第5話 高原のメルヘン廃墟
6月末、梅雨が明けた。
その年の梅雨は非常に短く、6月末に明けたかと思うと、強烈な暑さが襲ってきた。
近年、地球温暖化が叫ばれるが、とにかく一日中蒸し暑い超高熱が、彼女たちの住む群馬県にも襲い掛かっていた。
そのこともあってか、「廃墟探検隊」に等しい彼女たちのリーダー格、山田万里香は、
「避暑地に行く」
と言い出した。
「避暑地? 何、北海道にでも行く気?」
携帯用小型ファンを片手に、いつものカフェテリアで涼んで、アイスクリームを食べていた美希が、面倒臭そうに返した。
「いや、今回はもっと近くだ」
この一言に、山田万里香の真意が隠されていたのだが、美希は気づくことはなかった。
「どこ?」
「清里だ」
「ああ、高原ね」
それを聞いて、美希はすぐに気づいた。
清里は、山梨県北杜市にある、有名な高原のリゾート地で、標高が1200mはある。
場所的には、山梨県と長野県の県境に近く、ここからバイクで行くと、下道で約2時間半。高速道路を使っても約2時間。ただし、ほとんど山間部を通り抜けるので、下道で行った方がお得感はある。
「万里香にしては、まともな選択だね」
と、美希が言ったのは、そこが廃墟ではないと思っていたからだった。
しかし、彼女は違った。
「いいですね、万里香センパイ! メルヘン廃墟ですね」
「メルヘン廃墟?」
たまたま授業の合間に居合わせた、高橋菜々子の反応に、美希は食いついていた。
「あれ、美希センパイは知らないんですか? 清里と言えば、街全体が廃墟化してるという、『高原のメルヘン廃墟』なんて呼ばれてるんですよ」
「マジで?」
自分の考えが浅はかだった、というか万里香の真意を見誤ったと、美希は後悔していた。
「正確には街全体は廃墟化してないけどな。まあ、避暑と廃墟の両方を兼ね備えるという意味では、行く価値がある」
「あ、そう。もう任せた。とりあえず暑い」
投げやりに言った美希。
プランはとんとん拍子に決まっていった。
7月頭の日曜日。
彼女たちはいつものように、北高崎駅で待ち合わせをして、結局、下道で清里に向かうことになった。
「暑い~。とにかく暑い~」
朝っぱらから、恨み言のように呟く美希は、これがバイクに乗り始めて初めて迎える「夏」だった。
「まあ、バイクは特に暑いものだ」
万里香は、もはや達観しているのか、暑さを感じさせないくらい、どこか涼しい顔をしていた。
「大丈夫ですよ、センパイ。大型バイクなんて、エンジンからの排熱でさらにヤバいらしいですから」
フォローになっていないフォローを、菜々子が屈託のない笑顔で答えていた。
とりあえず、万里香を先頭に、菜々子が続き、ラストに美希が続くツーリングとなった。
ちなみに、彼女たちはインカムを使っていない。
一度、美希がインカムを使うことを提案したのだが、万里香が、
「面倒。大体、走ってる時に話なんてしたら、運転に集中できない」
という一言で、あっさりその話は破産となった。
もっとも、菜々子は、
「私は、たくさんお話したいですけどねえ」
と、ちょっと不服そうだったが。
ということで、現代らしからぬ、昔ながらのスタイルで、彼女たちは清里を目指した。
群馬県にいる間は、ひたすら暑さが続くが、やがて国道254号から長野県に入ると、空気感が変わる。
佐久穂町と呼ばれる辺りで、この辺りの標高は、約740~1200m。さらに国道141号に入り、真っ直ぐ進むと、ぐんぐん標高が上がり、気温が下がってくる。
後は、真っ直ぐ清里に向かうだけになる。
そして、到着した清里駅前。
バイクを停めて、駅前を散策することにした3人。
「噂通りメルヘンですねえ」
菜々子が発したように、そこには少しメルヘンな雰囲気が漂っていた。
一見すると、北欧風に感じられるようなオシャレな建物が駅前に数多く立ち並んでいた。
ところが、
「それにしても、全然人がいないけど」
日曜日の昼時に着いたにも関わらず、彼女たちの前には、人影がほとんど見当たらなかった。
そのことにまず驚く美希。
それもそのはず。建ち並ぶ多くの建物のシャッターが下りていたからだ。いわゆるシャッター街と化していた。
少し歩くと、さらに面白い物が現れた。
「何、これ。魔法瓶?」
駅前から少し歩いたところに、一際存在感を放つ、とある物があったことに、美希は驚いていた。
それは、一見すると、巨大な魔法瓶のような形をしており、白い形状で、御大層に蓋までついていた。
「何だか可愛いですね~」
菜々子は呑気に言い放っていたが、万里香によると、
「ああ。ここは元は土産物屋だ」
とのこと。
「それにしてもメルヘンな建物が多いですね~」
それ以外にも、どこかヨーロッパ風の建物が多く、確かにここが「メルヘン廃墟」と呼ばれるのもわかる気がする美希だった。
歩きながら、万里香が語ってくれた。
それによると。
「元々、清里は何もないところだったんだが、ここにアメリカ人が来て酪農を成功させたんだ。ところが、その酪農はジャージー牛という牛でな、一般的なホルスタインより搾乳量が少なかった。つまり思ったより儲からなかった」
相変わらず妙なところで、博識というか、よく調べている万里香の説明を、美希と菜々子は感心しながら聞いていた。
「そこで彼らが始めたのが、民宿だった。そして当時、バブルが弾ける前だったから、『アンノン族』と呼ばれる、若い女性陣がここに大量に押し寄せたことで、清里は一気に繁栄したんだ。メルヘンチックな建物が多いのは、10代、20代の女性をターゲットにしたからだ」
「アンノン族? アフリカの部族ですか?」
「違う、違う。当時、流行っていた雑誌の名前を取って、ファッション雑誌や旅行ガイドブックを片手に一人旅や少人数で旅行する若い10代、20代の女性のことをそう言ったんだそうだ」
「いつ頃の話?」
「大体、1970年代中期~1980年代にかけてだな」
「なるほど。それでバブルが崩壊して、一気に廃れた、と」
美希には、もうその後の展開は読めていた。
「まあ、そういうことだな。そもそもそんないい話がいつまでも続くはずがなく、流行りに乗っかったタレントショップやメルヘンな店は一気に撤退、衰退したわけだ」
「じゃあ、今、清里は全然栄えてないんですか?」
との、菜々子の当然の疑問に対し、万里香は珍しく薄っすらと微笑みながら、自信たっぷりにこう告げるのだった。
「ところが、そうでもない。駅前は栄えてないが、面白いところがある。行ってみよう」
そうして、万里香の先導によって、向かった場所、それは「清泉寮」と呼ばれる、駅前からほど近いところにある店だった。
近づくにつれ、目に着くのは、ソフトクリームのマークを示した看板。それがそこかしこに溢れていた。
バイクを停めて、彼女たちは、その目当ての物を食べるために並んだ。
そう、日曜日ということもあったが、並ぶほど人気の店だったのだ。
駐車場には引っ切りなしに他県ナンバーを始め、多くの車がやって来るし、清泉寮は少なくとも繁盛しているように見えた。
ここだけは、廃墟感は全くなく、現役バリバリに稼いでいるように彼女たちには見えた。
ようやくそれぞれが手にしたソフトクリームを食べる。
「何、これ。めっちゃ美味しい!」
美希が感動するほど、美味しいと感じたソフトクリーム。それはジャージー牛のソフトクリームで、ただのソフトクリームには感じられないくらい、濃厚でコクのある味わいだった。
「だろ? ここに来て、これを食べるだけでも価値はある」
「ですねー。バイク乗りにソフトクリームは鉄板ですし、この暑さですしね」
ということで、最後はソフトクリームを堪能し、3人はまた群馬県に帰るのだった。
本格的な夏が始まろうとしていた。




