最終話 愛の夢
◇◇◇
二年後。
ローディアより遥か南に位置する交易都市レイサルド。
異国文化入り混じるこの都市でなら、褐色の肌を持つルーファウスの存在も目立ちはしないだろうと、二人はこの地を訪れていた。
流れの魔術師や剣士と同じように、冒険者ギルドで依頼をこなしながら生計を立てていたルーファウスとリズリアは、前に滞在していた街では結界殺しとして名を馳せてしまっていた。
超高密度の魔力弾によって障壁を穿つルーファウスと、魔力や構築された術式そのものを喰らうことで封印を解除してしまうリズリア。
その能力によって、古い遺跡の奥から多大な財宝まで発掘してしまった二人だったが、見つけた財宝のほとんどを同行していた他の冒険者たちに譲り、自分たちはわずかな魔導具としばらく生活に困らない程度の金貨だけを手にしてその地を去った。
二人はあくまでも逃亡者であり、あまり名が知られ過ぎるのを避けるためだった。
現在の二人はルークとリズベルという名を名乗っているが、状況によっては再び別の名を名乗るつもりでいる。
安全性を考えれば本来の名から遠い名を名乗るべきなのだろう。だが、互いに愛着を持っていた呼び名を変えたくなかったがために、この名を名乗ることとなった。
壮年の魔術師がともにいたのなら嫌味を連発されていたことだろう。そんなことを思いながら、ルーファウスは宿泊する部屋の扉を開けた。
「わ~い! 久しぶりの寝台だぁ!」
真っ先に寝台に飛び込んだリズリアは、急上昇したテンションのままに右へ左へと全身を転がす。その光景に笑みを浮かべながら、ルーファウスは荷物を下ろした。
「長いこと野宿が続いてたもんな。風呂にも入れたし、しばらくこの街でゆっくりするか」
「うんっ!」
各地のギルドに立ち寄るたびにルーファウスは手配書を隅々まで確認していたが、二人はおろか、元宮廷魔術師マルディアスの手配書も一度も目にすることはなかった。
あれだけの騒ぎを起こし、王宮の一部を破壊したというのに、三人の手配書はどこにも出回っていない。そこに違和感を覚えながらも、二年間追手の気配もなかったことから、ルーファウスは少しだけ安堵していた。
「……リズ」
王宮ほどではないにせよ、久方ぶりの寝台の柔らかさを堪能しているリズリアに覆い被さり、ルーファウスは部屋に人避けの術を施した。
「飯行く前に……いいか?」
問いかけながらも唇を降らせ、服の裾から手を忍ばせるルーファウスにリズリアは困ったように視線を上げる。
「一回で済む?」
「んー……約束はできないかもな」
「もぉ……」
悪びれずに口の片端を持ち上げるルーファウスに、リズリアは口を尖らせながらもその頬に手を伸ばした。白い手のひらに頬を擦り寄せながら、ルーファウスは満たされた想いを吐息に乗せて口づけを落とす。
しかし、今まさに彼女の服を捲らんとしたとき、リズリアがふと口を開いた。
「そういえば……」
「ん?」
首を傾げて見下ろすと、リズリアもまた同じように首を傾げてルーファウスを見上げた。
「さっきのギルドでね、受付のお姉さんが追加の書類を渡しそびれたって、あとから持ってきてくれたんだけど……」
「ふぅん? いつ?」
問い返しながらも気はそぞろだった。早く彼女の柔らかみをこの手に堪能したいのだ。
この二年で、彼女は未だ小柄ながらもさらに女性らしく成長していた。もはや今の彼女を鶏がらと称する者はいないだろう。
触りながらでもいいだろうかとルーファウスはうずうずしていたが、リズリアの言葉によってそれがピタリと止まる。
「ルゥがお手洗い行ってるとき。そのときに『旦那さんにこれ渡しといてね』って言われたの」
「──っ!」
「前の街では兄妹って設定だったのに、今回は夫婦にしたの?」
「…………」
顔を伏せ、ルーファウスはだらだらと汗を流した。目の前には蠱惑的な双丘がぷるんと揺れている。だがその誘惑を打ち消さんばかりに、鼓動が強く、大きく跳ねていた。
「あ……いや、その……。前までは、ほら、俺らの見た目もガキだったから、『親を亡くした兄妹』って設定の方が自然だったけど……。今はもう……成長……してるし……」
「確かにルゥ、すっごく身長伸びたよね! 身体も逞しくなって、声も低くなっちゃったし、喉のここもぽっこりしてるし! 大人っぽくなった!」
成長したのは彼女だけではない。声変わりこそ遅かったが、ルーファウスもまた、少年から青年へとすっかり成長を遂げている。
この二年ですっかり男性らしく顕著になった喉仏を細い指先で擦り、リズリアが無邪気な笑みを浮かべた。
身体を起こしたルーファウスは顔中に熱が集まるのを感じながら、にこにこと笑うリズリアの頬を撫でる。
「……リズ。俺たちは、その……一生逃亡者の身だから、正式な儀は執り行えないし、身分としてもアレなんだけど……」
「ん? うん。無いね、身分。私は元々ないけど」
「だから、口約束みたいなものに……なるけれど……」
ごにょごにょとするルーファウスにリズリアはきょとんと首を傾げる。
「……して、ほしい」
「え? なに?」
小さく小さく呟いた言葉を聞き取れず問い返すリズリア。そのまん丸になった赤茶の瞳を見下ろしながら、ルーファウスは意を決して腹筋と喉に力を込めた。
「俺と結婚してほしいって言ったんだ! 俺の妻になってくれ、リズ!」
落ちる沈黙。
リズリアの口がぽかんと開き、まん丸なままの瞳がルーファウスを見返す。
顔中が熱い。
幾度となく身体を繋ぎ、愛を囁いてきているというのに──。
改めて紡いだ願いに、ルーファウスの心臓が胸から飛び出んばかりの強さで鼓動を打ち鳴らしている。
あまりに恥ずかしいのでこのまま抱き潰して誤魔化してしまおうかと思ったルーファウスだったが、いざ実行に移そうとした寸前にリズリアの口元が小さく動いた。
「……うん。する。なる」
「……え?」
断片的な言葉を返され、滑らせかけていたルーファウスの手が止まる。
「えへへ。じゃあもう、恋人も、偽物の兄妹も卒業なんだね。私、ルゥの奥さんって言っていいんだ。ちょっとだけ、夢だったんだぁ」
ふにゃりとした笑みにこつりと額を合わせ、ルーファウスは破裂しそうな想いを堪えながら唇を寄せた。
「夢?」
「うん。ルゥは王子さまじゃなくなったから、もう妃はいらないし、いつか私が奥さんになれたらなぁって」
笑みのまま零される言の葉を啄むように唇を落とし、ルーファウスもまた、熱いままの頬を緩める。
「……そうか。俺も夢だった。お前だけを愛して、お前だけを抱いて、お前が俺の妻だと言える日を……」
「……うん」
「もう運命に振り回されるだけの男じゃないって、胸張って言えるようになってからって思ってたんだ。遅くなってごめん」
満面の笑みを返すリズリアをきつく抱きしめ、ルーファウスは今度こそ深く唇を重ねた。
「好きだ。愛してる、リズ……」
「私もだよ、ルゥ」
永遠とも思える幸福の中で、ルーファウスは愛する人に囁く。
それは二年前から──いや、初めて口づけを交わしたあのときから、変わることなく。
この先もきっと、変わることがない想い。
そして若い夫婦の交わし合う愛など素知らぬ様子でありながらも、霊獣ノクスレアも悦びに舞うように引きずり出した魔力を弄ぶ。
求め、足掻き、生き抜いた先で手に入れた互いの温もり。
それを絶対に手放すことがないように。
諦めることがないように。
元第三王子と元娼婦の夫婦は、この先の未来にも──愛の夢を見て、生きていく。
【完】
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
あんな運命を辿りましたが、作者はマルディアス好きです。
良かったら評価・感想いただけましたら嬉しいです。
(大変申し訳ないことに返信はしていないのですが……)
それではまた、別の作品にてよろしくお願いします。




