防衛線
■ 東京債券市場(午前九時)
寄り付き直後から、売りが重なる。
板が消える。
買いが逃げる。
十年物国債。
利回り、急上昇。
昨日の角度をさらに上回る。
ディーラーが叫ぶ。
「止まらない!」
これは調整ではない。
連鎖だ。
海外ファンドの売り。
国内機関投資家の追随。
証券会社のヘッジ。
安全資産が、逃げ場になるどころか、
真っ先に売られている。
■ 大蔵省
佐々木早紀が立ち上がる。
「利回り、さらに二十ベーシス」
主計局が静まる。
「このままでは、次の入札が不成立になる」
それは最悪の兆候だった。
国債が売れない。
国家が資金調達できない。
電話が鳴る。
「日銀が会議を開きました」
■ 日本銀行(政策委員会室)
重い沈黙。
「買いオペを検討します」
慎重な言葉。
慎重であるほど、怖い。
「介入は、信認を逆に損なう可能性がある」
だが放置すれば、さらに売られる。
“信認”。
その言葉が何度も出る。
国家の信用。
それを中央銀行が守る。
結論は短い。
「限定的に入る」
市場に流す資金。
国債を買い支える。
■ 午後一時(市場)
突然、板に厚みが戻る。
売りが吸収される。
利回りの上昇が止まる。
ディーラーが言う。
「日銀だ」
安堵ではない。
綱渡り。
■ 総理府
石本は報告を受ける。
「日銀が動きました」
彼女は静かに頷く。
「防衛線ね」
秘書が問う。
「防げますか」
石本は即答しない。
防ぐのではない。
時間を買う。
国家継続。
優先順位。
彼の理論が、試されている。
■ 夜(小会議室)
机を寄せた顔ぶれ。
佐々木が言う。
「日銀が入らなければ、さらに跳ねていました」
小坂。
「電力株も揺れています」
涼子。
「原因が不明なままでは、繰り返します」
石本はゆっくりと言った。
「今日守ったのは、国債ではありません」
全員が見る。
「信頼よ」
信頼は、見えない。
だが値段が付く。
今日、国家は一歩踏みとどまった。
だが継続は保証されない。
石本は最後に言う。
「三割に行かせない」
それが防衛線。
市場。
医療。
議会。
電力。
どれかが崩れれば、連鎖する。
国家はまだ立っている。
だが今、中央銀行が支える段階に入った。
それは危機の一歩手前。
臨界は、近い。




