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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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  005




 準備をして家を出ると、イチカと倖羽(こう)は迷いなく歩き始めた。その後を付いて行くと、駅に辿り着く。

 「電車に乗ってどこ行くんだ?」

 「んー……まぁまぁ人が居て、そこそこ栄えてる場所がいいから……あそこかな!」

 行き先を尋ねると、倖羽(こう)は券売機の上にある大きな路線図を見上げ、ある駅を指差す。

 「たしかに都会ではないけど、人も多いし店も結構ある場所だな」

 たまに買い物に行ったり、友達と遊んだりする場所で、俺にとってわりと馴染み深い駅だ。

 「ちなみに僕、目的の駅に着くまでは人間には見えてないから、気をつけて。一人で喋ってると思われちゃうからね」

 「……了解」

 「スイみたいに長時間、人間として紛れ込めないから温存しときたいんだよね」

 それ、前に誰かも言ってたな。スイは毎日平然と人間やってるから、そんなに難しいことだと思ってなかったけど、それが規格外だと知ったときは少し驚いた。


 到着した電車は、土日にしては乗客が少な目で、ちらほら空いている席があった。俺の隣にイチカが座り、倖羽(こう)は俺たちの正面に立っている。不思議なことに停車駅で人が乗降して乗客が増えても、イチカが座っている場所には誰も座らなかった。俺以外の人間には空席に見えているはずなのに。

 二十分ほど電車に揺られ、目的地に到着。この周辺では大きめの駅ということもあって、下車する乗客も多く、人の流れに乗って降りる。

 「こっちよ」

 イチカに腕を引かれて改札を出ると、いつも出る出口の反対側だった。

 「こっちから出るの、何か新鮮だな。いつもと違う駅みたい」

 「あっちの出口のほうがお店とか多いもんね。こっちはバスとかタクシーの乗り場がメインだし」

 「ここからバスとか乗るのか?」

 「ううん。ここから少し歩いたところに用があるんだよ。ま、行けば分かるから」

 「さぁ、行きましょう!」

 イチカは俺の腕に自分の腕を絡ませ、軽く腕を引いて行き先へ誘導するように歩き始める。イチカと反対隣りにいる倖羽(こう)は、

 「こんなにはしゃいでるイチカ、久々に見たよ」

 楽しそうな笑みを浮かべているイチカを見て、俺にしか聞こえないくらいの声でポツリとつぶやいた。

 




 十分ほど歩くと、街中に佇む鳥居が見えてきた。

 「神社?」

 「そうよ。ここには来たことなかったかしら?」

 「うん……ここに、神社があることも知らなかった」

 「そう。じゃあ、これからはたまにでいいから、来てあげてちょうだい」

 鳥居をくぐると、空気の切り替わりを肌で感じた。人混みの中から、急に自然の中へ入り込んだような清々しい空気。匂いまで変わった気さえする。何度かこういうことはあったが、今日は今までで一番はっきりと感じ取れたかもしれない。

 式神が何体か居て、こちらに向かって頭を下げている。そのうちの一体が、手の平を上に向けて本殿の方向を指す。そこには誰の姿もなかったが、

 「おお! よく来たな!」

 聞き覚えのある声が聞こえ、ふと視線を下の方へ移せば、見覚えのある神様の姿。

 「コハク!」

 その名を呼び、小さなコハクに目線を合わせるように屈むと、コハクは足に俺の飛び乗った。

 「ここは、コハクのお社なのか?」

 「いや、小生の社はこの奥にあるぞ! 小生はここでは配祀神(はいししん)だからな!」

 「配祀神(はいししん)?」

 「主祭神以外の神のことだよ。ちなみにここは――――」

 倖羽(こう)が何か言いかけたところで、

 「ああー、すみませんすみません! コハク、降りなさい!」

 コハクの神使の千羽矢(ちはや)が、叫びながら走ってきた。

 「まったく……騒がしいですね」

 千羽矢の声と同時に、サイカクが本殿から出て来る。

 「お、主祭神の御出ましだね」

 倖羽(こう)がそう言うと、

 「僕もいるぞー!」

 サイカクの後ろから、神使の梅も出てきた。

 「ここの主祭神は、サイカクなのか。サイカクも梅も久しぶり」

 「お久しぶりですね。近々、ご様子を見に伺おうと思っていましたが、ちゃんと勉学に励んでますか?」

 「えっ、まぁ……そこそこ?」

 学業の神らしい問いかけに、ギクッと肩が揺れる。サイカクに初めて会ったときより、成績は少し良くはなっているが、自信を持って「勉強してます!」とは言えない。

 サイカクの眼鏡が光った気がして、目を逸らすと、

 「やーねぇ。こんな日にお勉強のお話なんて、無粋じゃなくて?」

 イチカが自分の鼻の前で人差し指を立て、話題を中断させた。少しホッとしていると、鈴の音のような音がこちらへ向かってくるような気配を感じた。音がした方へ自然と視線が向かう。その方向から現れたのは、 

 「楽しそうやなぁ。僕も混ぜてや」

 稲成(いなり)とその使いの高秦(たかまさ)だった。

 なんか一気に人数が増えたな。


 

 ふと周りを見回した稲成(いなり)が、

 「やっぱり一勢君が来ると、変わるなぁ」

 急にそう言って、関心を示す。

 「……変わる?」

 何のことだろう?

 俺に視線を向けた稲成(いなり)は、俺の隣に居るイチカを見るやいなや、

 「ほんでまた今日は、えらいおっかない女連れとるやんか。ほんま気ぃつけやー」

 わざとらしく肩を竦める。

 「おい、余計なこと言うなや」

 高秦(たかまさ)が、稲成の後ろでボソッとつぶやく。

 そっとイチカの表情を確認すると、笑みを崩さず微笑んでいるが、そこに何かを含んでいるような気がした。



 沈黙が流れそうになったところで、

 「ああ、そうそう。さっきの話やけど……神社入ったら空気変わったなぁって、感じたことあらへん?」

 ごく自然に、話題を変えた稲成。ある意味、この瞬間において稲成が空気を変えてくれたことで、場の雰囲気が和らいだ。

 「うん……大体いつも、空気の違いは感じる気がする」

 「まぁ、こういう場所は浄化された綺麗な場所やし、同じように空気の違いを感じ取れる人間もそこそこおるけど、一勢君の場合はそれだけやないねん」

 稲成が視線を送ると、サイカクは眉間に指を当て、眼鏡を軽く持ち上げる。

 「ここは浄化されている神聖な場所ですが、ここを出入りする人間によって、そのバランスが変わってくることがあるんですよ。ここの良い気を与えてもらえる人間と、そうではない人間がいるんです。分かりやすく言えば、前者の負を取り除いて浄化し、良い気を与え、後者に浄化しきれず残ってしまったその負を、受け取っていただいているんです」

 サイカクの言葉に、首を振ってうなずく稲成。

 「それでもバランスが崩れてくると、浄化が追い付かなくなってきます。そこで必要なのが、君や君のような特性を持つ人間なんですよ。たいてい本人たちは無自覚ですが、こういう場所に足を踏み入れるだけで、その場を大なり小なり浄化できる方々のことです」

 「そうそう。でも普通はその調整すんのに、何人も呼ばなあかんけど、一勢君はその身一つで事足りるんよ。せやから一勢君の場合は、空気が変わったんやなくて、自分が変えた空気を自分で感じ取ってるだけとも言えんねん。ほれ見てみ? 居心地ようなって、くつろいでもうてるやん」

 稲成が指差す先には、木にもたれ掛って座りウトウトしている梅と、松の木の根元に生えている謎のキノコを枕代わりにして寝ているコハク。二人の傍に腰を下ろしている千羽矢(ちはや)は、保護者のように見守っている。

 静かだと思ったら……っていうか、それ大丈夫なキノコなのか!? 

 「ここの神様(かみさん)は優しいほうやし真面目やで、少しづつ何人かに振り分けとるけど、来ていらんのが来たときに、一気にようけそいつに持って帰らせたりする神様(かみさん)もおるんやで? まぁ、何となく想像つくやろ?」 

 「あー、何となくそんな気がするなぁって神様はいるけど……っていうか、俺的に稲成もやりそうな気がする」

 「あっはっは、よう分かっとるやん。僕んとこはなー、強欲丸出しで来るヤツめっちゃおんねん。そんなちみちみやってたら、悪いもん溜まってく一方やもん。ちゅうわけで、僕んとこも一勢君なら大歓迎やで、いつでも来たってなぁ」

 「あなたたちは、だいぶ荒々しいですけどね」

 サイカクはため息を吐いた。

 「今日はイチカと僕が連れて来たけど、必要な時は呼ばれると思うから、自然とそこに行くことになると思うよ」

 行けば分かるからって、そういうことだったのか。

 「……なんか自分ではよく分かんないけど、役に立ったならよかったよ」

 深く考えず思ったことを口にすると、キョトンした後「反応うっす!」「いや、ほんとにね」稲成(いなり)倖羽(こう)が笑い出し、サイカクは「あなたと言う人は」と、ため息交じりにつぶやいた。




 すると、ずっと静かに俺の隣に居たイチカが、急に笑い始め、

 「ふふっ、やっぱりとっても素敵ね!」

 俺の腕をギュッと組み直し、至近距離で俺の顔を覗き込む。

 「え!?」

 何が? 何の話!?

 「普通の人間なら、多少なりとも自分は特別なんだって、舞い上がってしまうものだと思うの。でもあなたからは、それが一切感じられないわ」

 「ああ、うん。たしかに、何か淡々としてる感じはあるね」

 イチカの言葉に、倖羽(こう)がうなずく。

 「あなたは無意識でしょうけど、知ってることだもの。自分にとって当たり前のことを見聞きしたって、驚かないでしょう? 本当にあなたらしくて、惚れ惚れしちゃうわ」

 そう言ってイチカは、俺の肩に頭を乗せる。

 「……え? まさかそのために連れて来たん?」

 「いやいや、それだけじゃないよ。まぁ、たぶん八割くらいは、それだと思うけど」

 倖羽(こう)がそう答えると、

 「二割もいただけるなんて、意外ですね」

 「ほんまにな」

 あっさりと納得するサイカクと稲成(いなり)

 「殿方にかっこいいところを見せてもらうのを、期待して待つものいいけど、私は自分からそれを引き出してあげるのも好きなの。ちなみに私の場合は、あなた限定よ」

 俺は何と返せばいいのか分からず「あ、ウン。ありがと」と小さくつぶやくことしか出来なかったが、イチカは変わらずニコニコしていた。




 「ですが、もう少しご自覚を持たれてもいいのでは?」

 サイカクはそう言うが、こうして神様たちと話すようになっても、そこの感覚は俺の中であまり変わっていない。

 「そう言われても、何ていうか、不思議な感覚しかないんだよなぁ。どうしても、世の中には俺よりカッコよくて凄い人、いっぱいいるのになって思っちゃうし」

 「あなた以外の人間なんて、別に凄くも何ともないの。あれは勝手に周りが騒ぎ立てて、力を持たせているだけ。だって彼らは、あなたを見つけにくくするための、いわば目くらませみたいなものだもの。誰もかれもが、あなたにお目にかかれるなんて、思わないでいただきたいわ」

 イチカに腕を組まれたまま突っ立っている俺を見て、小さくため息を零したサイカク。

 「……まぁ、そのくらい鈍感なほうがいいのかもしれませんね。勿論、良い意味で」

 「あなたは、あなたのままで居てくれればいいのよ」

 「甘やかされとんなぁ。ま、僕も人のこと言えへんけど」

 


 神様たちはいつだって優しいけど、俺はその優しさを誰かに与えることが出来るのだろうか。


 ……ん? 与える? 優しさに答えるとか、返すとかじゃなくて?

 

 俺自身はここにいるのに、ここではない場所から自分を見ている感覚を覚えた。ふと思ったことが、本当に自分の言葉なのか分からないときがたまにある。今まさに、どこから出て来たのか分からない言葉が出て来て、自分で自分に問いかけている。

 この現象は何なのだろうか。ここにいる神様たちやスイに聞けば解決するかもしれないが、なんとなく自分で見つけなければいけない気がした。






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