第41話:熱のない議場
一九八二年(昭和五十七年)一月中旬。
年が明け、通常国会が召集された。
議場は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
かつて国会といえば、与野党の男たちが闘争心を剥き出しにして怒号を響かせ、激しいヤジが飛び交う「男性ホルモンの見本市」のような場所だった。
だが今、議席を埋めている若手・中堅の男性議員たちの顔色は総じて青白く、ただ重い倦怠感の中でじっと前を向いて座っているだけだった。
インフラ要員と同様に「抗アンドロゲン剤(男性ホルモン抑制剤)」の投与を受けて復帰した彼らには、もはや他者に噛みつき、声を荒らげるだけの気力が残っていなかったのだ。
その熱の抜け落ちた議場で、質問席に立ったのは、社会党の堂本をはじめとする、数少ない野党の女性議員たちだった。
「政府に問います。年末に設置された『国家継続補佐会議』について。法的根拠の曖昧な組織が、国家の予算やインフラの優先順位を密室で決定しているという懸念がありますが、いかがでしょうか」
堂本の声に、かつてのような「野党の闘将」としての迫力や怒気はなかった。
マイクを通した声は極めて淡々としており、まるで事務的な確認作業のようにさえ聞こえた。
無理もない。
堂本はすでに、自分の組合のインフラ要員たちに「安全な薬」を優先的に回してもらうという密約を石本と交わした、完全な共犯者である。
この追及は、党内や世論の不満を逸らすための「ガス抜き」に過ぎず、政府に致命傷を与える意図など最初からなかった。
続いて、別の野党女性議員が淡々と質問を重ねる。
「厚生省が主導した内分泌調整療法について。インフラ要員への優先投与と、一般市民への代替配布は、国家による命の選別ではないかとの声があります。見解を求めます」
議場からは、ヤジ一つ飛ばない。
かつてなら「命の選別だ!」「責任を取れ!」と男たちが机を叩いて吠え立てていたはずの残酷なトリアージの話題でさえ、気力を奪われた男性議員たちは無反応だった。
答弁席に立ったのは、特例で副総理の座にいる「昭和の妖怪(長老)」……ではなく、厚生政務次官の石本茂だった。
手足となる若手秘書たちから活力を奪われ、急速に求心力を失った長老たちは、すでに表舞台で答弁する気力すら失っていた。
石本もまた、一切の感情を交えず、淡々とした声でマイクに向かった。
「委員の御指摘については、国家の物流、電力、そして医療を維持するため、機能の優先順位を意図的に設定した結果であります。また、インフラを支える中核の人材に対し、重症化を防ぐための療法を、副作用の事実を伏せることなく、任意での選択肢として提示いたしました」
石本は言い訳をしなかった。
「彼らは自らの命を守るために、そしてこの国を止めないために、自らの意志で同意書にサインをしたのです。政府の責任は、彼らの犠牲を無駄にせず、この国を一日たりとも停止させなかったという『結果』をもって果たされるものと考えます」
反論の余地のない、冷酷で完璧な正論。
石本と堂本。二人の女による、完全にコントロールされた出来レースの答弁。
かつての永田町を牛耳っていた長老たちや、血気盛んだった男性議員たちは、薬によって気力を奪われ、ただその冷たいやり取りを黙って聞いていることしかできなかった。
静かすぎる議場の中で、野党の追及は大きなうねりとなることなく、予定通りに鎮火していった。
政治の主導権が、男たちの暴走する熱(闘争心)から、女たちの冷徹な合理性へと完全にすり替わった、決定的な瞬間だった。




