動かさない
一九八一年(昭和五十六年)十一月二十七日(金)
午前五時四十分。
福島第一原子力発電所 一号機中央制御室。
出力ゼロ。
停止状態。
通常なら、再起動の段取りに入る。
だが今は違う。
五名。
副当直長は搬送された。
離脱確定。
当直長が言う。
「再起動、するか」
沈黙。
壁際のOBが言う。
「再起動すれば、同じ条件になる」
院生が言う。
「振動履歴、完全には消えていません」
言葉は淡々としている。
だが意味は重い。
当直長はゆっくり言った。
「止め続けるしかない、か」
誰も反対しない。
止めることは、弱さではない。
“継続”のための撤退だ。
■ 官邸(早朝)
報告が入る。
『一号機、停止継続。再起動延期』
小坂真紀は頷いた。
「無理に戻さない」
言葉は短い。
だが“責任”が入っている。
彼女は机上の紙を一枚ずつ押さえる。
電力需給。予備率。代替。
止めたまま回す計算。
扉が叩かれた。
「……小坂さん。病院からです」
小坂は受話器を取る。
医師の声は淡々としている。
淡々としているから、逃げ場がない。
『午前九時十五分、死亡確認です』
小坂の婚約者だった。
彼女は、時計を見る。
九時十九分。
四分遅れで知る。
涙が出た。
すぐには止められない。
それでも声は崩さなかった。
「……ありがとうございました」
受話器を置く。
三秒。
動かない。
それから、机上の資料に指を戻す。
「電力需給、再計算。停止継続前提で」
誰も返事をしない。
返事をしたら、彼女が折れると分かっているからだ。
官邸の廊下は、いつも通り白い。
外はまだ、平常だった。




