継続への疑義
一九八二年 一月十日。
国会は、年明けの通常国会を迎えていた。
欠席率は九%台まで下がっている。
三割は遠い。
市場も落ち着いた。
原発は安全確認後、順次再配置。
医療現場の重症化率も低下。
国家は、持ちこたえた。
だが――。
野党の若手議員が立ち上がる。
「国家継続補佐会議とは何か」
議場が静まる。
「内閣の補佐と言うが、実質的な権限集中ではないか」
資料が掲げられる。
優先順位のメモ。
横断的調整。
電力停止判断の“裏”の連絡。
「国会を経ずに、国家機能の優先順位を決めたのではないか」
石本は答弁席に立つ。
声は落ち着いている。
「決定権は各省庁にあります」
「補佐会議は調整に過ぎません」
嘘ではない。
だが完全でもない。
野党は続ける。
「男性ホルモン抑制の推奨」
「国家のために身体を差し出す構図ではないか」
議場がざわつく。
任意。
強制ではない。
だが“国家機能中核層”への推奨は、事実上の圧力ではなかったか。
石本は言葉を選ぶ。
「医学的仮説に基づく選択肢の提示です」
「国家の都合ではありません」
その瞬間、別の議員が立つ。
「しかし国家の都合と重なっている」
沈黙。
否定できない。
電力技術者。
若手官僚。
議員秘書。
彼らが優先されたのは、事実だ。
――
新聞の論説。
危機下の合理は、平時にそのまま持ち込めるのか。
別の紙面。
国家継続は必要だった。
だが透明性は十分だったか。
世論は割れる。
支持。
疑念。
街頭の声。
「助かったのは事実だろう」
「でも、あの会議は秘密主義だった」
――
総理府・小会議室。
今日は人数が少ない。
空席が減った分、皮肉にも会議は静かになっている。
涼子が言う。
「批判は避けられません」
小坂が続ける。
「電力停止も“独断”と言われています」
佐々木。
「市場は安定しています」
石本は静かに言った。
「安定は、政治的免罪符ではない」
国家は守れた。
だが政治は、手続きと正当性を問う。
石本は続ける。
「国家継続は、非常装置だ」
「常態化させてはならない」
その言葉に、全員が頷く。
国家継続補佐会議は、危機に対する応答。
権力拡張ではない。
だが境界は、曖昧だ。
曖昧な線を、危機の中で踏み越えた自覚が、全員にある。
――
夜。
石本は一人、議場を見下ろす。
灯りはいつも通り。
欠席は減った。
市場は落ち着いた。
だが今度は、別の問いが立つ。
国家を守るとは何か。
制度か。
機能か。
正統性か。
国家継続は、国家を守った。
だが政治は、その手段を問い直す。
石本は小さく呟く。
「守ったことと、正しかったことは、同義ではない」
冬の空気は冷たい。
国家は立っている。
だが今、揺れているのは信頼ではなく――
理念だった。




