだ。好きだと言われた瞬間に、電流が走ったんだろう?」
「そうそう!」
そういえば他の人とキスした時も、そのパターンが多かった。
「結婚、いつまでにするんだ?」
「秋の収穫祭に合わせるようにと言われたけど?」
ラファエルは、かなり渋い表情で、
「秋までもたないかもしれないぞ? 子供だけでも先に作るべきなのかも」
「えええっ!?」
そんな、相手も決まってないのに!!
「夏の間にどうにかするべきだな。そうしないと、一気に衰弱して、きっと冬を越せないだろう」
いつもありがとうございます。
ようやく変人再登場しました。重要人物なので、いつ出せるかやきもきしてました。ここでやっと終わりが少し見えてきた感じです。
エンディングの準備段階と以前ここで書きましたが、話自体はまだまだ先になります。すみません。
多忙な為、更新がまちまちになってしまいます。
最低でも週二、三回くらいでなるべく更新したいと思います。
また次回もよろしくお願いします。




