006
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近くの公園内にあるスピーカーから流れてくる音楽が、正午を告げる。
「あら、もうこんな時間じゃない」
「もうお昼かぁ」
イチカと倖羽は、神社にある時計を見上げる。
「のんびりお喋りしてる場合じゃないわ! さぁ、そろそろ行きましょう!」
鳥居のほうへ向きを変えたイチカに腕を掴まれている俺は、同じく向きを変え、サイカク達に背を向ける形になった。
「ほな、デート楽しんで来てなぁ」
「レンカとかキョウに見つからないようにな!」
後ろから稲成と、いつの間にか眠りから目覚めていた梅の声がする。すると、ピタリと足を止めて振り返ったイチカは、
「あら、私は別に見つかってもかまわないわよ」
挑戦的な笑顔で、平然とそう言い放った。イチカの動きにつられて振り返ってみると、サイカクがキョトンとしている梅の耳を塞いでいた。
「私、この方なら何人も女性がいたってかまわないもの。私だけとか、一番になりたいとか、そんな烏滸がましいこと思ったことないわ。この方ほどの男を放っておく女が少なくないことなんて、分かり切ったことでしょう?」
イチカはニコリと笑みを浮かべ、首をかしげる。
「だから女性が何人いたって、私が一番じゃなくたってかまわないわ。ただ、私といるときは私のことだけを見て愛してくれたら、それでいいのよ。私、他の女に存在を匂わせるなんて品のないことはしないから、安心してしてちょうだいね」
…………安心とは? これ、どう返すのが正解なんだろう。
考えていると、肩に重みを感じる。
「な? 恐ろしいやろ? 人間の倫理観や常識なんて、通用せぇへんねん……まぁ、それはイチカに限ったこととちゃうけどな」
俺の肩に腕を回した稲成が、耳元で愉しそうな声でつぶやく。すると、反対隣りにいるイチカが、稲成の手を軽く払った。稲成は払われた手をさすりながら「おーこわ」と肩を竦めるが、表情とセリフがあっていない。
「まーまー。そんな深く考えなくていいよ。人間の倫理観からは外れてると思うけど、イチカは一勢君が嫌がることはしないから。それは僕が保証するよ」
イチカのことを一番知っているであろう倖羽の言葉は、妙に安心感がある。冷静になった俺は、まだ起こってもいないことを考えるのをやめた。
起きて来たコハクも加わり、俺たちを見送ってくれると同時に、鳥居のほうから玉砂利を踏む音が近づいてきた。
「あっ! こら! 待ちなさいっ!」
女性の声が聞こえて振り返ると、小さな男の子が走ってこちらへ向かってきていた。女性は抱っこ紐で赤ちゃんを抱いていて、走り出してしまった男の子を追うのも大変そうだ。引き留めたほうがいいのか考えていると、男の子は俺の前でピタリと足を止める。ホッとしたのも束の間、ペコリとお辞儀をして目を閉じ、手を合わせはじめた。
「……えっ?」
「えー!? ちょっと何してるの!? すいませんすいません!」
追いかけて来た女性が男の子の手を掴み、謝りながら頭を下げる。
「あ、いえ! だ、大丈夫なんで、気にしないでください」
手を合わせたままジッとそのやり取りを見ていた男の子は、女性の真似をしてもう一度お辞儀をする。
「ゆう君っ! もう、本当にすいません! ほら、公園に行くんでしょ?」
女性は恥ずかしそうに会釈をし、男の子の手を引いて神社から出て行った。
想定外の出来事に遭遇し、呆気に取られていると「いやー、まじかー」と言う倖羽の呑気な声に続き、
「……こんなこともあるんですね」
「勘のええ子やなぁ。ここに、こんなに神様おるのに。ある意味、一番ご利益ありそうなとこ行きよった」
男の子の背中を見送り、関心を示すサイカクと稲成。
「今は意味も分かっていないし、大きくなったら隠れてしまうかもしれないけど……邪心がない状態って、良くも悪くも何でも通しちゃうから、神力も通りやすいわよね。私もあやかっておこうかしら」
イチカはさっきの子供の真似をして、俺に向かって手を合わせる。
「いやいや、邪心まみれの奴が何言うてるん?」
「あなたは一言多いんですよ」
サイカクは余計な一言を放った稲成を横目に、ため息を吐いた。
サイカク達に見送られながら神社を出たあと、イチカと倖羽と一緒に駅に戻ってきた。
「一勢君、お昼は何食べたい?」
「え? うーん……」
すぐに思い浮かばず「何でもいい」と言おうとした瞬間、
「ちなみに、何でもいいは受け付けません」
その選択肢は消滅した。
「えぇー……二人は、何か食べたいものとかないのか?」
「僕もイチカも、一勢君が食べたいものが食べたいなー」
「そうね。ちなみに今日の行動の決定権は、すべてあなたのものよ。あなたが好きなものを食べて、好きな場所へ行って、好きなことをしてちょうだい」
急に決定権を全振りされたが、何も出て来ない。思えば家族や友達と出かけるときは、だいだい誰かが決めていたし、俺もそれに対して特に不満を抱いたことはない。だから、急に舵取り役を任されると不安で落ち着かない。
「……じゃあ、ちょっと見て回っていい?」
とりあえず俺は、商業ビルの飲食店フロアにある店を見て回ることにした。
「へぇー、結構たくさんお店あるんだね」
「うん。ありすぎて逆に迷いそう」
飲食店のディスプレイを眺めながら、フロアを一周する。
オムライス、ステーキ、天ぷら、サンドウィッチ、うどん、パスタ、ラーメン、パフェ……
「お腹空いてると、どれも美味しそうに見えるな」
「分かる。そういうときって、全部食える気して来ない?」
「気持ちは分かる。現実的には、絶対無理なんだけど」
倖羽と話しながらフロアを歩いていると、ふとある店が目に止まり、何となく気になった。
「……ここにしようかな」
「いいじゃん、いいじゃん! ここ入ろー!」
「あら。良い雰囲気のお店ね」
土日のお昼時ということもあり、フロアも賑わっていたが、俺たちが入ると同時に空いた席があり、スムーズに席に着けた。仕切りのある半個室のような場所の四人掛けのテーブルで、俺の向かい側にイチカが座り、その隣に倖羽が座る。傍から見れば俺と倖羽だけのはずなのに、なぜか店員さんは水を三つ持ってきて置いて行った。
「……え? イチカ見えてる?」
「いや、見えてないよ。でも、なんか気配を感じ取って、無意識に持ってきちゃったのかもね」
タッチパネルを操作して料理を注文すると、しばらくして次々と料理が運ばれてくる。イチカはケーキとコーヒー、倖羽はパスタのセット。
スイといい倖羽といい……なんかもう、パスタさえイケメンを際立たせるアイテムにしか見えないの、何なんだよ。
料理を持ってきてくれた店員のお姉さんも、心なしか声のトーンが高めだった。
全員の料理が揃ったところで食べ始めたが、食事の途中でなぜかジッと俺を見ている倖羽に気づいた。俺ではなく、俺が食べている料理に視線が向いている気がする。
これ、食べたいのかな?
そう思い声を掛けようとすると、
「……一勢君さ、朝もお米食べてたよね?」
思いがけない質問を投げかけられた。
「え……うん?」
「毎日毎食、お米が出て来ても飽きない派?」
「うん、たぶん」
「じゃあさ、それが毎食パンとか麺類でも同じ?」
「……いや、それぞれは好きだけど、毎食出てきたらちょっと……食べはすると思うけど、飽きるかも」
「うどん、ラーメン、焼きそばみたいな感じで味変しても?」
「そうだな……まぁでも、毎日じゃないなら……」
「ふぅん。一勢君、お米大好きじゃん。ディスプレイもほぼパスタだったし、パスタの気分なのかと思ったら、まさかのドリアだし」
「え!? あんまり意識してなかったけど……言われてみれば、そうなのかも」
そういえば最近、春斗たちとラーメン屋に行ったとき、みんながラーメンがメインのセットを頼む中、俺だけチャーハンと唐揚げを頼んで突っ込まれたことを思いだした。
「よかったね。多ければいいってもんでもないけど、好きな物ってどれだけあっても幸せじゃん」
「好きな物も人も場所も、全部あなたの味方よ。現に私は、あなたが居るだけで幸せだもの」
俺の食の好みなんてほんの些細なことなのに、それを見つけて俺より嬉しそうに笑う二人。そんな二人に柔らかい眼差しを送られ、俺はこそばゆい気持ちになる。
好きだと自覚してから口に入れたお米は、なぜだかさっきまでよりも美味しく感じた。




