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第六話 戦の準備をしろと言われたので、いつも通りやることにしました

 魔王に呼ばれたのは、仕組みを作り終えて三日後のことだった。


 「そろそろ本格的に動く」


 「……戦のことですか」


 「そうだ。余が以前言ったことを覚えているか」


 「そう遠くない将来、戦が起きると。はい」


 魔王がしばらく俺を見た。


 「半年はない」


 俺は少し固まった。全体を見直すなら半年から一年と言った。その見通しが、もう崩れている。


 「……どのくらいですか」


 「三ヶ月、あるかどうかだ」


 「人間国家の戦力はどのくらいですか」


 魔王が静かに答えた。「兵数はこちらの二倍。騎馬隊を持っている。魔法使いも相当数いる」


 「過去の戦い方は」


 「速攻だ。大軍で一気に押し潰す。長期戦は好まない」


 俺は手帳に書き込んだ。兵数二倍・騎馬隊・速攻型。


 「なぜ今まで攻めてこなかったんですか」


 「……余が抑止力になっていた。だが最近、人間国家の内部で強硬派が力を持ち始めた。余の力を試したいと思っている者たちがいる」


 「つまり、勝てると思い始めた」


 「そういうことだ」


 「根拠は何だと思いますか」


 「城の内情が漏れている可能性がある。腐敗していた時期の情報が、今も正しいと思っているのかもしれない」


 俺は手帳から顔を上げた。


 「それなら、こちらに有利な情報だけを意図的に流すことはできますか」


 魔王がしばらく俺を見た。それから「……面白い」と言った。


 四度目の「面白い」だった。


◆◆◆


 「戦の準備」と言われると、剣や魔法の話だと思うかもしれない。でも俺にできることは一つしかない。補給だ。


 戦が始まれば、食料が要る。薬が要る。武器が要る。それを切らさないことが俺の仕事だ。戦えない。魔法も使えない。でも補給が切れれば、どんな軍も崩れる。前の会社でサプライチェーンを管理していた十年間、それだけは骨身に染みていた。


 俺はまず現状を数字にした。


 食料備蓄:現在の消費量で二ヶ月分。

 武器:使用可能なものは整備済みだが、消耗品の矢と槍の穂先が不足。

 薬:赤苔草の栽培が軌道に乗っているが、大規模な負傷者が出た場合は三週間で底をつく計算。

 輸送:城内のルートは整備済みだが、前線への補給ルートは未設計。


 次に人間国家側の情報を整理した。


 魔王から聞いた情報と、ダグルが持っていた過去の戦の記録を組み合わせた。


 兵数:魔王軍の約二倍。

 戦い方:速攻型。大軍で一気に押し潰す。

 弱点:長期戦を好まない。補給線が長い。騎馬隊は機動力が高いが燃費が悪い。

 情報の精度:おそらく三ヶ月以上前のものを使っている。


 最後の点が重要だった。


 人間国家が「今の魔王軍」ではなく「改革前の魔王軍」を想定して戦略を立てているなら、こちらには情報格差がある。向こうは食料備蓄が薄く、武器の三割が使えず、兵士が弱い魔王軍を相手にするつもりで来る。実際はどれも変わっている。


 速攻型の軍が速攻で決着をつけられなかった場合、どうなるか。


 補給線が長くなる。消耗が増える。三ヶ月が限界になる。


 俺は試算した。魔王軍が崩れずに三ヶ月持ちこたえるために必要な備蓄量。それと現状のギャップ。埋めるために必要な調達量と時間。


 数字が出た。間に合う。ただし今すぐ動けば、の話だ。


◆◆◆


 翌日の月次会議で、俺は全員に数字を見せた。


 「戦の準備を始めます。各部署で対応が必要なことを確認したい」


 部屋が静かになった。


 グルバッシュが腕を組んだ。リリスが表情を変えずに資料を見ている。ダグルが静かに目を細めた。ゲルだけが「え、え、ほんとに戦になるんですか」と落ち着きなく周りを見回していた。


 「グルバッシュさん。食料備蓄を二ヶ月分から六ヶ月分に増やしたい。調達先と保存方法を教えてください」


 グルバッシュが「……六ヶ月分は難しい。場所がない」と言った。


 「場所は確保します。問題は量と質です」


 「乾燥食材なら保存が利く。ただ大量に仕入れると値段が上がる」


 「複数の業者から分散して仕入れます。一社に集中させると足元を見られるので」


 グルバッシュが少し考えた。「……わかった。リストを作る」


 「リリスさん。負傷者が一日五十人出た場合、薬はどのくらいもちますか」


 リリスが素早く計算した。「……三週間。今の在庫では足りない」


 「栽培の拡張はできますか」


 「区画を三倍にすれば、二ヶ月後に収穫できる」


 「お願いします。他の魔法使いへの協力依頼は俺がやります」


 「……わかった」


 武器担当の副官が「矢の在庫が薄い」と言った。「どのくらい必要ですか」と聞くと「一戦で一人百本は使う。千人なら十万本だ」と答えた。俺は手帳に書いた。十万本。今の在庫の二十倍だ。


 「矢の自作はできますか」


 「材料があれば。ただ熟練工が少ない。三ヶ月で五千本が限界だ」


 「材料のリストをください。あと、大工が何人いるか教えてください」


 武器担当が首をかしげたが「……大工なら十五人いる」と答えた。


 一通り確認が終わった後、ダグルが「……お前は怖くないのか」と言った。


 「何がですか」


 「戦だ。人が死ぬ。お前も死ぬかもしれない」


 俺は少し考えた。怖いかどうか、と言われると正直よく分からなかった。前の会社で納期が迫っている時も、怖いという感情より先に「やることリスト」が頭に浮かんだ。それと同じだ。


 「怖いかどうかより、やることがあるので」


 ダグルが俺を見た。それから小さく息をついた。怒っているのではなく、どこか安心したような顔だった。


 「……そうか」


◆◆◆


 矢の問題を解決するのに、二日かかった。


 まず武器担当に「矢を作る工程を全部書き出してくれ」と頼んだ。


 「木材の切り出し、削り出し、羽根の加工、鏃の取り付け、検品の五工程だ」と答えが返ってきた。


 「一番時間がかかるのはどれですか」


 「削り出しだ。真っ直ぐ同じ太さに削るのが難しい。熟練工でないと使い物にならないものができる」


 俺は木工担当の大工を呼んだ。


 「矢の直径と同じ大きさの穴を、板に等間隔で開けてほしい。穴は貫通させる。木材をこの穴に通しながら削ると、全部同じ太さに揃うはずです」


 大工が「……それだけでいいのか」という顔をしたが、試作品を作ってみた。


 通してみたら、見習いの兵士が削っても熟練工と同じ太さの矢になった。


 「……なんだこれ」と武器担当が言った。


 「道具が基準を作ってくれるので、人の腕に頼らなくていい」


 さらに羽根を束ねて固定する治具、鏃を一定の角度で取り付けるための型も作った。各工程に専用の道具が入ることで、見習いでも熟練工と同じ品質のものが作れるようになった。


 次に工程を分けた。切り出し担当、削り担当、羽根担当、鏃担当、検品担当。一人が全部やるのではなく、各工程を別の人間が流れ作業でこなす。


 一週間後、武器担当が報告に来た。


 「……日産が開始時の八倍になった」


 「十万本に間に合いますね」


 「……信じられない」


 その話がなぜか城内に広まった。


 グルバッシュが厨房の入り口に立って「……化け物か」と言った。


 リリスが資料を持ってきて「……何をしたの。説明して」と言った。説明したら「……なるほど」と言って、薬草の加工工程にも同じ考え方を応用し始めた。


 ゲルが「村田さんすごいっすよ!!前の世界の知恵ってやつっすか!!」と叫んだ。


 「道具と段取りを変えただけです」


 「全然当たり前じゃないっすよ!」


◆◆◆


 三日後、前線への補給ルートの設計を終えた。


 城から最前線まで三つのルートを引いた。メインルート、迂回ルート、緊急時用の山越えルート。それぞれに中継拠点を設けて、各拠点に備蓄の最低ラインを決めた。どこかが遮断されても他のルートで補える構造だ。


 人間国家が速攻型である以上、補給線の遮断を狙ってくる可能性がある。その対策として、各拠点に三日分の独立した備蓄を置く。補給が止まっても三日は動ける。三日あれば代替ルートを動かせる。


 前の会社で物流網の緊急対応設計をしていた時のやり方と、やることは変わらない。地図が違うだけだ。


 ダグルが「……こんなものが必要だとは思っていなかった」と言った。


 「戦が始まってから作ろうとしても遅いので」


 「前線の指揮官たちに見せていいか」


 「そのために作りました」


 ダグルが地図を持っていった。


◆◆◆


 夜、もう一度魔王のところに報告に行った。


 準備の進捗を数字で並べた報告書を差し出した。食料備蓄の調達計画、矢の生産ペース、薬草の栽培拡張スケジュール、補給ルートの設計。三ヶ月以内に全部整う計算だ。


 魔王が報告書を読んだ。しばらく黙っていた。


 「余の軍が崩れないと思うか」


 「補給が切れなければ崩れません」


 「根拠は」


 「人間国家が速攻型である以上、長期化すれば向こうの補給線が伸びます。向こうは魔王軍が三ヶ月で補給が尽きると計算しているはずです。実際には六ヶ月持ちます。その差が勝負になります」


 魔王がしばらく俺を見た。


 「貴様は戦をしたことがないのに、なぜそれが分かる」


 「数字が教えてくれるので」


 「……数字が」


 「戦場でも補給が切れれば終わります。前の会社でも納期が切れれば終わりました。やることは同じです」


 魔王が報告書をもう一度見た。


 「……面白い」


 「ありがとうございます」


 「褒めていない」


 「そうですか」


 魔王が立ち上がって、窓の外を見た。


 「村田。余は長い間、力で全てを解決してきた。それが正しいと思っていた」


 俺は何も言わなかった。


 「貴様が来てから、そうでない方法があることを知った。余はまだそのやり方を理解しきれていないが……続けろ」


 「わかりました」


 「戦が終わったら、また話がある」


 「はい」


 魔王が部屋を出た。


 その背中が、来た時より少し軽そうだった気がした。


◆◆◆


 その夜、リリスが部屋に来た。


 「区画の拡張、他の魔法使いが協力してくれることになった」


 「早かったですね」


 「……あなたが前に交渉してくれたから、話が通りやすくなっていた」


 「リリスさんの信頼があったからです」


 リリスが少し間を置いた。


 「……ひとつ聞いていい」


 「はい」


 「戦が始まったら、あなたはどこにいるの」


 「後方です。補給の管理をします」


 「前線には出ない?」


 「出ても何もできないので」


 リリスがしばらく俺を見た。


 「……そう」


 それだけ言って、立ち上がりかけた。でも少し止まった。


 「……後方にいなさいよ。絶対に」


 「はい」


 「補給が止まったら困るから。それだけだから」


 「わかりました」


 「……本当に、それだけだから」


 俺は何も言わなかった。


 リリスが部屋を出ていった。扉が閉まった後、廊下から小さな足音が遠ざかっていった。


 なぜか二回念押しされた理由は、よく分からなかった。


 手帳を開いた。


 やることはまだある。矢の調達、食料の仕入れ交渉、補給拠点の設営計画。三ヶ月あるかどうかと言われたが、一つずつ潰せばいい。


 前の会社でも、納期が前倒しになるたびにそうしてきた。パニックになっても何も変わらない。やることをリストにして、一つずつ潰すだけだ。


 戦も同じだ。


 俺は台所番だ。戦えない。武器も魔法も使えない。でも補給が切れなければ、崩れない。それだけだ。


 手帳を閉じた。


 人間国家から使者が来るという知らせが届いたのは、その翌日のことだった。

読んでいただきありがとうございます。

戦の足音が聞こえてきた今話。誠一がやることは、いつも通り数字を並べて、仕組みを動かすだけです。

矢を八倍作れるようになったのも、補給ルートを三本引いたのも、「当たり前のことをしただけ」——本人はそう思っています。

リリスが二回念押しした理由、誠一は最後まで気づいていません。


▼次話

「人間国家の使者が来たので、最後の交渉をしました。」

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