10秒で乗り換える悪役令嬢
「エレナ・フォン・ローゼリア! 貴様のような陰湿な嫌がらせをする女との婚約は、本日限りで破棄させて貰う!」
王立学園の卒業パーティー。
華やかな大食堂の中央で、第一王子ミゼルが叫んだ。
その傍らには、しおらしい態度で怯えるフリをしながら、口元に隠しきれない笑みを浮かべる男爵令嬢ローズが寄り添っている。
周囲の貴族達がざわめき、哀れみと好奇の視線が一斉にエレナへと注がれる。
「はい、承知いたしますわ」
「……は?」
拍子抜けしたようなミゼル王子の声。
もっと取り乱し、泣き叫んで縋り付いてくると思っていたのだろう。
私は殿下から視線を外し、回れ右をした。
そして、人集りを割ってまっすぐ10歩。
そこに立っている、親善大使として今夜のパーティーに列席していた人物の前でピタリと足を止める。
隣国の皇太子、ユリウス・ヴァルハイト殿下。
眩しいほどの金髪に、吸い込まれそうな美しい瞳。
智勇兼備と名高い彼は、突然目の前に現れた私に驚きと緊張の入り混じった様子で、少しだけ目を泳がせた。
私はドレスの裾を少しだけ持ち上げ、心からの笑みを向けた。
「ユリウス様……ずっと昔から、貴方をお慕いしておりました。もしよろしければ、私と付き合っていただけませんか?」
……会場にいた全員が息を呑んだ。
婚約破棄されたばかりの令嬢が、その足で隣国の皇太子に愛の告白をしたのだ。
「え……あ、え……っ!?」
ユリウス殿下の顔が、みるみる赤くなっていく。
普段の冷静な皇太子からは、想像もつかない姿だった。
彼は天井を少し見上げた後、私の両手を握りしめる。
「よ、喜んで!! ……というか、私から申し込みに行きたかった! ずっと……ずっと君が好きだった!!」
「まあ……! ありがとうございます、ユリウス様」
「エレナ……っ!」
婚約破棄から、わずか数十秒。
見事なスピード感でカップルが成立。
「ん〜〜〜〜〜っっっ!?!?!」
背後から、血の気が引いたような、あるいは怒りで頭のネジが弾け飛んだような声が聞こえた。
振り返ると、顔を真っ赤にしてブルブルと震えるミゼル王子が、怒脈を浮かべて指をさしていた。
「な、ななな何なんだその展開は!? 認めん!認めんぞっ! 誰もそんな事やれとは言っておらん!!」
「……何を仰っているのですか。私は貴方のご希望通り、婚約破棄を受け入れただけですが?」
「黙れ、撤回だ! 今さっきの『婚約破棄』は撤回する!! 婚約破棄を破棄するっ、分かったな!!」
自分から捨てたはずの女が、自分以上の男にあっさり拾われて愛されている。
その事実がプライドを激しく打ち砕いたらしい。
愚かな元婚約者は、あまりに身勝手な叫び声を響かせるのだった。




