37裏 兄に抜け駆けされちゃった僕
36話後半からのアレックス視点の話です。一部内容は本編と重複しております。
ジーンが僕を夫候補として認めてくれるなんて、正直思わなかった。
彼女の周りには、マックス兄様やマシュー兄様、ニコラスやお兄さん、そしてユーエンまでいる。
誰一人、僕にはかなわない相手だ。
お兄さんが、ジーンの前でわざと僕のことを悪く言って、候補にする流れに仕向けてくれたのは分かってる。
たぶん、僕が普段から努力しているのを、なんだかんだで見ていてくれたからだ。
お兄さん、人が良すぎ。
でも、だからって遠慮なんかしない。
男に戻れた以上、ジーンは何があっても僕の花嫁にする。
元々彼女が気に入って、最初に結婚しようとしたのは僕だ。
僕達は、同じ星回りに生まれたらしい。それで彼女の力を封印する為の呪いの贄に選ばれてしまったけれど、それだけ彼女との絆が深いんだと思うことにした。
それにしても、ユーエンとジーン、お茶を淹れると言って出てったけど遅いな。
「僕、ちょっと厨房まで行ってくる」
「あ、そういえばあいつら遅いな。何してんだ?」
お兄さんもさすがに時間が気になるようだ。一方のマックス兄様は、いたずらっぽい笑顔で、
「二人きりですることなんて、一つしかないんじゃないか?」
いやいや、あの二人に限って、それはない。
二人とも基本真面目だし。
僕は一抹の不安を覚えながら、厨房へ向かった。
厨房のドアを開けると、目の前に二人の姿が飛び込んできた。
二人はキスをしていた。
ユーエンがジーンの腰を引き寄せて、まるで映画で見るようなキスシーンを演じていた。
ジーンはうっとりした表情で、ユーエンのキスを受け入れている。ここで見ている僕の存在に全く気付いていない。
ショックだった。二人がまさかキスしているなんて。
僕を夫候補と認めてくれた矢先にこれか?
やがて二人は唇を外して、お互いに見つめあった。
それで思わず口をついた。
「何してんの?」
二人はこちらにようやく気付いたようで、ジーンはみるみる顔色が変わった。思わず体を離そうとしたけど、ユーエンが相変わらず彼女の腰を引き寄せたまま、離そうとしなかった。
「今、キスしてたよね?」
「ええ、それが何か?」
ユーエンは全く悪びれる様子もない。
僕の執事で実の兄だけど、ジーンに関して譲る気は一切ないのを僕は知ってる。
「二人で出てったから、なんか気になって。後を追って来てみたらこれだ。ジーンはもうユーエンに決めたんだ?」
彼女は答えなかった。
僕に悪いと思っているのか、罪悪感に溢れた目だ。
「夫候補になりたくて、男に戻った途端にこの仕打ち? ちょっと酷くないかな?」
そう言っていて、悔しさで涙が溢れそうになる。
「アレックス」
ユーエンが僕の名前を呼んだ。どうせ、いい訳みたいなことを言って、結局僕に諦めろとかいう話になるだけだ。
「言い訳なんか聞きたくない。もう二人とも僕の前からいなくなっちゃえよ!」
「では、そうします」
ユーエンはそう言って、ジーンの手を引いて出て行ってしまった。
本当にひねくれてる!! ユーエンのそういう所は冷たささえ感じる。
二人が出て行ってから、しばらくしても僕はそこから動けなかった。涙が溢れて止まらなかった。
「おい、どうした?」
お兄さんが心配したのか、様子を見にきた。
僕は泣いていたのを見られたくなくて、思わず袖で目をこすった。
「ユーエンとジーンが出てった」
「はあ? どういうことだ?」
僕はお兄さんに事情を全部説明した。
お兄さんは、意外にもさほど驚きもせずに、僕に聞いてきた。
「ユーエンが行きそうな場所は?」
僕は思いつく限り、お兄さんに話した。詳しい住所が分からない場所は、お兄さんが後で調べると言う。
ユーエンはああ見えて、個人資産として物件をいくつか所有している。大公家の財産とは別で、彼個人の物だ。さすがに僕も全部は知らない。
執事なんかしなくても、充分資産を持ってるんだ。
ぶっちゃけめちゃくちゃ遣り手なんだ。
だから、このまま屋敷を出たって全然やっていけるだろう。むしろ困るのはこちらだ。
父上が留守がちだから、実務はほとんどユーエンがこなしている。ぶっちゃけ、実質の大公はユーエンなんだ。
父上もユーエンに仕事を丸投げするくらいなら、きちんと認知して、後継者として認めてしまえばいいのに。
今日だって、おばあ様を船から降ろしたら、さっさと次の目的地に向かって出航してしまった。仕事をする気なんかもうないらしい。
ああ、話が脱線した。
自室に戻った僕は、マックス兄様にも、ユーエンとジーンが出てった話をする羽目になった。
「二人がキスしてたって? それで二人を咎めたのか?」
マックス兄様も、お兄さんと同じように驚きもしなかった。なんでだ?
「ユーエンて、むっつりスケベなんだな。まあ、私達と血が繋がっているし、草食な訳ないか」
むっつりスケベって。もう死語じゃなかった?
「キスしたというなら、私だって今日したぞ? マシューだってそうだし。たぶん、マヌエルだってしたんじゃないか?」
「は?」
僕は思わずポカーンとする。ジーンとキスした? 兄様達も?
「お前らがおばあ様の迎えに行っている最中、ジーンが交代で私達の相手をした。まあその時に成り行きで迫ったというか、キスした」
マックス兄様は、思い出すようにして自分の唇を舐めた。
「かなり手応えを感じたんだがな。次は指輪を用意して、真面目にプロポーズしてみるか」
「何だよそれ? ジーンは全員に迫られて、全員とキスしたっていうのか?」
そんな安っぽい女だなんて、到底信じられない。
「分かったぞ、いくつか怪しい物件をピックアップしてみた」
そう言いながら部屋に入ってきたお兄さんに、僕は詰め寄った。
「お兄さん、今日ジーンとキスした?」
「は?」
「教えてよ、ジーンとキスしたか聞いてるんだよ?」
お兄さんは、余裕のある笑みを浮かべて一言。
「ああ、した」
お兄さんまでーーーー!!
僕はお兄さんを睨みつけた。
「どうせ無理やりしたんでしょ? そうでしょ?」
「嫌がってはいなかった。むしろノリノリだった」
お兄さんは、意地悪な笑みを浮かべた。
僕はイラっとして、思わずお兄さんに掴みかかり、首元を掴んで思い切り揺らした。
「お兄さんの裏切り者!!」
「こらこら、やめないか!」
マックス兄様が僕らを引き離した。
慌ててお兄さんが、言い訳がましい説明をする。
「まあ、話を聞け。僕らがジーンに迫ったのが一番いけないが、あいつは聖乙女な以上、僕らに迫られると拒めない体質なんだ」
「え?」
「へぇー」
お兄さんの話では、聖乙女とはそんなものらしい。
本人の意思と関係なく、自分に相応しい相手だと、その気になってしまい、しかも拒めないんだと。
こないだお兄さんに迫られたって話は、お互い媚薬が入ってたはずなんたけど、ジーンにはそもそもそんなこと関係なかったんだ。
「最近、あいつの魔力が増すと同時に、聖乙女の特性も強くなったみたいだ。迫られると簡単にコロッといく。今日の感じだと、もうかなりヤバイな。一度、候補全員で会って話をした方がいいかもしれない」
「話をするとは?」
マックス兄様が、お兄さんに確認する。
「抜け駆け禁止にするとか。このままだと、もうあいつの意思が尊重されなくなる」
要は強引に迫れば、ジーンが簡単に落ちてしまうということなんだ。
「既にユーエンに抜け駆けされているようだが?」
「もちろん、このままにしておけない。探し出して連れ戻さないと」
お兄さんは目星を付けた物件の住所に、とりあえず行ってみるらしい。
「まあ、ジーンを王都から連れ出すのはさすがにしないだろうから、とりあえず近場から当たってみよう」
いつもありがとうございます。
そろそろエンディングに向けて、準備段階に入ろうと思います。エンディングは一気に更新予定の為、執筆に時間がかなりかかります。しばらく更新が亀になりがちですが、ご理解の程よろしくお願いします。




